第31話◇過去




 予選は放課後に行われる。後学の為にもと訓練生らには観戦が推奨されていた。


 ヤクモ達以外にも、多くの訓練生や教官が散見される。また、市民の姿もちらほらと確認出来る。


 『赤』の試合が終わり、勝者の少女が「うっし……!」と喜んでいた。

 くるくると鎌を回し、妙なポーズを決める。


 『紅の瞳』学舎学内ランク八位・ロード=クロサイトだ。

 以前、家族の皆が理不尽に晒された時に、逢ったことがある。


 退場する時、向こうがこちらに気づいた。


「お、ヤクモっちじゃないですかー」


「……兄さん、無視ですよ無視。妹との観戦デートが台無しにされないように無視するのです」


 妹がこちらの腕をとりながら言う。


「こんにちわ、クロサイトさん。一回戦突破おめでとう」


 妹が「もう……!」とふくれてしまった。


「ありがとうございますー。あ、ロードでいいですよ。こっちもヤクモっちなんて呼んじゃってますし」


 彼女が武装を解除すると、鎌が幼女になった。


「ロード、ロード。勝ったからケーキ」


 ロードにしがみついておねだりしている。


「あいあい、分かってますってー。んじゃまー、また逢えたらってことで今日のところは」


 《導燈者イグナイター》と《偽紅鏡グリマー》の関係は、全てが全て単純な主従というわけじゃあないらしいことに、ヤクモは最近気づいた。


 数は少ないが、対等の存在として扱う者もちゃんといる。


「うん、また」


 妹が安心したように息を吐く。


「今日も邪魔者が増えるのかと思いました。悪夢が回避されてわたしは嬉しいです」


 モカはいない。

 次の試合に出るからだ。


「おっ、来ましたよ。あのおっぱいの揺れはモカに違いありません」


 胸部の揺れ具合で個人を特定出来るらしい妹だった。

 巨乳への恨みが妙な能力を開花させてしまったらしい。


 確かにスファレの後ろを歩いている。

 緊張した面持ちで俯いている。


「……兄さん。その、あれ、やります? あたしは別に全然興味ないんですけど兄さんがしたいっていうなら仕方なく一緒にやってあげますけど?」


 ヤクモは素直じゃない妹に苦笑しつつ、それを愛おしく思いながら頷く。


「うん、一人じゃ恥ずかしいから、お願いできるかな」


「し、仕方ないですねぇ……。兄さんがどうしてもというなら、まったくもって仕方がありません。では、いちにのさんで行きますよ」


 いち、にの、さん。



「がんばれー!」



ただでさえヤマト民族ということで距離を置かれているのに、兄妹は揃って叫んだ。


 周囲の視線が集まるが、そんなことはどうでもいい。

 気持ちを伝えたい相手は一人だけだった。


 モカがバッと顔を上げる。

 二人を見つけ、その瞬間にぶわりと涙を浮かべた。


「泣くほど喜んでますよ、あのおっぱい」


「緊張がほぐれていればいいんだけど」


「えぇ、わたし達が恥をかいたんですから、結果は出してもらわないといけません。それにほら、一位がここで落ちてくれれば、のちのち楽ですし」


 とってつけたような理屈。

 モカはこちらにブンブンと手を振っていた。胸がばいんばいんと揺れて目に毒だ。


 スファレも微笑んでいる。

 しばらくそれを笑っていたアサヒだが、相手側が登場した瞬間、固まった。


「…………………………そんな」


「アサヒ?」


 彼女は途端に屈み込んでしまう。

 まるで、誰かに見つけられることを防ぐように。


 直前の視点はフィールドに向いていた。

 ヤクモは咄嗟に相手選手を確認。


 二人いるが、どちらも首輪をつけていない。ヤクモやトルマリンのように、《偽紅鏡グリマー》に首輪をつけない方針なのだろう。


 だがどちらが《導燈者イグナイター》かは分かる。学舎に入る前、ランク保持者の|導燈者《イグナイター》の顔写真を師匠に渡されたのだ。


「この内の誰かを見つけたら喧嘩を売れ」と乱暴に言い放ったミヤビをよく覚えている。写真なるものに驚いたことも。


 《導燈者イグナイター》は濃い紫色の長髪、同色の瞳をしている方。

 美しい少女だが、表情が無い。


 アサヒが怯える理由が分からなかった。

 だが、もう一人を見て驚く。


 雪白の髪に、白銀の瞳。

 なによりも、顔立ちがよく似ていた。


「…………アサヒ、あの子は」


 訊かずにはいられなかった。

 ヤクモもアサヒも、約束したことがある。


 過去には触れない。それは壁の外に追いやられた時のことを思い出したくない幼少の頃に交わしたものだが、今までも兄妹はその一線を超えることはなかった。


 妹が、膝に顔を埋めてしまう。

 ヤクモはその近くに屈み込んだ。


「……いや、きみが言いたくないならいいんだ。でも聞いて、アサヒ。きみはもう、遠峰朝陽なんだろう? 入校式の日、僕にそう言ってくれたよね。僕は、すごく嬉しかったよ」


 ゆっくりと、アサヒが顔を上げる。

 その顔は苦しげに歪んでいた。


「あそこにいるのが誰でも、僕の気持ちは変わらない。それだけ」


 言って、立ち上がろうとするヤクモの手を、妹が握った。


「……わたしの家族は、兄さんとヤマトのみんなだけです」


「そ、っか」


 アサヒが、今にも泣き出しそうな顔で、それでもどうにか絞り出す。


「……名前が変わってるから気が付きませんでした。それに、髪の色も変えてる。それでも分かります。誰が気づかなくても、わたしは忘れない」


 学内ランク三位金妃スファレ=クライオフェン

 対

 学内ランク一位|黒曜《ペルフェクティ》グラヴェル=ストーン


 そして、その《偽紅鏡グリマー》の名はルナ=オブシディアン。

 オブシディアンは《五色ごしき大家たいか》の一家だ。


「……彼女はツキヒ。わたしの――血の繋がった妹です」


 それはつまり、アサヒも《五色ごしき大家たいか》の血脈ということであり。


「母が死んだことで……父はわたしの魔力税の代理負担をやめたんです」


「――――」


 あくまで、彼女の父親が必要としたのアサヒの母親だったということか。


 魔法を一つも使えない《偽紅鏡グリマー》は要らないと、実の娘を捨てたのか。


 ――四歳の娘を、壁の外へ放り捨てたのか……ッ!


「でも、あの子が妹さんなら……」


 奇跡的に魔力税を自身で負担出来たのか。幼少の頃からパートナーがいたのか。


「……妹は、わたしと違って、沢山魔法を持っていたんですよ」


 活躍できる余地があるから、そのまま娘ということにしておいた。

 ぎゅっと、妹が自分を掴む手に力を入れる。


「わかってるつもりです。わたしは兄さんを信じているんです。でも……それでも、怖いよ夜雲くん」


 夜雲くん。妹は仲良くなり始めた頃、まだヤクモをそう呼んでいた。


「ツキヒと比べて、きみがわたしに失望するのが……怖いんだ」


 かつて彼女の父が、したようにか。


「僕にはアサヒしかいないよ。アサヒ以外、考えられない」


 本気だった。本心を伝えた。

 だが、アサヒは淡く微笑むばかりで。


「……夜雲くんは、優しいからなぁ」


 悲しげに視線を落とすばかりで。


「証明する」


「…………しょうめい?」


「優勝すればいいんだ。そうすれば、第一位よりも優秀な成績を収めれば、誰の目にも明らかだろう。そして僕は言うよ、武器が最高だったから勝てたってね」


 しばらく、兄妹は見つめ合っていた。


「うへへ」


 力無げに、それでも嬉しげに。妹が表情を緩める。


「兄さんは最高の兄さんです」


 元気になったわけではない。元気であろうと考えてくれただけで。


「……スファレさんとモカさんを応援しよう」


「ですね。妹をぶちのめして貰えれば御の字ですもんね」


 だが、結果は圧倒的だった。


 アサヒが恐れるのも無理はない程の魔法だった。


 学内ランク三位金妃スファレ=クライオフェン

 対

 学内ランク一位|黒曜《ペルフェクティ》グラヴェル=ストーン


 勝者・グラヴェル=ストーン。


 風紀委員長でもあり、ヤクモの《班》の長でもある彼女が、モカの能力によって思考速度を加速させてなお、太刀打ち出来なかった。


 数字の上では、二つしか変わらない。

 三位と一位。


 なのに、そこに広がる差は、あまりにも広い。

 自分達が勝ち進めば、必ず彼女達とぶつかる。


 確信でさえない。これは確定だ。

 そんな相手に、妹の妹に、自分達は勝たなければならない。



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