第17話◇信念

 



 ヤクモとアサヒに敗北したことによって、ネフレンはプライドをズタズタにされた。


 少しでも早く名誉を取り戻そうと動くのは予想出来たことだ。

 あの表情から推察出来たことだ。


『……馬鹿女。名誉挽回狙いなんでしょうが、功を焦りましたね』


「言葉が汚いよ」


 ヤクモは三人の許へ戻る。


『兄さん? え? まだ魔獣が……あぁ、もうっ! ダメですよ! 絶対ダメですから!』


 さすがは妹。兄のことなどお見通しらしい。


「ヤクモ? どうしまして?」


「この場を離れる許可を下さい」


「……クリソプレーズさんを助けるおつもりですの?」


 スファレはすぐにヤクモの意図に気づいた。


「はい」


『ほらやっぱり! 兄さんのお人好し! 正義の味方! 八方美人! えぇと、えぇと、よくないですとにかく! 行ってはダメです!』


 妹はぷりぷり怒っている。


「……ヤマトの民はみな、君のように底抜けの善人なのかい? 彼女と君は敵対していただろう」


 トルマリンの言葉に苦笑。


「決着は既に着きました。彼女は約束を守った。僕らの諍いは既に終わっています」


「彼女はそう思っていないようですけれど? それに、彼女もあなたがたに救われることは望んでいないでしょう」


「彼女は僕との決闘で魔力を使い切っていました。その後の日光で魔力が回復しているにしても、万全とは言えないでしょう。加えて……ヤマト民族に負けたショックが抜けきっていない。危険です」


「だとしてもあの子を引き受けた《班》はわたし達ではないのだから、関知すべきではないと思うのだけれど」


 ラピスは魔獣を凍らせながら、冷静に言う。


「彼らはクリソプレーズさんの救助に向かうと思いますか?」


「……あちらは特に魔獣の数が多いようですから。群れの中に飛び込んでは魔力防壁もすぐに崩壊してしまうでしょうし、難しいと言わざるを得ませんわね」


 スファレの表情に翳が差す。彼女だって見捨てたいわけではないのだ。


 ただ、こちらが動けばそこが穴となり、魔獣がなだれこむ。そうなれば他の《班》に迷惑が掛かる。


「ふむ。その点こちらは戦力的に君たちが抜けてもなんとかなるだろう」


「なら――」


「あのね、ヤクモ。問題はあなた達よ。独断専行した愚か者が死ぬのは自業自得。だけれど、それを助けに行った仲間が死ぬなんて、わたしは嫌」


 ラピスの言葉に一瞬、固まってしまう。

 心配、してくれているのだ。


 兄妹を。そんなの、家族以外にしてもらえるとは思わなかった。


「ラピスの言う通りですわ。必ず救える保証があるならばまだしも、現状では許可出来ません」


「あぁ。君たちがどう思っているかは分からないが、二度の戦いを見て感じたよ。二人は良い領域守護者になれる。それをこんなことで失いたくはない」


 ――良い、人達だなぁ。


『行かないでほしいという部分は同意見ですが、兄さんはもう少し人を疑うということを覚えた方がいいです! ってゆうか行っちゃダメってわたしも言いましたけどっ。最愛の妹こそが最も兄さんを心配してましたけどっ! これぞ良妹りょうまいですね! ね!』


 良妻的な何かだろうか。


「クライオフェン先輩」


 彼女は会話しつつ、閃光で魔獣を貫き、灼いている。


「入校式で話しかけてくれた時、あれは助けてくれたんですよね。僕らだけじゃあ、そもそも決闘なんて引き受けて貰えなかった。ありがとうございます」


「ヤクモ……急に何を言うのです」


「ドルバイト先輩」


 彼はいまだ魔法を使わず、魔力防壁のみで魔獣を潰していた。それでいてこちら側に近づけさせない手並みと魔力量。見事に尽きる。


「クリソプレーズさんの攻撃が危うく観戦者を傷つけそうだった時、魔力防壁を展開してくれましたね。あの時のお礼、まだ言っていませんでした」


「当然のことをしたまでだよ。それに、今言うべきことはでないだろう」


「ラピスさん」


 ある獣は凍り、ある獣は地面より突き出た氷柱に貫かれる。ただ凍てつかせるだけの能力ではないようだ。


「僕達の関係を、単に仲良しって言ってくれて、本当に嬉しかったです。《導燈者イグナイター》も《偽紅鏡グリマー》も関係ない。僕ら、仲良し兄妹なんですよ」


「あら、折角わたしが心配してあげたのに、無視するのね。悪い子」


 くすり、と溢れるようにラピスは笑った。

 ヤクモも同じように笑ったかもしれない。


「僕らが《皓き牙》という繋がりによって仲間でいられるなら、それこそこの場に留まることは出来ません」


 彼らの矜持とは違うかもしれないが、ヤマトの人間にも譲れないものがある。


「ヤマトの戦士は、仲間を決して見捨てない」


 こんな話があった。


 一人の仲間が戦場で致命傷を負った。助からない。見捨てるしかない。

 それでも、ヤマトの人間はそうしない。


 屍になろうと、家族の許へ連れ帰る。

 その為に自らを危険に晒しても。


 考えなしの自棄的な行動ではない。

 自分を棄てているのではなく、自分で在ろうとしているのだ。


 合理的な判断で救える命があるのだとしても、時にそれによって失われる魂があることを知っているから。


 家族は見捨てない。同族は見捨てない。仲間は見捨てない。

 それをしてヤマト民族であり、それによってヤクモは救われたから。


 それだけは、捨てることが出来ない。


「行きます」


『兄さん……本気ですか?』


「あぁ、救けに行こう」


『わたしは反対です。あの女、深く切り込み過ぎなんですよ。戻ってこれる保証はありませんし、そもそも行きの道さえままなりません。加えて言えば、誰も動く様子が無いときています』


 そう。

 誰の目にも明らかだった。


 ネフレンは助からない。いや、確率はゼロではないが、挑むのが躊躇われる程に低い。


 そして、彼女の独断専行の責任は当然、彼女にある。指揮官の監督不行き届きを考慮したところで大差ないだろう。そしてそんな指揮官に救助の命令を期待するのは無駄。


 冷徹なのではない。此処にいる者達は冷静なのだ。


『第一、わたし達は彼らの中で一番あいつを助ける理由の無い人間じゃないですか』


「アサヒは、僕のことを心配してくれているんだよね」


『……それが分かっているなら、あまり困らせないでください』


「うん。でも助けたい」


『いくら兄さんの願いでも、自殺は認められません。愛すればこそ、愚かな行いは諭します』


「彼女の許に辿り着くまで、進行上の敵を全て二刀の内に切り伏せる」


 魔力防壁に一閃、本体に一閃。


『……いいえ、群れの密度からして不可能です』


「なら、どうしても必要なもの以外は無視しよう」


『……兄さん』


「どうかな」


『……あの女の許へは行けます。ただ、帰路はありません。死人が増えるだけの愚行でしょう』


「アサヒ、僕は家族のみんなが大好きだけれど、きみのことが何よりも大事だよ」


『……今そんなおべっかを使っても喜べません。一応脳みそに刻み込んで後で脳内で一万回ほど再生しますが、それも死んでしまえば出来ないんですよ』


「そうじゃない。これは本音だ。だからさ、少し考えれば分かるんじゃないかな?」


『……何をでしょう』


「僕は、世界で一番大事な妹を、むざむざ死地に引き込むような真似はしないよ」


『――――』


「信じられないって言うなら、仕方ない。彼女を見捨てよう」


『ずるい』


 拗ねたような声。


『兄さんはずるいです。そんなこと言われたら、もう断れないじゃないですか!』


「そうだね、ごめん」


『行きましょう。兄さんが可能だと言うなら、それを可能にするのがわたしの務めです』


「あぁ、きみがいれば、なんでも出来るよ」


『目標設定。魔獣の群れを突破し、クソ女の許へ辿り着く。開始します』


「……言葉が汚いよ」



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