第33話◇観戦




 ドームにはボックス席なるものが存在した。

 訓練生や市井の民には利用出来ない観客席で、高い位置に設けられてる。


 招待客、、、専用の特別席。

 ミヤビ=アカザは招待客の一人だった。


 周囲には都市の有力者達が集まって談笑している。

 ヤクモとトルマリンそのものに興味があるわけではない。


 彼らが関心を寄せているのは、どちらが勝つか。


 ミヤビは他の者達とは距離を置いて、弟子を見下ろしていた。

 人類領域には、娯楽らしい娯楽が無い。


 そしてそんな中、あるゲームを考えた者達がいた。

 単純なギャンブルだ。


 どちらが勝つか。

 訓練生とはいえ領域守護者。魔法をぶつけあう戦いは見ていて楽しい。


 そこに自分達もスリルを感じられる要素を加えたということだろう。

 聞けば、規模は違えど市民もまた同じことをしていると聞く。


 ――ハッ、平和ボケもここまで来ると笑えねぇな。


 ミヤビは胸中で失笑する。


 領域守護者の力もあって、この第三人類領域《カナン》の壁は長い間破られていない。

 だから危機感を持つことも出来ず、緩やかな衰退の道を辿っている。


 若者達の全身全霊をかけた戦いを、見世物にして笑ってなどいられる。

 現実逃避だなぁ。ミヤビはもう慣れていた。どこもかしこもそんなものだ。


 ――だから滅ぶんだよ、お前ら。


「いやしかし、《黎明騎士デイブレイカー》たるアカザ様がこのような戯れに興味を示されるとは」


 観客の一人が下卑た笑みを浮かべながら近づいてきた。

 名前も何をやっている人間かも知らないし興味が無いので、無視。

 彼は鼻白んだものの、なおも続けた。


「お弟子さんでしたか。いやぁ、余程自信がお有りらしい。資料を拝見しましたが……くっ、ご冗談か何かですか?」


 他の者もわらわらと集まってきた。


「魔力炉規格E、魔力適性E、魔力操作E……と、あらゆる評価項目において最低を獲得。あなたさまとは、あまりに違います」


 ヤマト民族である、という事実は《黎明騎士デイブレイカー》であっても消せない。


 他の《黎明騎士デイブレイカー》が尊敬と畏怖を掻き立てる存在だとすれば、ミヤビ達だけはそこに嫌悪感も加わってしまう。


 お前らは夜鴉だろう。差別される側だろう。評価される側にくるなよ。

 そんな思いが、笑顔の仮面から滲み出ている。腐乱死体から溶け出す体液みたいに。あぁ、醜い中身という点では同じだ。まったく同じ。


「こん中に商人はいるかい?」


「えぇ、此処に」


 自慢げに挙手したのは、喋りかけてきたのとは別の人間。


「お前さんは家が裕福だったのか? それともお前さんの代で成功を?」


 男は自慢話が出来るチャンスだと思ったのか、ここぞとばかりに語りだす。

 要約すると、家は金持ちではなかったが、自分の努力が実って成功者になったという内容。


「そいつぁすげぇ」


 夜鴉であろうとも《黎明騎士デイブレイカー》に褒められて悪い気はしないのか、男は口許を笑みの形に歪めた。


「お褒めに授かり、光栄の至り」


「でもよ、お前さん程の才覚があるなら、最初から金がありゃあもっと早く大成したんじゃねぇか」


 それを更なる賞賛だと思ったらしく、男は胸を張って頷く。


「えぇ、確実にそうなっていたでしょうな」


その程度の、、、、、ことなんだよ、、、、、、」 


 ミヤビの言っていることが分からないのか、一同が困惑した表情を浮かべた。

 構わず続ける。


「魔力が作れない? 魔力を纏えない? 魔力が操れない? だからなんなんだ。才能のある人間と比べて成長にかかる努力が数倍数十倍数百倍になるかもしれねぇな? だからなんだっつぅんだよ。あいつらはな、そんな現実、とっくに越えてんだっつの」


 気圧されつつも、そんな姿を見られるわけにはいかないという思いからか、彼らは怯えを見せないよう努めている。


「ですが、現実問題としてあの少年では《無謬公》に手も足も出ないでしょう」


 そう考える者の気持ちは理解出来る。

 事実、ミヤビも一筋縄ではいかないと分かっている。


 ――あぁ、無能じゃあ有能には勝てない。当たり前だよなぁ。


 ――でもよ、その基準は自分達こそが有能だと思いあがった奴らが作ったもんだろうが。


「お前、資料見たって言ったな」


 先程の男を睨みつける。


「あ、は、い」


 蛇に睨まれた蛙。一度視線が合えば、もう誤魔化しは利かない。

 男はぶるぶる震えながら頷く。


「じゃあ、クソくだらない評定だけ流し読みしてねぇで、あいつらの歩んできた現実を見ろ。お前の言った『最低』に加えて、武器は魔法無しのカタナときてる。なぁ聞くけどよ、こん中に、今の条件で壁外を十年生き残る自信のある奴はいるか?」


 誰も、声を上げない。


「こん中に、十年間戦い続け、多くを失いながらも屈することなく、三十人以上の人間を守り通す自信のある奴はいるのか?」


 誰も、何も言えない。


「おい、嘘だろ? 都市の有力者が一堂に会するこの場で、誰も出来ねぇってのか?」


「わ、我々は領域守護者ではありませんから。そのような基準で計られましても」


「あぁ、まさにそうだ。あいつらは既存の領域守護者に当てはまらない。だから同じなんだよ。お前らを領域守護者の物差しで計っても意味ねぇように、あいつらをそれで計っても意味ねぇんだ。どうしてその程度のことが分からない」


 誰もが気まずそうに俯くばかり。

 気に食わない。


「このミヤビ様がこんなクソつまらねぇ場所に来た理由を教えてやろうか? お前らアホ共の吠え面を拝んでやろうと思ったんだよ」


 意味が分からないという顔をする面々に、ミヤビは言い放つ。


「有り金全部、うちの弟子に賭けた」


 《黎明騎士デイブレイカー》が、所持金を全て。


 ヤマト民族の少年の勝利にベットした。

 全員の表情が驚愕に染め上げ上げられる。


 ちょっとだけ溜飲が下がった。


「………………あの、姉さん?」


 片髪だけを伸ばしている黒髪の麗人、妹のチヨが引き攣った顔でこちらの腕を掴んだ。


「なんだよ、ずっと黙ってっから人形に徹するつもりなのかと思ってたぜ」


 妹は他者とは極力話さないようにしている節があった。


「いえ、あの、あの兄妹に、え、全額、え?」


「おう。全部まるっとな。だもんで、負けたら宵越しの銭すら残らん」


「……聞いてないんですけど」


「言わなくても、あたし達ゃ運命共同体ってやつだろ?」


「だからこそ、相談すべきでは? そもそもこれで彼らが負けたら、彼らのご家族を都市内に保護することも出来なくなるじゃないですか」


 魔力税の代理負担とは言うが、その方法は魔力に限らない。


 魔力をろくに持っていない人間はそれ以上に金を持っていないことが大半なのであまり利用されない制度だが、支払いは金銭でも構わないのだ。


 ミヤビは金を使わないタチだから、これまでの分の稼ぎは全て残っていた。


 この都市へ来る前に処分しようとしたが、妹に止められたのだ。結果的にその後出逢ったトオミネ兄妹の家族の為に使えたわけなので、妹さまさまである。


 その金も含め、全て賭けた。


「なあ、おちよよ。考えてもみろ、あいつらが負けたらそもそも同じことだ。どうせ一年以上は保たねぇんだからよ」


「そ、れはそう、かもしれませんが」


 それに、あれでも見栄を張ったところがある。一年という期限は、ミヤビのこれから先の任務報酬を勘定に入れてのもの。


 つまり、ミヤビは自分のこれまでと、これからの一年をトオミネ兄妹に投資した。


「それに、どいつもこいつもあいつらを馬鹿にしやがる。そんな中で、家族以外にあいつらの勝利を信じる奴が必要だろう」


「…………ほんと、あの子達には良い人なんですから」


「違うぜおちよ。あたしゃ良い人なんかじゃあねぇさ。きっちり、見返りを望んでんだからよ」


 それから一同を見回す。

 まだ戸惑いの消えていない権力者共。


「んで、《黎明騎士デイブレイカー》との賭けには乗るかい?」



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