第52話◇姉妹
「ひどい……」
前のパートナーの痛ましい姿に、モカが顔を覆ってしまう。
スファレが救護班を大声で呼んでいる。
ヤクモの腕の中で、ネフレンがうっすらと目を開けた。
「……や……くも……?」
「……あぁ、僕だよ」
「でも、なんで……アタシ、まだ、負けて」
「そうだね。君は負けてない。大丈夫だ、ネフレン」
ルナは人を見下し、嘲り、手を抜いて戦い、弄んだ上で放り投げた。
それでもネフレンは、その絶望的な力を前に屈しなかった。
心が負けていない限り、真の敗北は訪れない。
「はぁ? 雑魚が雑魚慰めてるとか笑える。傷の舐め合いなら壁の外でやってもらえるかなぁ?」
ルナが手すりに立っていた。
グラヴェルではなく、ルナ自身の体。
「訂正しろ。ネフレンは弱くない。僕も、僕の妹だって」
ヤクモが睨みつけるも、ルナの笑みは変わらない。
「おにいさんさ、ルナを使うのはどう?」
「――――は?」
「そこの不良品と違って、ルナなら折れないよ。魔法が使えないのはヤだけど、おにいさんなら魔法無しでも戦えるでしょ? ちょっと面白いかもって、思わない?」
何を考えているか、まるでわからない。
今の言葉だけで、どれだけの人間を蔑ろにしたのか。
姉を不良品などと宣い、ヤクモの十年を面白いかもの一言で片付け、自分の《
「お断りだ。心を容姿で交わさないように、魂も性能で結び合うわけじゃない。その程度のこともわからないような人間と、組みたいとは思わないよ」
すると、彼女は瞬く間に表情を歪めて、舌打ち。
「はぁああ? このルナちゃんが、オブシディアン家の人間が、囲ってやるって言ってるんですけど?」
「……可哀想に」
ヤクモの哀れみの視線に、ルナは怒気を露わにする。
「あ!?」
「今まで家名の前に膝を屈する者ばかりだったから、気づけていないのか。悪いけど、きみ自身に醜さは感じても、魅力は感じない」
「~~~~ッ! なにそれ。なにそれなにそれなにそれ! はぁ!? ムカつく!
人間以下の夜鴉のくせにえっらそうに! たまたま黒点化したからって、その欠陥品がルナより良いわけないじゃん! 馬鹿でも分かるようなことなのに、ほんっと救いようなさすぎ! 理解できない!」
「……あと一度でも家族を愚弄してみろ」
「どうなるっての? 決闘? いいね! 今すぐやろうよ!」
「大会規約によって、予選参加者は期間中の決闘を禁じられていますわ」
窘めるようにスファレが言う。
救護班がやってくるのが見えた。
「きみには話しかけてないんだけど!? 一回戦で脱落したモブキャラがルナの邪魔しないでくれる? 端っこの方で黙って見てるのがお似合いでしょ!」
「――ツキヒ、やめなさい」
アサヒが声を掛ける。
「だからッ! その名前で呼ばないで! 頭悪いの!?」
「ツキヒはツキヒでしょう。お母さんがつけてくれた名前を、どうして捨てるの」
「きっもいからに決まってるでしょ! あの女あからさまに夜鴉みたいな名前つけて! お父様だって賛成してくれたもん!」
唾棄するように叫ぶルナに、アサヒの表情が曇る。
「……お母さんを、あの女だなんて言わないでよ」
「指図すんな! 昔から気に食わなかったんだよ、きみ。オブシディアン家に相応しいのは、その髪の色だけ! それ以外は全部ルナにあった。全てにおいてルナが勝ってた! なのにいつもいつも姉面しちゃって! ルナはきみなんかいなくても完璧だっていうのに!」
「……なら、どうして今になってわたしに関わろうとするの」
「苛々するんだよ! あの女と同じ目でルナを見ないでよ! きみ、ルナを下に見てるでしょ! 有り得ないし! 許せないから! 這い蹲って見上げて、自分が下なんだって自覚させたいの! わかる!?」
「……わたしにどう思われるかが、そんなに重要?」
「な、あ、ち、違う! ルナはただ雑魚が調子に乗ってるのがイヤなだけ! 黒点化したからって、ルナに勝てるとか思ってるでしょ? ゴミはどこまでいってもゴミなんだって教えてあげる!」
もう、聞くに堪えなかった。
駆けつけた救護班にネフレンを任せると同時、ヤクモは動いていた。
跳ぶ。左足で手すりに着地。跳躍の威力を回転に変換、右足での回し蹴りを放つ。
「うっ……!?」
驚愕と恐怖に歪むルナの顔。
その手前で、ヤクモの足は止まっていた。
「いつ気づくんだ。弱いのは周囲じゃなくて、きみの心なんだと」
「――――ッ、きみ、死んだよ」
羞恥に顔を赤く染めたルナが、射殺さんとしてヤクモを睨みつける。
「試合で、言わせよう」
「あ?」
「きみに『負けました』って言わせると、そう言ったんだ」
「…………身の程知らずの大言壮語は、あとで恥を掻くことになるよ? おにいさん」
「いいや、そうは思わない。僕の妹は武器としても人間としても、きみに
ヤクモは言い切る。
決闘は禁止。故に今ここで彼女と戦うことは出来ない。
だが、宣言することは出来る。
「……
一瞬だけ、彼女の瞳が悲しげに潤んだように見えた。
だがそれも、すぐに怒りに塗り戻される。
「僕には、程遠く見えるよ」
「目が腐ってるんじゃないの?」
ルナは姉を一瞥し、それから後ろに倒れ込む。
下に待機していたグラヴェルが彼女を受け止めた。
振り払うようにしてグラヴェルから下りると、ルナはヤクモを見上げて嘲笑を浮かべた。
「きみ達全員、壁の外へ送り返してあげる。夜鴉は夜の闇に還さないと」
「……いい加減にしろ」
「ルナとおにいさんがあたるのには、そっちが決勝に上がってこないと無理だけど。出来なかったら笑うからね」
自分達が勝ち上がることは確定しているというような口ぶり。
「誰が相手だろうと、僕達は負けない」
「あはは、既におもしろーい。妄言は人種柄? 愛とか根性とか勇気とか! そういうのが役に立つ時代じゃないから、きみ達は壁の外で数を減らすしか出来ないんだって――まだ気づけてないの?」
「安全圏から吠えるのが、随分と好きなようだね」
「天才に生まれるのは罪?」
「君が思う程、君は強くない」
「こっちのセリフ。もういいよ、バイバイ」
会話を打ち切り、ルナは去っていく。
「……ごめんなさい、兄さん」
消沈する妹の頭をそっと撫でた。
「アサヒが謝ることない。勝とう、僕らで」
「はい……えへへ」
妹は笑ったが、その瞳にはまだルナを心配する色があった。
険悪というより、ルナが一方的に姉を目の敵にしているようだったが、何があったのか。
「それより、あの貧乳が気になりますね。死なれたら寝覚めが悪いですし」
妹の声によって、
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