第64話◇傲慢




 魔人は動き出すかと思いきや、俯いて震えだす。


「とはいえ、だ! 折角見つけた玩具なのだから、すぐに壊れてはかなわん」


 悩ましげな声を上げ、やがて自分の手を打ち合わると、名案とばかりに言う。。


「そうだ! キミ達、時間をやるから作戦会議をし給え。どうやればこのワタシを殺せるか、じっくりと考えると良い」


 正気とは思えないが、上位の魔人の中には太陽が健在だった頃から生きている者も聞く。


 かつての大敵が滅びの一途を辿る中、悠久を生きる魔人が退屈を感じたとしても不思議は無いのかもしれない。


「ん? どうしたんだい? もしや疑っている? おいおい勘弁してくれないか。虚言を弄するのは下位種のやることだ。ワタシはキミ達を殺す。せめて楽しく殺したい。それだけなんだよ」


 ……嘘は感じない。


「あぁ、だが時間稼ぎに注力されてはつまらない。意味が無い。だから――」


 破壊音。

 戻りかけていた昇降機が潰れて落下したのだ。


「助けは求めても無駄だと理解してほしい」 


 言って、魔人は数歩離れた。

 そして耳を塞ぎ、にっこり笑う。


「盗み聞きもしないと誓おう。さぁ、楽しくなってきたネ」


 しばらくして、ネフレンが絞り出すように言う。


「アイツ、本気なの……?」


 ヤクモは魔人から意識を逸らさず応える。


「僕とアサヒが以前戦った魔人は、下位種だったけど似たところがあったよ。勝つことは前提で、どう勝つかに楽しみを見出していた」


 魔法の使えない兄妹を前に、ならば自分も魔法は使わないと宣言した。結局死ぬ寸前になって誓いを破ったが、少なくとも楽しむ余裕のある間は魔法を使わなかった。


「……待ってよ。アンタ魔人を倒したことがあるの?」


 ネフレンだけでなく、他の皆も驚いているようだった。


『……兄さん。魔人討伐は並のプロなら一生自慢話にする類の功績らしいですよ』


 ヤクモにはそういったことは分からない。

 だがそれだけ価値のあることなら、扶けにもなる筈だ。


「うん。上位種って違いはあっても、魔人は殺せる。それに今の僕らは、一組じゃあないしね」


 スペキュライトが笑う。


「ハッ、先行した奴らが全員殺されてるってのに、魔人は殺せる、か。いいぜトオミネ。オレは乗る。殺し方を教えろ」


「簡単だよ。彼らも生き物なんだ。魔力炉を潰せば魔力は使えなくなる」


「だがヤクモ、そもそもそれはどうやる? わたしの魔力防壁を薄紙のように裂く魔人にどう立ち回る?」


「全力で魔力強化を施してください。可能な人は視覚も。肉薄されても一瞬生き延びれば仲間がフォローに入る。さっきのネフレンの時のように」


「わたくしは治癒も使えますわ」


 生きている者がいないかと思うが、望みは無いだろう。


「光も治癒も要ですね。スファレ先輩が倒れれば終わりです、皆さんで死守しましょう」


「で、どう魔力器官を潰す。位置が人間と同じだっつぅなら、撃ち抜けるが」


「いや、スペキュライトくんの魔法は強力だからこそ、ここぞという時に使ってほしい。高魔力弾でも、上位の魔人なら対応出来る。さっきの僕らの攻撃は、わざと受けられたんだ」


「……腹立たしい野郎だ」


「それに、仮に魔力炉を破壊しても、魔人クラスなら体内を流れている分の魔力で再生するんじゃないの?」


 ネフレンの言葉は尤もだ。


「うん。だから魔力炉と同時に頭部を破壊しなければならない」


「魔力を生む器官と、魔法の発動を意識する脳を同時に破壊するということだね」


 トルマリンが納得したように頷く。


「他の人達は突然の魔人襲来に動転し、定石通りの戦法をとったから全滅したのだと思います」


 魔力防壁を展開し、遠距離から魔法で狙い撃つ。


 この戦い方は領域守護者を組織化するにあたって大いに役立った。こう戦えば勝てるという基本形のおかげで、個々の搭載魔法が異なってもある程度は同じように訓練出来るから。


 しかしこれは対魔獣戦でこそ有効なものの、ある単純な落とし穴がある。

 魔力防壁は、より強大な魔力がぶつかると破壊される。

 上位の魔人ともなれば、身体強化を施した腕の一振りで容易に壊せてしまう。

 平常心を乱され、一瞬の選択を誤り、それが全滅を招いた。

 死んでいった者達が弱かったわけではない。

「皆さんに確かめたいことがあります」

 それからしばらく、五組は魔人を倒す術について話し合った。

 作戦がまとまると、トルマリンが表情を曇らせた。

「だが……この作戦では誰かが魔人の相手を引き受けねばならない」

「僕達がやります」

 元々そのつもりだった。

「危険過ぎるわ! いくらアンタが魔人を倒したことがあるんだとしても……!」

「ありがとうネフレン。心配してくれて。でも大丈夫、やれるよ」

『兄さんは貧乏くじを引きたがる病気でも患っているんですか? まぁ、ついていきますけど』

 進み出る。

「タイミングはそちらに任せます」

 言葉はそれで充分。

「ン? あぁ! もういいのかい、少年少女たち」

 魔人が嬉しそうに笑う。

「えぇ、ただ戦いを始める前に一つ、尋ねてもいいでしょうか」

「その方が集中出来るというのであれば、なんなりと」

「あなたは、魔王がどこにいるか知っていますか?」

「――――」

 初めて、魔人から笑みが消える。

「傲慢が過ぎるぞ、少年」

 判断が出来ない。知っているが口に出来ないのか、実在を把握さえしていないのか。

「教えていただければ、戦いに集中出来るのですが」

『……兄さん、図太すぎます』

 魔人は舐め回すようにヤクモを眺めて、不意に唇を歪める。

「キミはあれかね、ヤマトか。はっはぁ、よく覚えているよ。サムライとかいう奴らは魔法も無しに魔族を斬っていた。あれは面白かったなァ。《黎き士》より他には生き残っていないものと思っていたが、こんなところに残っていたとは! そうだねェ、まぁいいだろう。キミ達人間が言うところの、空を覆った魔王は実在する」

『――うわ、答えちゃいましたよこの魔人』

 妹の声は震えていた。

 いるのだ。

 魔王は実在する。

 なら、それを倒せば、世界に朝を取り戻すことが出来る。

「もういいかい? 真実の代金分は、楽しませておくれよ」

 どうせ殺すからと、この魔人は事実を教えたのだ。ヤクモ達はここで死ぬ。情報は漏洩しない。ならばせめて気持ちよく戦わせる為にと教えた。

 ――それが失敗だったと、この戦いを以って証明しよう。

「行くよ、アサヒ」

『はい』

 雪色の粒子が広がる。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る