第63話◇包囲




 伝達員は全員、仮面を被っている。

 時に貴重な情報を伝達する者であるから、情報目的での接触を図ろうとする輩への対策だろう。


 素性が知れなければ、付きまとわれようも無い。


 とにかく、ヤクモ達に緊急召集が掛かった。

 模擬太陽の消灯時刻を少し過ぎたあたりでのことだ。


「明日試合だというのに、まったく空気の読めない魔人ですね」


「ま、ままま、魔人……私、お役に立てるでしょうかっ」


 自然体な妹と、動転するモカ。


「大丈夫、魔人の相手は師匠と第七格が担当してくれるから。僕らはプロのサポート役だよ。いつも通りやればいいんだ。モカさんなら出来る」


「は、はいっ。ありがとうございます、ヤクモさま。私、出来る気がしてきました!」


 そのやりとりを見ていた妹は、何を思ったかすすすと身を寄せてくる。


「兄さん。わたしも急に怖くなってしまいました」


「そんな妹に育てた覚えはないんだけどな」


「冷たい!? そりゃあ確かに完成度の低い演技でしたけど!」


 駆け足で壁へ向かいながら、軽口を叩く。


 《班》の者と合流。

 昇降機の前につくが、なにやら騒がしかった。


「どういうことだ!?」「魔人が檻に入れた人間を連れてきているだと?」「壁外に住んでる奴らか!?」「そいつらは『青』が一時的に縁まで避難させてる筈だ」「じゃあ何処の人間だよ!」


 ――魔人が、人間を連れている?


「そんな話聞いたことありませんわ」


 スファレの言葉が、皆の胸の内を代弁していた。


 ただ、ヤクモとアサヒは違う。

 師匠から聞いていたからだ。 


 そう前置きして、皆に説明する。


「……まさか、そんなことが」


「尊厳を奪われるなんて、酷い……」


 トルマリンとマイカが辛そうに表情を歪める。


「でも家畜扱いしてるとして、なんで連れてくるわけ? 戦場に家畜なんて連れて行く? 非常食のつもり?」


 ネフレンの言葉に、モカが「非常食……」と顔を青くした。


「魔人ってのが人間並みの知能があるってんなら、何らかの策だと考えるべきじゃねぇのか」


「交渉とかでしょうか~? うぅん、でも魔人の性質を考えるに無さそうですね~」


 スペキュライトとネアは惜しいところをついている。


「交渉を装って、こちらの士気を下げるつもりでしょう」


 仲間の視線がヤクモへ向く。


「人を連れているなら、人類領域を落とした魔人ということだ。彼らは今の時代の人を知っている。例えば『降伏しなければ三十分ごとに一人殺す』と言えばどうなります?」


「降伏なんて出来るわけがありませんから、どうしようもありません。そうして、無実の人間が一人ずつ殺される。その事実は領域守護者の心にのしかかります。自分達の判断が命を失わせてしまったのだとね。心が重くなれば、身体も重くなるというもの」


 皆が言葉を失う。

 魔人の悪辣さに。


「ただ、こんな小細工を使うなら特級指定ではないでしょう」


「高くて二級指定じゃないですかね。まだ半魔人と呼ばれる個体です。特級の部下ってとこでしょうか。とにかく《黎明騎士デイブレイカー》なら問題ない相手ですよ」


「アサヒの言うとおりです。僕らは僕らの任務に集中しましょう」


 昇降機の順番が回ってくる。

 縁へ上がり、今度は壁の外へ。


 東の方角から豪炎がうねりを上げて地上を呑み込んでいく。ミヤビが一人で担当するつもりなのだろう。


 西はヘリオドールの担当だ。


 前回魔獣が襲撃してきた二方向を《黎明騎士デイブレイカー》が担当する。

 残りの二方向を『白』が引き受ける。


 ――東と西、か。


 魔人が魔獣を放って人類領域を捕捉しようとしているなら。


 前回の魔獣が東と西という真逆の方向から現れたという現実は、ある可能性を示す。


 つまり、別々の魔人に支配されていた魔獣だったという可能性だ。

 しかし今はそれを考えている場合ではない。


 下りる。


「おかしいですわね……どうして誰も光魔法を展開していないのでしょう」


 暗闇での戦闘に光源の確保は必須。

 普段ならば光球を掲げている者達が大勢いる筈。


 スファレがチョコとモカを展開し、光球を出す。

 他の者達も警戒し、《偽紅鏡グリマー》を武器化して臨戦態勢。


「おぉ、追加が来たか。ゴミで無ければいいのだが」


 屍山血河。

 あまりにむごい光景だった。


 《導燈者イグナイター》も《偽紅鏡グリマー》も無い。プロも訓練生も無い。

 ヤクモ達と同じ方角担当で、ヤクモ達よりも早く地上に降りた者達は全員。


 一人残らず、殺されていた。


 青白い肌と髪。壮年の男性だ。ボロボロの外套を纏っている。

 強烈な血臭が鼻孔をつく。


「魔人……なのか」


 トルマリンの声は、僅かに震えていた。


「そうだとも、少年。いかにもワタシは魔人だ。そしてワタシは今、虫の居所が悪くてね。というのも、東はクリードの部下に、西はワタシのボスにとられてしまったのだよ。《黎明騎士デイブレイカー》はこの世界で唯一残された娯楽だというのに。それをワタシだけ味わうことが出来ない。だからこうして塵漁りなぞに勤しんでいるわけなんだ。理解したかね?」


 『白』を総動員しても足りるか分からないと、師は言っていた。

 この事態を予期していたなら、納得だ。


 《黎明騎士デイブレイカー》を二人用意しても、それ以上の魔人が現れば対応は難しくなる。


「その上下を繰り返す機械から一歩でも外へ出た瞬間、敵と見做すよ――子供たち? だが降りてこないなら、ワタシの最大魔法をもって壁に穴を開ける」


 まったく、性格が悪いどころではない。


『兄さん』


「分かっているよ」


 壁の中には家族がいる。

 一歩だって、踏み入らせるものか。


「わたしが魔力防壁を展開する」


「増援を待ちつつ、凌ぐのです」


 トルマリンとスファレの言葉と同時、全員で飛び出す。


「素晴らしい心がけだ。そして、つまらない幕引きだ」


 紙を引き裂くように、トルマリンの魔力防壁が裂けた。


「あ」


 ネフレンの眼前に、魔人が。

 彼女の心臓を貫く軌道で、腕を突き出している。


落腕らくわん


 純白の刃が魔人の腕を断ち切らんと振り下ろされる。


「――ショット」


 スペキュライトが魔人の頭を照準し引き金を絞っていた。


「くっ、ふっ」


 魔人の腕が落ち、頭部が吹き飛ぶ。


「――ッ、あぁッ!」


 一瞬の内に危うく死にかけたネフレンは、それでも状況を把握するや否や大盾で魔人を突き飛ばした。

 右腕と頭部を失った身体が転がっていく。


「済まない……!」


 トルマリンが魔力防壁を再展開した。今度は五重だ。彼の実力は疑う余地も無い。ただ、あの魔人の力が圧倒的だったというだけ。人間を人質にとっている者ではない。そんなことを必要としない強者。一級指定以上の魔人だと思われる。


「ははははっ! 貴様らは訓練生というものだろう? だというのに、くふふ、心構えの問題か実力なのか、面白い! 面白いぞ! 特にカタナと銃のキミ達! 最悪を想定して動くことが出来る者だな! 素晴らしい! これはいい暇つぶしになるぞ!」


 治っている。

 右腕も頭部も、再生していた。


「さぁ、抗い給え! キミ達に領域が守護出来るカナ!?」



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