第49話◇制限




撃鉄を起こせイグナイト――ウィステリアグレイ・グリップ」


 ネアが変じたのは、薄い紫色を帯びた――不思議な形状の武器。

 スペキュライトはそれを右手で握った。


「……あれが短筒たんづつか。初めて見るな」


 ヤクモは興味深々で眺める。


 ものすごく雑に言うと、長方形を二つくっつけたような形だ。

 片方を握り、穴の空いたもう片方を対象に向ける。握った方についている撃鉄を起こし、またまた握っている方についている引き金を引くと、穴から小さな玉――弾丸というらしい――が飛び出すとか。


 初めて見たが、《偽紅鏡グリマー》ではない通常の短筒でも、用意に人を殺傷出来るとか。 


 それも、直接触れることなく。更には連射が可能らしく、高性能な弓と考えるべきかもしれない。


「拳銃の方が一般的な呼び方かなと。ヤマトくらいですよ、短筒とか言うの」


「師匠のくれた資料にはそう……あぁ、師匠もヤマトだから」


「あの女が資料なんて作れるとは思えないので、チヨさんでしょうね」


 入校試験前に、ランク保持者の情報はある程度与えられていたのだ。


「師匠をあの女呼ばわりはよくないよ」


「わたしの兄さんに近寄る女は、全員あの女で充分です。ネアさんはブラコンなので許します」


「師匠もしすたーこんぷれっくす? みたいだけど?」


「いや、あれは雑食なだけですよ。たまに兄さんやわたしを見て舌なめずりしてますからね。油断してるとその内パクっといかれちゃいますよ。もし兄さんに手を出したら……あの女を殺して兄さんに妹の素晴らしさを説き、わたしは特に死にません」


「罪の意識……」


「無いですっ」


 冗談、だろう。そう受け止めて、試合に意識を戻す。


 ウィステリアグレイ・グリップ。拳銃タイプの《偽紅鏡グリマー》で、搭載魔法は『必中』。


 読んで字の如く、彼らの弾丸は必ず当たるのだ。

 狙った場所へ、吸い寄せられるように進む。


 破格の魔法だ。


 だが現実には魔力防壁が存在する。それを超える魔力が弾丸に込められていなければ意味を為さない。


 加えて、ネアには欠陥とも言えるべき制限があった。


 発射限度が存在するのだ。


 六発。

 それを超えると、『必中』は機能しなくなる。


 一度人間に戻って、再度武器化するまで。

 だが、それも無限には出来ないのだ。


 存在の組み換えは存外に負担が大きい。

 かつて《偽紅鏡グリマー》が接続者と呼ばれていたとき、彼らは生命力を魔力に変換する機構を組み込まれた。だが『命を魔力に変えると、精神を大きく疲弊し魔法が使えない』。


 これは何も、魔力に限ったことではない。

 肉体を武器へと変化させることが、何の問題も引き起こさないわけがないのだ。


 体力や精神力が磨り減っても無理はない。

 二度までなら、疲れで済む。よく眠れば癒える程度の疲労感で済むのだ。


 だが、三度以上は数を重ねるごとに危険が増す。


 二度だとしたら、十二発。三度だとしても十八発。姉の身を案じるスペキュライトのことだ、二度目だってさせたくないだろう。


 そうなると、六発。

 日に六回しか攻撃出来ない領域守護者。


 それが、彼らが三十九位に甘んじている理由。

 総合的な評価は、低くならざるを得ない。


 だが、逆に。


 日に六回しか攻撃出来ないにもかかわらず、『白』の学舎でも最も優秀な四十名に加わる程の実力者ということだ。


牙を剥けイグナイト! ――グラファイト・ファング!」


 十六位のパイロープから、獣のような耳が生える。背中と臀部の境目あたりから、ぴょんと尻尾が伸びた。ぺろりと唇を舐め、凶猛に笑う。牙が覗く。


 彼女の両手の中手骨の先から、獣の爪が伸びている。


 同調現象にしては変化がおかしい。《偽紅鏡グリマー》の特徴が反映しているようには見えない。


「珍しい非実在型ですね。憑依? 変化? あぁ、変貌タイプでも言うべきでしょうか」


 武器になるのではなく、《導燈者イグナイター》の姿を変える。

 なるほど、変貌タイプとは言い得て妙に思えた。


「にゃっはは。きみの魔弾も、あたし達には当たらないよっ!」


 銃を握る箇所――銃把――に左手をあてていたスペキュライトが、気怠げに表情を歪める。


「そう思うのは、テメェの自由だ」


 銃口をパイロープへと向ける。

 パイロープはその場にいなかった。


 ヤクモは叫ぶ。


だめだ、、、……! キャンドルさん!」


 本来ならば明確な警告などマナー違反どころではない。

 だが、それでも叫ばずにはいられなかった。


 だって――。


「……目の良い奴がいるな。あぁ、トオミネか」


 スペキュライトはその場を動かない。


「やる気がないのかなっ! だけどあたしは――本気で行くよ!」


 凄まじい速度を誇るパイロープはフィールドを縦横無尽に駆け巡り、不意にスペキュライトに肉薄する。


 彼女達は珍しい近接タイプの領域守護者らしい。おそらくあの爪は魔力防壁を切り裂く程の高魔力兵装なのだろう。更に彼女は肉体強化を限界までかけている。


 目にも留まらぬ速度と必殺の爪牙。

 彼女は紛れもなく強者だ。


 だが、それはもう、問題ではない。


「……本気? もう終わってる奴のセリフじゃねぇだろ」


「え……」


 スペキュライトに到達するより前に、パイロープはようやく自分の身に、、、、、、、、、起きたことに気づく、、、、、、、、、


「う? あ、え、あ、な、」


 彼女の腹部には穴が空いていた。


 彼女は自分の腹から大量に流れ出ている血に手で触れ、その事実に戦慄するように顔色を蒼白にする。

 既に勝負はついていたのだ。


 銃口を向けた時にはパイロープは消えていた。大半の者にはそう見えただろう。

 だが正確には、銃口を向けると同時に弾丸が射出され、パイロープの腹部を貫き、それに気づかぬままパイロープは高速移動を開始したのだ。


 重傷を負ったまま全力疾走をしようとした彼女を、ヤクモは止めたのだ。


「どうした十六位、楽しむ余裕も無かったか?」


「……ぅ」


 パイロープは何も言うことが出来ず、その場に倒れる。

 人間に戻った《偽紅鏡グリマー》が涙を流しながら救護班を呼び、試合は決着となった。


「テメェら雑魚相手なら、六発でも多すぎなんだよ」


 スペキュライトは人間に戻ったネアを腕に抱き、そのままフィールドを後にした。


「……兄さんは、あれが見えたんですか?」


 妹が唖然として呟く。


「あぁ……でも、手強いよ。必中の弾丸だ、回避しても追ってくる。それを終わらせる為には弾丸を破壊することで魔法を終わらせるしかない。けど――」


「十六位が纏っていた魔力防壁、魔力で強化された肉体を一瞬で貫く高魔力……。更にはあの神速。兄さんが反応しても、わたしの方が砕け散りそうですね……」


 パイロープの魔力防壁は壊れていなかった。ただ、小さな穴が空いただけ。


「刹那の内に、綻びの見極めと斬撃を行わなければならない」


「……なんでわたし達、いつも『こういうのとあたると嫌だな』って天敵ばかりとあたるのでしょうか」


 ぼやきながら、妹の表情は決して曇ってはいない。


「逆境なんて、日常じゃないか」


「あはっ、夜の神様は余程わたし達が憎いらしいですね」


「自分まで斬られるんじゃないかと怯えてる所為かも」


「現実にしてやりましょう。まずは、魔弾です」



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