第50話◇一位




「ごきげんよう、ヤクモ、アサヒ。ご一緒してもいいかしら?」


 気品溢れる金髪の少女。風紀委の会長にして学内ランク第三位・スファレだった。

 彼女はモカともう一人の《偽紅鏡グリマー》を引き連れていた。


「この超ラブラブイチャイチャな空気が見て取れませんか? よく声を掛けようと思えましたね。無粋此処に極まれり! 人の恋路を邪魔しようなどと、余程馬に蹴られて命を落としたいらしいですねこの巨乳ズ! 巨乳ぐるーぷ! 少しは恥と慎みをしりなさい!」


「アサヒ、言葉が悪いよ」


「ほら、兄さんも邪魔だと言っています」


 随分と都合の良い耳をしている妹だった。


「相変わらずあなたは面白いですわね、アサヒ」


「はんっ、うちのおっぱいを貸してやったにもかかわらず一回戦で負けるような雑魚上司に気を遣おうとは思わないだけです」


 うちのおっぱい発言はともかくとして、最初は拒否していたモカのことを、アサヒはもう家族のように扱い始めている。一緒にいる内に、モカのことを受け入れられるようになったのだろう。


「……アサヒさまっ」


 うるうると瞳を潤ませたモカがアサヒに抱きつく。


「ええいやめなさい! 無駄巨乳をわたしに押し付けるな!」


「無駄でごめんなさい。でも私、嬉しくて。『うちの』だなんて、お二人に受け入れていただいたみたいで」


「最早おっぱい呼ばわりに慣れた……ですとっ」


 モカは照れたように笑う。


「まだ恥ずかしいですけど、アサヒさまに言われる分には」


「くぅ、こんなおっぱいに懐かれても嬉しくない! 抱きつかれるなら兄さんがいい!」


 妹はモカに任せ、ヤクモは視線をスファレに遣る。


「スファレ先輩もモカさんも、そちらの方もどうぞ。僕らは立ち見なんですけど」


 出来るだけ近い位置から見たいという理由で座席には座っていない。


「ありがとう、ヤクモ。そう言えば紹介がまだだったかしら、この子はチョコ」


 茶髪の少女はぺこりと頭を下げた。

 妹が巨乳ぐるーぷなどと叫んだように、彼女の胸部も膨らみに富んでいる。


「よろしく、チョコさん」


 彼女はこくりと頷く。


「ちっ……、乳密度が上がって暑苦しいったらないです」


 悪態をつく妹だった。


「次に出て来るグラヴェル=ストーンさんのパートナー、ルナ=オブシディアンさんですが、アサヒに似ているように感じるのはわたくしだけかしら」


 そう。次の対戦カードは


 学内ランク三十八位・ネフレン=クリソプレーズ

 対

 学内ランク一位・グラヴェル=ストーン


 だった。


「錯覚でしょう。わたしの髪の方が何億倍も美しいです。ね、兄さん?」


「そうだね。というか、彼女の髪は染めたもののように見えたけど」


「そうなんです! あの子は元々は黒髪……でっ」


 しまったという顔をするアサヒ。


「やはりお知り合いなんですのね。……まさか、ご姉妹とか?」


「詮索好きは嫌われますよ」


 明確な拒絶の意思を示した妹に対し、スファレは追求を諦めた。


「ですわね。失礼しました」


 必要な情報は充分に得られたというのもあるだろう。


 アサヒと似た顔つきに、元は黒髪。

 ルナもまた、ヤマトとの混血なのだ。


「ネフレン達が来ましたよ」


 ヤクモの声に反応し、みながフィールドに視線を移す。

 ネフレンは今日も三人の《偽紅鏡グリマー》を連れている。


 対するグラヴェルはルナ一人。

 一瞬、ネフレンがこちらを見た気がした。


 そして、それにつられるようにしてルナがこちらを向く。

 妹と目が合う。


 表情を変えることなく、ルナは視線を逸らす。

 十年前に生き別れた姉のことを、彼女はどう思っているのだろう。


「……どうも思っていませんよ。わたしは、嫌われていましたから」


 ぼそりと、アサヒが呟いた。

 その横顔がどこか悲しげで、ヤクモはそっと彼女の手を握る。


「アサヒのことを好きな人が、今は沢山いるだろう」


「……うへへ」


「私もアサヒさまのこと、大好きですよ?」


「いやおっぱいは要りません」


「そ、そんなぁ……!」


 涙目になるモカ。

 だがアサヒの口許が嬉しそうに綻んでいるのを、ヤクモは見逃さなかった。


 素直じゃない妹だ。


 フィールドの方では、二組が向かい合ったところ。


「一位だろうがなんだろうが、勝たせてもらうわよ」


 しかしそれに応じたのは《導燈者イグナイター》のグラヴェルではなく、ルナだった。


「はぁ? 身の程を知れって感じなんですけど? 三十八位が一位に勝てるわけなくない? ルナ、おバカさんと戦うなんてイヤなんだけどな」


「順位で全てが決まるなら、こんな大会そもそも意味ないでしょうが」


「だから、そう言ってるし。どうせルナが優勝するんだから、運営費の無駄じゃん。ま、偉い人達のギャンブルで動くお金の為なんだろうケド」


「……アンタ、《偽紅鏡グリマー》よね」


「だったら何? ……ん? あはっ、そっか。きみってば夜鴉に喧嘩売って返り討ちにされてた恥ずかしい子じゃーん。え? てゆーかまだ辞めてなかったんだぁ? 面の皮あつーい。人類領域の壁並って感じ~」


 小馬鹿にしたような笑み。


 どれだけ顔の造形が似通っていようとも、彼女とアサヒは違う。

 ヤクモは強くそう思った。


 嘲笑うような視線で、ルナはネフレンを眺めている。


「差別主義者で雑魚って救いようなくない? 声だけデカイ無能とか、壁の外へどうぞって感想しか湧かないんですケド」


「……好きに言えばいいわ。アタシのやったことは消えない。けど、もう一度アイツらと戦う為にもアタシは――」


 ネフレンの言葉を最後まで聞かず、ルナは鬱陶しげに手を振る。


「あ、そういうの要らないし。一回戦のバカ女も誇りがどーとかうるさくってさぁ。きみらの大事にしてるものとか、興味ないっつの。だってそれ、何の役にも立たないでしょ? その誇りや目的意識でルナとの実力差が覆るわけ? 有り得ないよ」


「……傲慢ね」


「きみにだけは言われたくないけどね? それに分相応な発言のつもり。だって、ルナが最強なんだから。きみこそ傲慢でしょ。最強のルナを前にして、四十位との再戦を口にするんだから、さ」


「アタシは――」


「もういいって。モブとの会話にこれ以上時間割きたくないから、さっさとルナの人生から退場してよ」


 歯を軋ませるネフレンと、それをせせら笑うルナ。

 そんな妹を、アサヒはどこか苦しげに見ていて。


 そして、試合が始まる。




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