第53話◇執着




 ネフレンはなんとか助かった。


 大会運営委員には、フィールド外へ魔法的被害が出ないよう魔力操作能力に優れた者達を配置したり、どのような重傷にも対応出来るよう治癒魔法持ちを多数抱えている。


 そのおかげもあって、見舞いに行く頃には彼女の傷は完全に治っていた。

 ただ、治癒魔法は対象の体力を酷く消耗する。


 彼女は医務室のベッドに横たわり、自嘲するように微笑んでいた。


「……アタシは、負けたのね」


 スファレは彼女の治療が成功したと知ると、その場を後にした。

 今この場にいるのは、ヤクモとアサヒ、そしてネフレンだけ。


「ネフレン……」


「見舞いなんかいいわよ。いいから、次の試合でも観戦しときなさい。でも、ありがとね」


「ネフレン。君は強いよ。僕が保証する」


「どうかしらね……並の中では、そうかも。けど、それ以上には行けない」


「君は、諦めなかった。諦めない限り、人の歩みは止まらないよ」


「えぇ、でも縮まらない距離もあるわ。アタシの全力疾走を、軽々と踏み出した一歩だけで超える巨人。そんな相手に、どう勝つの?」


「…………」


 答えを示すことは出来ない。

 だって、あるのだ。


 才能は、適性は、存在する。

 同じだけの努力をしても、個々人で成果は変わる。


 それだけでも明らかだ。

 自分の十年を、一年で追い越す者だっているだろう。


 でも、他人の才能を理由に自分を諦める必要がどこにあろう。


「僕らが証明する」


「……やくも?」


「僕らが、決勝であの二人を倒すよ。不屈の魂は巨人をも倒せるのだと、きみに見せるから。だから、どうかその時は、いつものきみに戻ってくれ」


「いつもの、アタシって?」


「敗北を認められるきみ。過ちを認められるきみ。誇りを重んじるきみ。その上で、次は勝つのだと立ち上がれるきみ。きみの過ちが消せないように、きみの強さも消せない。消させやしない」


 ネフレンは不思議そうにヤクモを見た。


「……どうして、そこまで。アタシは、アンタらに……」


「ヤマトにこういう言葉がある、『水に流す』」


「どういう意味、なの?」


「本来ならば胸の中に残る蟠りを、水浴びで汚れを落とすように流してしまおうってこと。僕はもう、とっくにきみのことを友達だと思っているよ」


 アサヒは面白くなさそうな顔をしているが、口を挟んではこなかった。


「とも、だち。アタシと、アンタが?」


 自分を指で差し、それからヤクモへ指を向ける。


「あぁ。だから、友達があんな風にやられて正直、気が立っている」


「あはは」


 ネフレンが、笑っている。

 おかしそうに。楽しそうに。

 嬉しそうに。


「なにそれ、アンタ、ふふふ。お人好し過ぎるでしょう。普通、あそこまで自分達を馬鹿にした女を許す? いや、そういう奴だったわね。だって、助けにくるくらいだもの」


 目の端に涙さえ浮かべて、ネフレンは笑う。

 雫を指で拭い、それからヤクモを見つめた。


「あのむかつくクソ女をギタギタにしてやって」


「言葉が汚いよ。……でも、承った。僕らに任せて」


 その時、医務室のドアが開いてドタドタと彼女の《偽紅鏡グリマー》とモカがなだれ込んでくる。


「ネフレンさま! ご無事ですか!?」


 みんな、彼女を心から心配している様子だった。


「……意外ですね。こんな女を慕うとか、みんなドMなんですか?」


「アタシ、道具の手入れは欠かさないの。質を保つのに必要なことはなんでもしてるわ。その上で役に立たなければ仕置きをするだけ」


 彼女は《偽紅鏡グリマー》を、人とは明確に分けている。

 でも、冷遇しているわけではない。


 決闘の時の暴力は到底許せるものではないが、その時の大剣の少女でさえ、ネフレンに駆け寄っている。


 ヤクモ達とは違う関係性を構築していて、当人たちにとってそれは悪いものではない、ということなのか。


「それじゃあ、僕らは失礼するよ」


「あ、待って」


 止まる。

 彼女は、アサヒを見ていた。


「アイツ、アンタに似てたわよね?」


「……わたしの方がぷりてぃかつびゅーてぃですけど?」


「詮索する気は無いわ。でも一つ忠告。何があったにせよ、アイツはアンタにとんでもなく執着してる」


「……どうも。わざわざ教えてくれて大変助かりました」


「あら、皮肉にもキレが無いわね。アタシより調子悪いんじゃない?」


 調子を取り戻したネフレンのしたり顔に、妹がイラッとする。


「貧乳」


「唐突に人のコンプレックスを刺激しないで! アンタよりマシだし!」


「さぁ兄さん。哀れな貧乳は放っておいて次の試合でも見に行きましょう?」


「ちょ、待ちなさいよ! 絶対アタシの方が大きいから! 勝ってるんだから!」


 叫ぶネフレンを無視して、アサヒはヤクモの腕をとって医務室を後にする。


「さっきのネフレンの言葉だけど、僕も同じことを思ったよ」


「分かってます。でも、分からないんです」


 執着を持たれているのは誰の目にも明らか。

 だが、その理由はアサヒ自身にも見当がつかない。


「お母さんが死んだ後、わたしはすぐに捨てられて。それ以前は、すごく嫌われていたし。あ、わたし達双子なんです」


 アサヒが四歳だった時は、ルナも四歳だったということ。

 確かにそうでなければ――例えば一歳差だとしても――ルナはアサヒを覚えていないだろう。


「嫌いな姉が、壁の外で野垂れ死んでいなかったのが気に食わないのかも」


「そんなことはないよ」


「そうでしょうか」


「あぁ、彼女は許せない。だけど、それだけは言える」


「何故です?」


「彼女程口が悪ければ、言ってる筈だろう? 『なんで生きてたの?』とか『死んでなかったんだ』とか。姉のことを本当に嫌いなら、そういう言葉が出ている筈だ」


「…………壁の外へ、追い返すって」


「それは僕へ向けての言葉だ。あの子はとても、歪んでいるけれど。姉の死を望む程に酷くはない。きみへの執着は、憎しみではないと僕は思うよ」


 それどころか、逆だとさえヤクモは感じていた。

 だが、そうだとしてもあの態度は許せない。


「勝って、聞き出そう」


「まずは、勝つんですね」


「そりゃあね。いくらアサヒの妹でも、言っていいことと悪いことがある」


「ですね。十年ぶりに、姉面をしましょうか」


「手伝うよ」


「はいっ」



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