デイブレイク・レイヴン

第30話◇蒼氷




 そして、予選が始まった。


 ヤクモは可能な限り他の出場選手の試合を観戦するようにしていた。

 勝ち進めば対戦相手になるかもしれない相手達だ。


 基本的に初めて相対した日がどちらかの死ぬ日である魔物との戦いとは違い、戦うことでこちらの手の内がばれれば他の者に対策を講じられてしまう。


 ヤクモもまた、彼らから得られる生の情報は蓄えておきたかった。


「無駄に金の掛かった施設ですね」


 妹が唾棄するように言う。


 大きなドームだ。天井はなく、陽光がグラウンドと観客席を照らす。


 領域守護者同士の戦いというのは、派手で刺激的なものになることが多い。

 それはつまり、人を惹きつけるということでもある。


 このドームは、領域守護者の能力を広く市民にも開示する為に建設されたという。

 強力な力を見せることで人々の不安を払拭し、人類はまだ安泰なのだと思わせるパフォーマンス。


 プロの領域守護者達は、こういったこともまた仕事として割り振られることがある。


 そのドームを利用して行われるのが、予選と本戦。

 全校合同で行われる為、本戦を前にして他校の訓練生を目にすることも出来る。


 例えば、ラピスの試合。


 学内ランク九位氷獄ラピスラズリ=アウェイン

 対

 学内ランク二十四位紅炎スペサル=ティーン


 スペサルは橙色の髪を七三分けにした少年だ。その瞳には侮蔑が滲んでいる。

 ラピスを見て、嘲笑を浮かべた。


「ふっ、パパラチア家の家名を名乗ることさえ許さなかった妾腹が対戦相手か。どうせそのランクも実力ではないのだろう? 誰に媚びた? やり方は母親にでも教わったか?」


 予選までの日々で、ヤクモはラピスと以前よりも親しくなれたと思う。


 彼女は自分の色をコンプレックスに思っていて、それは出生に根ざしている。


 領域守護者を輩出する名家は複数あるが、特に目覚ましい実績の持ち主達を数多く生んだ五つの家名は《五色ごしき大家たいか》と呼ばれ敬われている。 


 ラピスはその一角を担うパパラチア家・領主の娘。

 だがスペサルが言ったように、正妻の娘ではない。


 そしてパパラチア家に見られる桃色と橙色を混ぜたような色合いの毛髪と瞳を受け継がなかった。


 だからだ。ヤクモが彼女の瑠璃色を褒めた時、彼女が戸惑ったのは。寒々しいとは思わないのかと訊いたのは。これまでの人生で、否定され続けてきたから。


 普段浮かべる薄笑みの正体は、諦念。諦めの笑みだったのだ。


 しかし。

 今の彼女は違う。


「もし、そうだとしても。あなたには媚びる価値が無さそうね」


 楽しげに、彼女は笑っている。

 スペサルの額に青筋が浮いた。


「……調子に乗るなよ、売女の娘風情が」


「売女の娘に負けるあなたのことを、なんて呼べばいいかしら? 考えておいてくれると助かるわ」


「後悔させてやる」


「ねぇイルミナ、今日の夕食は何?」


 無視されたスペサルは、顔を茹で上がらせる。

 そして、試合開始。


「イグナイト――セルリアン・コキュートス」


「イグナイト! ――カーマイン・ヴァイトッ!」


 銀色の鎖と、赤い……巨大鋏……だろうか。刃に鋭利な凹凸が見られる。挟まれればギザギザの切り傷がつくことだろう。


「可愛い鋏ね。わたしも好きよ、ほら、折り紙とかを切って遊ぶのよね」


「死ね!」


 スペサルが鋏を広げ、閉じる。


 それによって紅の炎が噴き上がり、意志を持ったようにラピスへと襲いかかった。

 しかしそれは、容易く彼女の前の空間に遮られる。魔力防壁だ。


「そんなもの、我が紅炎を前には飴細工に等しいわ!」


「そう。あなたの知ってる飴は、どんなことをしても融けない代物のようね。羨ましい」


 実際、炎は防壁を僅かたりとも残っていない。


「クソッ! クソッ! クソがッ!」


「ねぇ、教えてくれる? どうやってわたしを後悔させるつもりなの? 女の肌にさえ触れられずにいるあなたが、どうやってわたしを死なせるつもりなの? 興味が……いえ、尽きたわ、、、、


「黙れ黙れ黙れ! 惨めで卑しい妾腹めがッ! この私に――」


 一瞬で。


 フィールドの半分に、巨大な氷塊が出来ていた。

 その中に閉じ込められる形で、スペサルは固まっている。


「ごめんなさい、飽きてしまって。……あぁ、やってしまったわね。あなたをなんて呼べばいいか、まだ教えてもらっていないのに。わたし、そういうところがあるのよね。こう、上手くコミュニケーションを図れないと言うか。とりあえず、妾腹以下の二十四位さん。決着でいいかしら?」


 答えられるわけがない。

 審判の判断で、ラピスの勝利が告げられる。


「……なんですかあれ。ずるくないですか」


 妹が呆れ半分驚き半分で氷塊を眺めている。

 ぶるっと震えていた。観客席にまで届く冷気に凍えたのだ。


「確かに、凄まじいね」


「兄さん……斬れますか?」


 不安げな妹を安心させるように、ニッと微笑む。


「保証する。僕の刃の冴えは、氷塊よりもなお鋭く、その展開よりなお速いよ」


「うへへ……」


 妹は面映そうに唇をうにうにと動かし、照れたように微笑んだ。

 再びフィールドに目を戻すと、退場するところだったラピスと目が合う。


「おめでとうございます、ラピスさん」


「ありがとう、わたしの手をすべらかで艶めいていて美しいと言ってくれたヤクモ」


「言ってないですね」


「あら……じゃあ死体のように蒼白で不気味だと言うの?」


「……いや、綺麗だと思いますけど――って、あ」


 妹が腕をつねってきた。不満げに睨んでくる。


「ありがとう。これでわたしの世界二位記録がまた増えたわ」


「甘いですねラピスさん。わたしだって兄さんに世界一すごいねと言われた項目が沢山増えたんですよ! 差は開く一方! 一生縮まること無しです!」


「あぁヤクモ。次の試合を一緒に観てもいいかしら」


「わたしを無視すんなーっ……!」


 どうにも妹とラピスの相性は悪いようだ。ある意味で良いとも言えるのかもしれないが。


「ねぇ、ヤクモ。わたしの魔法は、綺麗だったかしら」


 それは、アサヒと張り合う為の質問ではないだろう。


 蒼氷。瑠璃色の髪と瞳。出生。スピネルの発言。

 気にしない筈が無いのだ。


 ヤマト民族であるヤクモにもアサヒにも、それは痛いほどよく分かる。

 だから笑った。


「えぇ、とても」


 妹も、こればかりは文句を言わない。不満そうな顔ではあるけれど。

 そして、ラピスもまた、嬉しそうに笑う。


「ありがとう。とてもうれしいわ」


 学内ランク九位氷獄ラピスラズリ=アウェイン

 対

 学内ランク二十四位紅炎スペサル=ティーン 


 勝者・ラピスラズリ=アウェイン



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