第60話◇思惑




 テルルは人類側で言うところの二級指定の魔人だ。


 魔人は殺めた生命体の魔力炉を取り込み、自身を進化させることが出来る。それによってより膨大な魔力の生成が叶い、魔獣をより多く使役出来るようになるわけだ。


 そして魔人は、世界を見るのに光を必要としない。


「……捕捉」


 途中で出くわした野良の魔獣をも支配下に置き、とっておきの餌も用意した上で、テルルは人類領域を発見した。


 自分のあるじであるクリードと共に滅ぼしたことがあるから、人類領域の構造も人類の動きも理解している。


 壁の縁に監視要員が常に配備されており、望遠器具も配置されているが、見果たせる距離は有限。


 魔獣共を操り、限界距離にて待機させる。

 後は模擬太陽の輝きが落ちる時間帯を待ち、真の宵闇の中を襲撃する。


 簡単な人類の滅ぼし方。


「クリードさま。必ずやテルルめが貴方様に人類領域を捧げます」


 うっとりとした声で呟き、テルルは見据える。

 すぐに自分のあるじのものとなる鳥かごを。

 

 ◇


「魔人を捕獲する……だと?」


 《|黎明騎士(デイブレイカー)》ならば邸宅一つ要求したところで与えられるのだが、ミヤビとチヨは木造の集合住宅二階の角部屋に居を構えていた。


 タタミが敷かれたその空間を二人は「六畳間だ」と喜んでいたのだが、やってきたヘリオドールには理解できないらしい。単に狭い部屋に喜ぶ物好きだと思っているようだ。


「畳の良さが分からんやつと話す気はねぇ。帰んな」


 ちゃぶ台を挟んで向かいに座る《|黎明騎士(デイブレイカー)》第七格の二人。

 《地神》ヘリオドールとテオ。


「……独特の匂いがするが、落ち着くような気がしないでもない。ヤマト特有と言おうか、清廉な雰囲気もあるな」


 ミヤビの態度に気を悪くするでもなく――内心どう思っているかはさておき――彼は腕を組む。


「そうかそうか。お前のそういうクソ真面目なとこは嫌いじゃねぇぞ。そこのチビ助も学べ、な?」


 チビ助と呼ばれたテオは歯をギリギリと軋ませたが、噛み付いてくることはなかった。学んだらしい。


「話を戻すぞ。魔人を捕獲するというのは、どういうことだ?」


 魔人迎撃に際して意見はないかと尋ねられたので、ミヤビは言ったのだ。

 捕まえようぜ、と。


「言葉の意味から説明しろってことか?」


「理解した。貴様に迂遠な言い回しは通じぬのだな。意図を説明しろという意味だ」


「お前さんは此処出身なんだっけか」


 質問に答えず、逆に問う。


 ヘリオドールは顔を顰めたが、文句は言わなかった。言うだけ無駄だと悟っているらしい。


「あぁ、その通りだ。貴様は《タカマガハラ》出身なのだったか……」


「《ヒュペルボレイオス》《シャンバラ》《アルカディア》あたりにもいたな。あとは《ヴァルハラ》か。今となっちゃその全部が廃棄領域だがな」


 数々の滅びを目にしてきた。

 昔から自分の側にいるのは、もうチヨだけだ。


 だからこそ、なのかもしれない。

 自分が魔王殺しにこだわるのは。


 だって、他にどうする? どんな方法がある?

 自分が生きている間に、五つの人類領域が魔人に滅ぼされた。


 残るは、観測出来る限りで七つ。

 自分が死ぬまでに人類が存続しているなどと、どうすれば信じられる。


 真の太陽を取り戻す以外に常闇に打ち勝つ方法は無いのだと考えることは、いかれてなどいない。


「何故《エデン》を出て《カナン》の地へと訪れた」


「恩を返し終えたからだ。あそこは天国だったよ。だが、そりゃ死んでからでも行ける。あたしはな、苦しくてもいいから太陽が欲しい」


「また魔王殺しの話か」


「もう協力しろだなんて言わねぇよ。チキンは要らん」


「せめて魔王の実在を証明してから持ちかけろ。そうすれば考慮しよう」


「草の根分けてでも探し出して、その首を刎ねて見せるさ」


「ふっ。それはいい。だがその前に、当面の危機に関しての話し合いを続けるぞ」


「あ? あぁ、魔人な。捕まえる理由ならある。当然だろうが」


「それを話せと言っている」


 チヨが熱い茶を持ってきた。

 湯呑みを持ち上げ、ずずずと啜る。んまい。


「なんで廃棄領域って呼ぶか知ってっか?」


「……どういうことだ?」


「元人類領域でも、消失都市でも、他に言いようはある中で、『廃棄』なんてワードが使われる理由が分からねぇか?」


 廃棄。不要なものとして棄てること。自分の世界より廃すること。


「人類のプライドが滲んでやがるよな。情けないったらありゃしねぇ。無力故に奪われただけのくせして、まるで自分達で放棄したみてぇに言いやがる」


「……言葉の成り立ちに何か意味があるのか?」


「大アリさ。情けねぇことこの上ねぇが、まぁ大間違いってわけじゃあねぇんだ。取り返しのつかないダメージを受けた時、人類は都市を捨てて逃げる。一番近い都市に向けてな。逃げ切れる者は一握りだが、逃げるんだ」


「……つまり?」


「つまり、廃棄領域なんて言葉を作った生き残り共は、都市がその後どうなったかを知らねぇのさ」


「――――」


 ヘリオドールが目を剥く。


「待て、魔族は人類の天敵なのだろう。事実魔獣共は人間と見るや襲いかかる」


「お前さんも魔人と戦ったことはあんだろ? あいつらは蛮族なんかじゃねぇ。ただ、天敵ってだけの人間だ。対話が可能で、だが和平は成立しないってだけさ」


「廃棄領域はどうなっている。魔族に侵され、模擬太陽を砕かれた後で、都市に残っていた人類はどうなるのだ……」


「魔人によるが、あたしゃ一度人類が飼われているのを見たことがある」


 ドンッ、とヘリオドールはちゃぶ台の上に拳を叩きつけた。


「タワーは、他都市は、それを知っているのか」


 ――へぇ、意外と見どころがあるじゃねぇか。


 ミヤビは内心で感心する。


「あたしゃ報告したぜ。だがあたしの証言を根拠に奪還作戦なんぞ組めないとさ」


「貴様は……そうか。その魔人が廃棄領域から来た者であれば、そこに囚われた人々がまだ生きているかどうかを聞き出すつもりなのだな?」


「まぁ、その場合でも魔人の証言なんぞ信じようとはしねぇだろうがな」


 罠に決まっていると言われるのがオチだ。


「いいや、わたしが信じよう。その時は必ずや奪還作戦を行うと誓う。《燈の光》は太陽を取り戻す為にあり、それは人の為であるのだから。その人を蔑ろになど出来るものか」


 ミヤビはぽかんとして彼の顔を眺める。


「お前さん、そんだけ熱いもん持っていながら、魔王殺しにゃ乗らねぇってのか」


「貴様が魔王を見たというなら、信じよう」


 なるほど。


 太陽を取り戻す。本当にそんな方法があるなら、彼はそれを必ず実行する。

 ミヤビの魔王殺しに否定的なのは、それが仮定の域を出ないから。


「ははぁん? この都市は、当たりかもしれんなぁ」


 自分と同じ熱量を共有出来る弟子だけでなく、今後の展開次第では味方に引き込めそうな《|黎明騎士(デイブレイカー)》までいるとは。


 ピンチだというのに。

 ミヤビは楽しくなってきて、笑みが溢れるのを抑えられなかった。



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