第59話◇秘密
魔人襲来の件に関しては緘口令が敷かれている。
いかにラピスとは言え、教えることは出来ない。
口を噤むヤクモを見て、彼女は悲しげに目を伏せた。
「そう。会長やトルマリンと同じ反応ね。そうまでしてわたしを爪弾きにしようというのね。そしてわたしが教えてあげたこの場所に新しい子を招待して。あぁ分かったわ。わたしを捨ててその子達を《班》に入れるつもりなのでしょう。そうなのでしょう」
正解でこそないが、部分的には合っている。
だがその言いようだと、ヤクモ達は完全に悪者だ。
「いえ、ラピスさん、あのですね」
「いいの。いいのよ。所詮わたしは妾腹の子。要らなくなれば捨てられるのは定めなのだわ。ふふふ……有望な新人が入ればお払い箱というわけ。でも残念ね、あなただけは少し違うものと、そう期待して来たのに……」
ヤクモは迷っていた。
教えるか教えないか、ではない。言ってはならない理由に納得できる以上、広めようなどとは思わない。
ヤクモが迷っているのは、これが彼女の壮大な冗談なのか否かだ。
演技だとしたら凄い。自然体というか真に迫っているというか。感情や仕草、声色に至ってまで完璧に『仲間に隠し事をされて落ち込む少女』を表現出来ている。
そうなると、演技ではなく彼女は本当に傷ついているということも考えられるわけだ。
だとしたら、いつものように冗談であることを前提で流すのは失礼どころではない。
モカが何かを言おうとして、慌てて自分の手を自分で塞ぐ。うっかり漏らしそうになったようだ。
その気持ちも分かった。
今すぐ知っていることを話して、不安を払拭してやりたい。
それほどまでに彼女の姿は弱々しかった。
「ラピスさん」
「なぁに? ヤクモ」
普段なら冗談をぶっこむところでも、彼女は普通に応えるだけ。
いよいよもって素であることを窺わせる。
「スファレ先輩達も、トルマリン先輩達も、当然僕らも、ラピスさんを仲間だと思っていますよ」
「そう」
「《班》の解消だなんて、有り得ません」
「でも隠し事の内容は明かせない?」
「はい。でもみんな、明かせないということを明かした」
ラピスが目を丸くする。
「あの二人なら、そもそも違和感を抱かせることなく日々を過ごすことだって出来る筈なのに」
スファレもトルマリンも、ヤマト民族に差別なく接してくれた。そんな人々が、一度は受け入れたラピスを正妻の子ではないという理由で冷遇するものか。
緘口令に従い、その上で違和感を抱かせたのだ。
伝えることは出来ないが、彼女自身が気づくこと自体は咎められない。
「……なるほど、確かにそう言われればそうね。わざと違和感を持たせたということは、暗に自主的な退会を勧めているのでない限り、何か重大な出来事に巻き込まれていると考えるべきかしら。たとえばそう、仲間にも言えない、言ってはならない何か」
ラピスは賢い。二人もそれを分かっていた。
「あの二人が投入されるなら、通常はわたしにも召集が掛かる筈。あの二組にだって……」
あの二組というのは、ヤクモがまだ逢ったことのない風紀委のメンバーだ。試合を観戦したことこそあるが、まだ挨拶も交わしていない。
「他にも様子のおかしい人達はいたわ……でも共通点なんて……あぁ、そういえば様子が変だった子の中で、ランク保持者だった子は全員予選脱落者だったわ。あなた達と、その姉弟以外は、だけれどね」
鋭い。大した観察力だ。一日でそこまで気づくとは。
「予選通過者に声を掛けない理由は二つ考えられるわ。戦力がそこまで必要ではないか、戦力は必要だが大会運営に支障をきたすわけにはいかない理由があるか。多分後者ね。みなが一様に口を噤むということは緘口令が敷かれた可能性を示しているし、あれが敷かれるのは情報の漏洩が都市機能を麻痺させ得ると判断された時だもの」
すらすらとラピスは言葉を紡いでいく。
「あなた達が呼ばれた理由があるのだとして、それは何かしら。アサヒが《黒点群》だから? それとも、緘口令が敷かれ、訓練生の様子が変なことから、魔人襲来? だとしたら《|黎明騎士(デイブレイカー)》が出て来るのも頷けるし、そうなれば弟子であるあなた達が特別に召集されたというシナリオにも無理は無いわね。その姉弟が少し謎だけれど」
鋭いどころではなかった。
観察と推論だけで、彼女は真実に至ってみせたのだ。
しかし、それを肯定することさえ、ヤクモ達には許されない。
「それで、どうすればわたしも参加出来るのかしら? 教えてくれるかしら、例外のお二方?」
ラピスに見つめられ、ネアが困ったように笑う。
「えぇと~」
「黙ってろ姉貴」
「そ、そういう言い方はないんじゃないかなスペくん。お姉ちゃんハートは脆いんだけどな?」
「相手するだけで面倒な相手だ。見りゃ分かんだろ」
「だからって無視は出来ないよ~。お姉ちゃんもスペくんに無視された時、とても辛いもの。他の人を無視するなんて、出来ないな」
「…………」
「ほら、また無視した! うぅ、いたたっ、む、胸が。胸が痛いなぁ」
胸を押さえながら弟の方へチラッチラと視線を向けるネア。
「オレらから言えることは何もねぇよ」
「無視しないで! お姉ちゃんを無視するの禁止!」
姉にぐいぐいと腕を引かれながら、スペキュライトがぶっきらぼうに応える。
「そう。まぁ最初から期待はしていなかったけれど」
「そうか」
「えぇ。でも少し安心したわ。同じくらい、寂しい思いに駆られてもいるけどね」
ヤクモを見て、ラピスは切なげに唇を震わせる。
「よかったわ。会長達にも、あなたにも、嫌われたわけではないのね?」
「嫌う理由がありませんよ」
「……理由なら、沢山あるわ」
自身の生まれのことを言っているのか。
ヤクモはもう一度、今度は彼女の心に届くように強く、伝える。
「ありませんよ」
ラピスはしばらく、ヤクモを見つめていた。
「あなたは、優しさと甘さの違いをよく理解しているのね」
この場合、仲間であることを理由に緘口令を無視すればそれは甘さである、ということだろう。
「でもね、ヤクモ。優しさは振りまけばいいというものでもないのよ」
ラピスの言っていることが、よく分からない。
「家族という共同体であれば、問題は無いのでしょう。けれど他人との関わり合いにおいて、優しさは適切に使用しなければならないわ。だって、あなたにとって当たり前でも、それを特別だと勘違いする者が現れるかもしれないでしょう?」
妹が「チッ、それに関しては同意です。兄さんは天然人たらしなのです……」とぼやいている。
「えぇと」
「わたしを勘違いさせたくないなら、これ以上優しくしない方が無難だわ」
「ラピスさん」
「そういえば、そもそもの話題を忘れていたわね」
くいっと腕を引かれる。それと同時に肩を抱かれ、咄嗟に逃げることを封じられた。振り払うことは出来たが躊躇われ、躊躇っている間にそれは完了した。
ぽふっ。
「膝枕。ふふ、初めてするのだけど、どうかしら? 心地よかったりするなら、嬉しいのだけど」
柔らかいし、花のような香りが近い。木々のせせらぎに、葉と葉の間から注ぐ陽光。
気を抜けばすぐに眠りへ落ちてしまいそうな程、それは至福の時だった。
もちろん、邪魔が入らなければ、だ。
「はわわ……私がお役に立てるものとばかり、思っていましたのに」
モカが肩を落とし。
「人が黙って話を聞いてやっていれば、なんですかそのオチは! 即刻離れなさい」
妹が叫ぶ。
「あ、スペくんはお姉ちゃんの膝があるからね」
「要らねぇ」
「言い方というものがあるのではないかな!?」
姉弟は変わらず仲がいい。
結局、昼休みもあまり気が休まらなかった。
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