デア・フライシュッツ
第61話◇姉弟
ネア=アイアンローズが《
二人共常人だったから、父は母の浮気を疑ったのだ。
それくらい、普通の両親から《
だが、ネアの搭載魔法である『必中』が判明した時、両親は歓喜した。
その時は『必中』に弾数制限は無かったから、ネアを自身の《
引き取り手のいない《
需要の分だけ、価値は釣り上がる。
争奪戦の決着は、《
まだ子供だったネアの場合、両親に最も多くの謝礼を支払えた者がその使用権を獲得した。
ネアは、本当はとても嫌だった。知らない人に銘を呼ばれて、使われる。
でも、家族は本当に貧しくて。食うに困る程で。自分が頑張ることで一つ下の可愛い弟が飢えずに済むのだと考えれば、不思議と我慢出来た。
生活は激変し、暮らしは一気に豊かになった。
両親はより高値を出せる《
だから、ネアは家を離れるのが不安だった。だって、両親はまだ幼いスペキュライトの食事さえも忘れるようになった。元々愛情に薄い両親だったが、それは金が手に入ったことで加速した。
自分の娘がいくらで売れるかを嬉々として計算するような両親の許で、弟が健全に成長出来るわけがない。ネアは両親の分もと、弟に愛情を注いだ。
とても愛おしい、自分の弟。
彼の為なら、どんな嫌なことだって頑張れた。
道具のように扱われても、人ではないと笑われても、我慢出来た。
家に帰れば、弟が「姉ちゃん」と抱きついてくる。その可愛い存在がいれば、両親の醜悪さも気にならなかった。ただいま、スペくん。うん、大丈夫だったよ。お姉ちゃん、強いからね。と笑えた。
でも、ある日ネアの価値は暴落した。
《
そのあたりを理解している《
重傷を負い、下半身が動かなくなった。
六発までしか、『必中』を発動出来なくなった。
両親は口汚くネアを罵り、あれだけネアを欲しがった《
みんな、ネアのことはどうでもよかったのだ。
欲しかったのは、無制限の『必中』だけ。
両親は、ネアの魔力税の負担を拒否した。
あれだけ娘で荒稼ぎしておいて、利用価値が無くなれば壁外へ捨てる。
あぁ、それもそうか。
だって、《
そして有用な魔法を搭載していない《
誰が進んで養うものか。
「姉ちゃん」
弟が泣いていた。
あぁ、泣かないで。スペくんは何も悪くないよ。大丈夫。離れ離れになるけど、ずっと大好きだよ。いつか必ず逢いに行くから。大丈夫、お姉ちゃんは強いから。そう言って笑った。
無理だと分かっていた。
壁の外へ行けば、自分は魔物に喰われて死ぬだろう。
もう弟とは逢えない。
思えば、彼だけだった。ネアがネアであるということだけを理由に、愛情をくれるのは。
「行かないで、姉ちゃん」
そんなことが、出来たらいいのに。
出来たのだ。
両親は弟に興味が無かった。《
娘で金稼ぎすることにしか興味が無かった両親が、そんなことをするわけがない。
だから、誰も気づかなかった。
なんとか魔力の徴収に堪えられる一般的な子供だと勘違いしていた。
弟には、《
弟に連れられて帰ると、両親に睨まれた。
スペキュライトが銘を呼んだ。
六発限定の『必中』。欠陥を抱えた姉。
両親はまたしても歓喜した。
《
とことん救えない人達だった。
「姉ちゃんを捨てたな」
弟にだって、分かっていた。自分達が愛されていないこと。姉を売り出した金で暮らしていること。
それでもどうにも出来ないから、ずっと我慢していたのだ。
銃口を向けられると、両親は慌てながら弁明を始めた。
聞くに堪えない言い訳を並べ立てた。
スペキュライトは両親を――撃たなかった。
代わりに六発、家に弾丸を撃ち込み、その場を後にした。
彼なりの決別なのだろう。
『よかったの……?』
「……姉ちゃんだけいればいい」
《
スペキュライトが学舎に入れるだけの年齢になるまで、待たなければならなかった。
幸いとある老夫婦に拾われ、姉弟は今度こそ健やかに育つことが出来た。
……あんなに可愛かった弟は、少し粗野になってしまったが。だがそれでも野卑ではない。
彼の怒りや強さは、自分の為にだけ振るわれる。そのことに気づかないネアではなかった。
それが嬉しくて、でも最近は、とても辛かった。
スペキュライトは才能の塊だ。《
けど、彼はネア以外を使わない。
故に隙なく発動出来る最大攻撃数は六に留まり、総合的な評価も三十九位となっている。
彼の足を、自分は引っ張っている。それを気にさせない程の実力を彼は発揮しているが、でもそれは弟が凄いというだけのことだ。誇らしいが、同時に自分を恥に思う。
私生活でも、武器としても愛する者の足手まとい。
けど、そのことに関して彼は何も言わないのだ。
そして自分も、他の《
醜いな、とネアは思う。これでは両親と変わらない。
弟を愛しているなどと言いながら、弟の為に言うべきことを理解していながら、言えずにいる。
スペくん。ごめんね。お姉ちゃんは、とても弱いよ。
ここのところ、胸の内でそう思わない日は無かった。
そしてまた、自責の一日が始まる。
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