第16話◇先行

 



「あんなにも身近だったのに、少し離れただけで随分と暗く感じるものですね」


 妹の声に、ヤクモは同意の頷きを返す。


「そう、だね」


 壁外側の昇降機から降り、暗闇に踏み出す。

 陽の光を知ってしまったら、夜の闇は深さを増す。

 誰かを側に感じた瞬間から、孤独の痛みが際立つように。


 ぴとっと妹が自分に寄り添う。

 いつもの過激なスキンシップではない。


 一寸先さえ見通せぬ闇の中で戦いに臨む時、ハッキリとするのは触れているものだけ。


 兄妹からすれば、それは長年互いだけだった。

 とはいえ、今の兄妹は二人ぼっちではない。


 指揮官と思しき《導燈者イグナイター》の指示に従い、《班》ごとに指示が出される。

 どうやら今日は魔獣の群れが東と西から壁に向かってきているらしい。


 余程信頼されているのか、風紀委の《班》に付き添いの領域守護者などはいなかった。

 訓練生の身分でありながら、既にプロと同じ扱いを受けるに値するということか。


 新入生は自分達だけなので、他の者らは既に実力が知られているというのもあるのだろうが。

 基本的に、《班》には最低一人『光』を用意出来る人材を入れるものらしい。


 ヤクモ達の場合はスファレがそれに該当するようだ。

 光球がスファレの頭上高くで輝く。


「……便利だな」


 思わず呟くと、妹が手をぎゅっと握ってくる。

 拗ねたような、悲しんでいるような表情に失言だったかと気づく。


「大丈夫だよアサヒ」


「わたしはどうせ、魔法を搭載してない無能ですよーだ」


「それを言うなら、僕は魔法を使えない無能だよ」


「何を言うんですか、兄さんは最高です!」


「アサヒもね」


「うふふ」


 ……これを言わせる為の演技だったりするのかな。

 そうは思うも、やはり妹は笑ってくれる方がいい。


「仲がいいのね」


 ラピスが薄笑みを称えたまま言う。

 彼女の側には銀髪の美人が立っている。


「そうですね。ラピスさんは違うんですか?」


「あら。訊かれているわよイルミナ。わたしとあなたって、仲良しかしら?」


 数秒くらい経ってから、少女は答えた。


「はい、ラピス様。そう言って差し支えないないでしょう」


 強制されているような気配は無い。


「仲良しみたい。あなた達みたいにお手々を繋がないだけ」


「羨ましいなら、そっちはそっちで自分の《偽紅鏡グリマー》と手を繋げばいいでしょう」


 アサヒの言葉に、ラピスは目を丸くする。


「羨ましい……。そう。そうかもしれないわね。イルミナ、わたし達も手を繋ぎましょうか」


「…………拒否します」


「そう……拒否……嫌なの……。わたしたち、仲良しなのにね」


 若干落ち込んだ様子のラピスだった。


「無駄話はそこまで、会敵します」


 スファレの言葉に、全員の纏う空気が変わる。


「戦闘準備」


 スファレとトルマリンは既に《偽紅鏡グリマー》の武器化を済ませていた。

 スファレはレイピアを、トルマリンはロングソードを構えている。


「アサヒ」


「はい、兄さん」


「イグナイト――雪色夜切ゆきいろよぎり


 純白の打刀が手に握られる。


「綺麗な剣ね」


「……ありがとうございます。それより」


「分かっているわ」


 ラピスは肩を竦めてから、唱える。


「イグナイト――セルリアン・コキュートス」


 じゃらり、と垂れる。

 それは銀色の鎖だった。


「光の範囲を広げますわ」


 遠くから駆けてくる四足獣の姿が確認出来る。

 既に接敵している《班》もあるようだ。


「普段なら私の魔力防壁によって敵を阻み、その間にみなで撃破するのだが……」


 トルマリンがこちらを窺うように言う。

 その作戦では、自分は役立たずに終わるだろう。

 彼らがそれを責めなくても、それでは此処に来た意味が無い。


「そうですね。なら僕達はクライオフェン先輩の光が届く範囲で単独行動をとろうと思います」


「ふむ。承知した。万が一獣の牙に対応出来ないようなら、私の盾を貸すと約束しよう」


「よろしくお願いします」


 言い終えるより先に、駆け出す。

 剛毛を生やした短い四足の魔獣だ。尖った牙は人の身など容易く噛みちぎるだろう。


 それが十数匹。


 光線が放たれ、額に穴が空くことで倒れる獣がいた。

 魔力防壁に挟まれ、圧殺される獣がいた。

 一瞬の内にその身が凍りつき、氷像と化す獣がいた。


 どれも、兄妹には出来ない芸当だ。

 呼気を整える。


「行くよ」


『はい』


 魔獣の一頭がこちらへ突進してくる。


側身そくしん


 アサヒとヤクモは、互いに支え合って生き抜いてきた。

 ヤクモが戦いに集中出来るよう、アサヒもまた共に戦っている。


 意識を研ぎ澄ませ、戦況を把握し、最も適した判断を下す。

 十年の間で、ある決まった動きに関して特定のワードを妹が口にした時、既に行動が完了しているという域まで達していた。


 この魔獣は目視で魔力防壁を展開する。

 正面から突進し、敵を視界に収めれば正面に魔力防壁を展開するのだ。

 故に直前で側面へと回り込み、魔力が正面に偏った不完全な防壁を切り裂く。


『断頭』


 敵がこちらを向くより先に刃を振り上げる。

 ゴトン、と首が落ち、血煙が舞った。


「次」


 刀を振るい、血を払う。


『承知』


 手を抜いているわけではないだろうが、ヤクモの手際を見たいという思いはあるのだろう、三人の意識は明らかにこちらに向いている。


 だが、それも次の瞬間には別の何かへと集中した。


「馬鹿がッ! 先行し過ぎだ! 群れの中に突っ込むつもりか!」


 持ち場の少し離れた《班》だ。


 よく見えないが、どうやら隊員の一人が足並みを乱したらしい。


「クリソプレーズ訓練生! 今すぐ戻れ!」


「――え」


 魔獣の群れに一人突っ込んでいったのは、ネフレンのようだった。



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