第45話◇存亡




「あ~~かったりぃ」


 ミヤビは都市の中央部にいた。


 よくわからない何かで出来た、縦長の建造物だ。木じゃない。石のようだが滑らか過ぎるし、石組みにしては石と石の境目というものがまるで見当たらない。


 タワー、と呼ばれている。

 生意気にも、建物の中に専用の昇降機が二台もある。


「姉さん、しっかりしてください」


 妹のチヨに引き摺られるようにして、タワーまで来た。

 緊急だとかで伝達員に叩き起こされたので、和装の着こなしがいつも以上にだらしない。


 昇降機に乗り、受付で伝えられた階層のぼたんを押す。

 その間に、チヨがテキパキとミヤビの服装の乱れを直した。


「もうちょい寝てたかったんだがなぁ。おちよ、お前もだろうぉ?」


 すすす、と胸に手を伸ばすと叩き落とされる。


「外ではダメです」


 ミヤビとは違い、彼女はキチッとしている。仕事の話ということで『白』の隊服だ。


「ダメって言われると燃える性分でね」


「社会性に問題がありますね」


「社会なんてものが成立するのは、あたしのような奴らのおかげってとこが皮肉だよなぁ」


「全ての領域守護者が姉さんのように社会不適合者ではないので、ご安心を」


「つまらん奴らばっかだよ」


「シャキっとしてください」


「あたしゃ他人に起こされるのが嫌いなんだ」


「起こしたのはわたしです」


「そうだっけか? じゃあ仕方ねぇなぁ」


 昇降機が止まる。


「お待ちしておりました、ミヤビ=アカザ様、チヨ=アカザ様」


 黄の隊服に身を包んだ女性に出迎えられた。

 『光』の職員だ。


「そりゃご苦労さん。《黎明騎士デイブレイカー》を呼び出すたぁ、余程の大事おおごとなんだろうな?」


「それにつきましては、会議室の方で説明があるかと」


「会議室ねぇ」


 女についていく。

 ある扉の前まで案内される。ご丁寧にも扉を開けてくれた。


 入る。長卓と、それを囲むようにずらっと並んだ椅子だけの空間。まさしく会議する為の部屋という具合。


 何人もの人間がいた。知らない顔もあるが、知っているものだけ数えても異常な顔ぶれだった。


 『赤』『青』『白』『光』の総司令。

 そしてミヤビ達以外の《黎明騎士デイブレイカー》一組。


「……あ、これぜってぇクソ面倒くせぇ仕事任されるやつだな。居留守しとくんだった」


「ふふ、そんなこともあろうかと、その場合は扉を蹴破る許可を与えていたよ」


 『白』の総司令が言う。妙齢の女性で、同性異性問わず魅了するような笑みが特徴的。


「やめろババア。んなことした日にゃあ、この都市から出てくかんな」


 いくら《黎明騎士デイブレイカー》とはいえ総司令に対する口ぶりではなかった。他の者が気色ばむ中、総司令アノーソ=クレースは擽るように笑う。


「もう出来ないでしょう? お弟子さんと、そのご家族を背負ってしまった。身軽なあなたらしくない選択だって、みんな驚いていたわよ」


「他人の考えるあたしらしさなんざ、いくら裏切ろうとちっとも心が痛まんな。勝手に驚いてろよ」


「……そこまでにしておけ、ミヤビ」


 男だ。いかにも堅物という面をしている。砂利みたいな色合いの髪は男にしては長い。


「ヤマトの戦士は目上の人間に対する口の利き方も知らんのか」


「ヘリオドールぅ。そういうお前さんは格上に対する口の利き方を知らねぇみたいだなぁ。ん~、お前さんって第何格だったっけか? おちよよ、第三格なあたし達に対し、こいつらはなんだ?」


「……《地神ちしん》のお二方は、《黎明騎士デイブレイカー》第七格です」


 《黎明騎士デイブレイカー》の格は、現存する都市同士の僅かな交流によって明らかになった各ペアの実績を許に判断される。


 彼の《偽紅鏡グリマー》である細身の美少年が、ミヤビを睨みつけた。


「……魔人との遭遇数が多いだけのことで、鬼の首を取ったような態度だな」


「おいおぼっちゃん。遭遇数は問題じゃねぇだろ。肝心なのは討伐数だ。魔人を鬼っつうなら、まさしくあたし達ゃその首を取ってる。ヘリオドール、お前さんも稚児に簡単な言葉くらい教えてやれや。教養ってのはこういう時に必要になるんだぜ?」


「貴様がそれを言うか」


「あぁ? うちの妹は完全完璧に最高だろうが、ぶっ飛ばされてぇか」


「……姉さん。ヘリオドールさんが仰っているのは、姉さんが無教養かつ慮外者であるにもかかわらず、他者の未熟を指摘していることへの不満かと」


「ほぅ。やっぱお前は賢いなぁおちよよ~」


 ミヤビは妹の頭を撫でようと手を伸ばしたが、シュッと回避された。悲しい。


「ヘリオドール、いいのよ。みんなも、ミヤビは構うだけはしゃぐから放っておきましょうね」


「ババア……」


「本題に入るわ。座って」


 ここまで来て帰ればそれこそ時間の無駄。

 ミヤビはどかっと椅子に腰を下ろす。それを待ってから、チヨも続いた。


「本日お集まりいただいたのは、都市存続の危機が迫っているからです」


 説明はヘリオドールがするらしい。

 《黎明騎士デイブレイカー》が会議の進行……嫌な予感がする。


「今年に入ってからというもの、魔獣との遭遇回数が激増しているとの報告が《皓き牙》から相次いでいました。そして先日、《黎き士》出撃時には東西よりかつてない規模の魔獣の群れが迫ってきたとの報告が上がっています」


 ネフレンとかいう訓練生が功を焦り、それを弟子が助けに向かった日のことだ。

 全部燃やしつくしたとはいえ、確かにあの数は多すぎた。


 まだ《カナン》に来て日の浅いミヤビですらそう思ったし、十年壁外で暮らしていた弟子が言うには、ここ最近魔獣との戦闘が多くなってきたのだと。


 アノーソがミヤビを見る。にっこりと、目を曲線のようにして笑っていた。


「弟子が言うには、ある程度統率のとれた動きだったらしい。それにあの数は野生の群れじゃあきかねぇだろ。だからだな、まぁ、そう、、なんじゃねぇの?」


「捕捉はされていると思う?」


「前回の群れは一匹残らず殺したけどな、戻ってこなきゃ方向は絞られるだろうよ」


「時間の問題というわけね」


「時間の問題? 面白いなお前ら、そんなの最初からだろうが」


 世界は破滅へと進んでいる。刻一刻と。


「えぇ、そうね。けど今はもっと差し迫っていて、具体的な脅威の話よ」


 アノーソはミヤビの言葉を受け止めた上で、優先順位を設けている。


「……あぁ。この都市は近々魔人に見つかる、、、、、、、。これまで滅びた都市のように、全方位を魔獣の大群で囲まれたら、保たねぇだろうな」


 会議室に緊張が走った。


 魔人。半魔人以下を操る上位種。等級にもよるが、特級指定であれば《黎明騎士デイブレイカー》に匹敵すると言われている。


 それが、魔獣の軍勢を率いて人類領域を蹂躙する。

 これまでの人類領域はそうして滅びてきた。


「だがこの都市には《黎明騎士デイブレイカー》が二組いる」


「アタシとお前で二方を担当するとして、残りの二方を『白』だけで守るのは厳しいな。かといって腑抜けばかりの『青』や殺し合いを知らねぇ『赤』がでしゃばったところで統率が乱れるだけ。一応は壁外での戦闘経験を積んでる『光』がどれだけ使えるか次第だが……まぁ、七割方滅びるだろうよ」



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