第51話◇過剰




「イグナイト――グリーンフォッグ・テンペス、スペクトラム・スフィア、セルリアン・ディセーブル」


 ネフレンが大剣、大盾、鎧を纏う。


「イグナイト――スノーホワイト・ナイト」


 グラヴェルが唱えると、ルナはその形を武器へと変えた。


「……やっぱり」


 その一言は兄妹両方から発せられる。


 ヤクモの場合、それは武器の形状を見て出てきたもの。


 ルナは刀身の湾曲した片刃の刀剣へと姿を変えた。だが、それは半月刀とはやや異なる。見た目だけを無理に変えているように見えるのだ。形態変化の範疇で、打刀なのに違うものに見せようとしている。


 カタナは、どうしてもヤマトを連想させるから。

 髪を染めていることといい、名前を変えていることといい、彼女は余程周囲にヤマトの血が混ざっていることを知られたくないのかもしれない。


「……やっぱり、聞き間違いじゃありません。あの子、銘まで変えてる」


「そんなことって、あるの?」


 武器の銘は、当人に許可された《導燈者イグナイター》なら伝わってくるものだ。


 だがそれ以外の者は、展開時の呼び名で判断するしかない。

 魂の名前を偽るようなことが出来るのか。


「分かりません……でもどうして……綺麗な、銘だったのに」


 その表情を見て、ヤクモは察する。

 ルナがどう思っているかは分からないが、アサヒは今でも妹を大事に思っている。


「んじゃあ、行くよ?」


 グラヴェルの様子が変わった。

 まるで、ルナが乗り移ったように嘲弄するような笑みを浮かべる。 


「……あの子の魔法です。《導燈者イグナイター》の肉体を操る。乗っ取りですね」


 ルナはまるで自分一人が戦うような口ぶりだった。

 実際、彼女からすればそうなのだろう。


 自分で自分を使う。グラヴェルはあくまで肉体の提供者とでも思っているのか。


「《導燈者イグナイター》の子は……納得しているのかな」


 アサヒは答えない。答えなどわからないのだ。

 グラヴェルの体を操るルナが、笑う。


「ハンデ、あげるよ」


「なんですって?」


「攻撃魔法も魔力防壁も肉体の魔力強化も使わないで、きみに『負けました』って言わせる」


「はぁ?」


「だってさ、むかつくじゃん? 夜鴉にも出来たことがルナに出来ないなんて他の人に思われたくないし」


「……ふざけた女」


「けってーい。あ、そっちは本気できていいからね☆」


「言われなくても!」


 ネフレンが大剣を中空に走らせる。真一文字に引かれた斬撃は拡張され、ルナに向かって飛んでいく。


「遅すぎだけど、避けないであげる」


 ルナは剣を正眼に構え、不動。

 ネフレンの魔法は剣に触れ、そして砕け散る。


 ヤクモの目には、砕け散った魔力の粒子が風に陽光を反射しながら風に吹かれて消えていく姿が見えた。

 そして、魔法が砕かれた理由も。


 綻びを斬ったわけではない。


「出来てないじゃない」


「はぁ? どう見てもきみの魔法は夜鴉の時と同じで斬られたじゃん」


「あんた、剣に魔力を込めただけでしょう。それってつまり、剣型の魔力防壁と同じ。アイツらのやったことと比べるには、難易度が桁違い。もちろん、アンタの方がしょぼいって意味よ?」


「……結果は同じなんだから、いいでしょ」


「えぇ。アンタの《導燈者イグナイター》は魔力炉性能が良いのね。羨ましいわ」


「…………馬鹿にしないでよ、雑魚のくせに」


 ルナの目が据わる。

 直線的に駆け出す動きは洗練されていない。グラヴェル自身は分からないが、少なくともルナは戦闘の訓練をしていないのだ。


「近づけさせるか!」


 ネフレンが地面に大剣を突き刺す。


 衝撃の拡張だけはない。これは分散、いや指向性の付与か。

 衝撃波は三つに枝分かれし、それぞれルナに向かう。


「邪魔!」


 それを彼女は魔力だけで薙ぎ払う。

 衝撃波を構成する以上の魔力を剣に纏わせ叩きつけることで相殺したのだ。


 魔法が壊れるという結果こそ同じだが、ヤクモ達とは根本的にやり方が違う。

 だが、あれだけ強引な方法でも魔力さえあれば魔法は破壊出来る。


 むしろ、こちらの方が常識的な光景なのだった。


「三十八位倒すのに、魔法はいらないし!」


 ネフレンの魔力防壁も、衝撃の拡張もことごとく破壊される。

 刃の圏内。


 結果はとても残酷に、一つの現実を突きつけた。


 才能の差だ。

 大剣も大盾も鎧も全て、人間に戻っている。


 叩き切られたのだ。魔力を纏わせた刃に。


「あはっ。次は首を刎ねるんだっけ? でもルナ、非実在化って苦手なんだよね~。降参しないなら、間違えて殺しちゃうかも」


 ボロボロになりながらも、ネフレンは屈しない。


「まだ、負けてな――」


 大剣の少女に手を伸ばそうとしたネフレンの腕を、ルナが貫く。


「――――ッ!?」


「いや、させるわけないし。馬鹿なの? あ、夜鴉はそれをさせてあげたんだっけ? あはは、そんなのルナに期待されてもなぁ」


 剣を抜き、血振るい。

 ネフレン自身の血が、彼女の顔に飛び散る。


 あの傷では大剣を握れない。


「もうよくない? まいったって言ってよ。負けましたって。聞きたいな、きみの敗北宣言。見たいな、白旗振るとこ。きみの情けないとこ、見てみたいな~」


「……なんででしょうね。アンタの方が才能が圧倒的なのに、怖くないのよ」


「は?」


「怖くないの。あの兄妹と違って、強いだけ、、


「意味わかんないんですけど!?」


 ルナがネフレンの首を持ち上げる。


「……これならどう? 怖くなってきた? 心の底から負けを認められる? ねぇどう? あの夜鴉より怖いでしょ? どうなの? 答えろよ!」


 どういうことかは、分からない。でも一つ分かる。


 ルナはアサヒに強い執着があるようだ。兄妹と戦ったネフレンに対し、兄妹と同じように勝とうとしている。姉に出来ることは自分にも出来るのだと証明するように。


 そして、ネフレンの怖くないという発言に酷く動揺していた。


「か、はっ……」


「呼吸出来なくなる前に、怖がった方がいいと思うけど?」


 だが、今のネフレンでは喋りたくても出来ないだろう。

 ルナは完全に平静を欠いている。


「おやめください……! ネフレンさまはもう――」


「ルナの邪魔をするなら、きみたちも壊してあげようか?」


 ネフレンの《偽紅鏡グリマー》達の懇願も、ルナは気にしない。

 ヤクモがフィールドに飛び込んで止めようとしたその時。


「ツキヒ! やめなさい!」


 アサヒが叫んだ。

 瞬間。


「ルナの名前はそんなんじゃない!」


 投げた。

 グラヴェルの体を使って、ルナはネフレンを放り投げたのだ。


 アサヒに向かって飛んでくるネフレンの肉体を、ヤクモは受け止める。

 全身切り傷だらけだが、なによりも酷いのは首に刻まれた青紫色の手形だ。


 観客席に飛ばされたことで、場外判定によりルナの勝利。


 だが、その顔は勝者のそれではなく。

 ルナはアサヒを睨みつけていた。



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