第46話◇希望
魔人と人類はかつて天敵同士だった。
少し考えれば分かることだ。
太陽が出ている間、人間は魔力が作れる。だが魔人は作れない。
世界を夜が支配する間、魔人は魔力を作れる。だが人間は作れない。
自分が無力な時にこそ力を得る存在。
獣ならまだしも、同程度の知能を持つ『人』という種。
互いへの警戒心や恐れがやがて戦争に発展したことは想像に難くない。
問題は、魔人の王が規格外の魔法を発動したこと。いや、発動し続けていることだ。
そして魔人は今でも人類を殲滅しようと活発に動いている。魔獣を支配下に置き、壁に閉じこもった人類まで探して殺す。
だがそれも、分からなくはないのだ。
人間だって、羽虫が飛べば煩わしいという理由で潰すことがあるだろう。害がなくとも、周囲を飛ぶだけで命を奪う。魔人からすれば、かつて程ではないにしろ人類は邪魔なのだ。
だからこそ、人類は反撃に出なければならない。
いつか取り返しがつかなくなる程の弱体化を迎えてしまう、それより前に。
魔王の首を取り、夜を裂き、太陽を取り戻す必要があるのだ。
それを果たす為にも、魔人の襲撃ごときで貴重な人類領域を失うわけにはいかない。
「七割方滅びるだと? 貴様、夜を斬るなどと宣いながら、その悲観主義的な発言はなんだ」
ヘリオドールが不機嫌そうに眉を歪めていた。
ミヤビは動じないどころか機嫌を悪くする。
「はぁ? お前らの楽観が生んだのがこの現状だろうが。あたしゃ悲観なんざしてねぇよ。生き残る気があるってんなら、刃くらい振るってやるっつの」
問題は、その気持ちを戦う者全てが持てるかどうか。
『白』はともかく、他は難しいだろう。
「大事な弟子も出来たことだしねぇ?」
ニヤニヤ笑うアノーソ。
「黙れババア」
「弟子で思い出したが、貴様の弟子は《
何かを考え込むように腕を組むヘリオドール。
「あぁ、大した奴らだよ。それがどうした」
「
魔人そのものはともかくとして、一方向を任せられるくらいの遣い手か? とそう問うているのだろう。
「鍛えりゃあな。だがついこないだ黒点化したばっかだぞ、よちよち歩きの乳呑み子に走れなんて言うもんじゃねぇ」
彼らの実力は疑っていない。前回の戦いで一皮むけたのも事実。誇らしくさえある。
だが、だからこそ他人の都合で魔人戦になぞ投入されてはたまらない。
「そもそも出たところで使えないでしょう。発現したのは形態変化の延長に過ぎない能力一つ、更には魔法がゼロで、魔力もロクに扱えない。どう役に立つというのです」
ヘリオドールのパートナーである美少年は、明確にミヤビを見て言った。
先程ヘリオドールを小馬鹿にした意趣返しのつもりらしい。お可愛いことだ。
「ヘリオドール。やっぱそのガキ黙らせといた方がいいぞ、お前の格が下がる……あ、今の時点で最下位だから下がりようがねぇか」
ミヤビの言葉に、少年は顔を真っ赤に染め上げて口を開きかけるが、それをヘリオドールが制した。
「テオ。わたしの為に
「……はい。申し訳ございません」
消沈した様子の少年の片を、ヘリオドールはそっと叩く。
「失敗も失態も構わない。学ぶことさえ出来れば」
「肝に銘じます」
「おいお前ら、あたしに品格がねぇってか。なぁおい」
「……姉さん。どう見ても皆無です」
「お前はもう少し姉の味方をしてくれよ。……いや、今はそれはいいさな。それよりそこのクソガキの見当違いを是正すっか。結論から言うぞ? うちの弟子は今でも前線で戦うだけのポテンシャルを秘めてる」
「……聞かせてもらおう」
ヘリオドール以下会議室の面々が傾聴の姿勢をとった。
「形態変化の延長とだけ聞きゃあ、笑いたくなんのは分かるぜ? なんせ魔力防壁で距離をとって戦うのが基本の世界だ」
実際二人がその能力に覚醒した際も、嘲笑する者ばかりだった。
だがその認識は、領域守護者の常識に囚われたがゆえの愚かな判断だ。
「あいつらはな、魔力防壁さえ斬る。素の身体能力は魔力強化レベル、十年の苦難の中で継戦能力が磨かれ続け、なんと最長で七晩だ。そしてあいつらは魔力が無い故に、魔力を必要としない戦い方を極めた」
誰もがミヤビの声に聞き入る。
「これまでは最大の懸念点が『射程』だった。なにせ刀一振りだったからな。分かるか? アサヒの黒点化はな、あいつらの活躍を阻むただ一つの障壁を取り払ったんだよ。魔法が使えない? アホらしいにも程がある。あいつらに魔法は
領域守護者としては致命的な欠陥を抱えた兄妹は、それをものともせずに成長した。
「あたしもヘリオドールも、他のどの領域守護者も、バカスカ魔法を撃ちゃあ魔力切れを起こす。そうなってまで戦えんのは一部の強者だけだろう。でも、あいつらに魔力切れは無い。開放された能力が魔法じゃないからだ」
「――――」
「失うもんがねぇから、狭まる戦法なんざ持ち合わせてねぇから、あいつらは揺らがない」
雪色の粒子の操作と形成に関しては訓練が必要だが、逆に言えばそれさえも極めた時、彼らはミヤビの目的を大いに扶けてくれるだろう。
「それにさえ気付けない奴がいるなら、随分と視野が狭いんだろうな」
テオは唇を噛み、恥じ入るように俯く。
「話は理解した。ならばミヤビ、早急にその弟子を鍛えろ」
「言われなくても鍛えるっつの。あたしゃ師だぞ」
「……魔人が来るまでに戦力を確保せねば」
「予選はどうすんだ? うちの弟子の人生が懸かってるんだが」
「このまま執り行う。中止などしようものなら民や訓練生の不安を煽ることになろう」
そう。
予選も本戦も民に開放されている行事だ。
不自然に中止すれば誰もが不安に思うだろう。
外の問題だけで精一杯だというのに、要らぬ内憂を抱えるわけにはいかない。
表向きはこれまで通りに全てを進行し、秘密裏に戦力を確保する。
その候補に、自分の弟子達はばっちり入ってしまったらしかった。
無能のヤマト民族二名が、いつの間にやら期待の星に。
――魔王殺しを目指してんだ、この程度にはついてきてもらわにゃな。
他人が勝手に弟子を使おうとするならば断固として止めるつもりだった。
だが自分に一任されるなら。
導いてみせよう。
立ち上がる。
「帰るぞ、おちよ」
「……いいのですか?」
「小難しい話には興味ないんでね。敵が来る。ぶっ殺す。そんだけわかりゃあ充分だ」
「姉さんがそう言うのであれば」
さて、愛弟子は今頃何をしているだろう。
そんなことをふと思いながら、姉妹は会議室を後にした。
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