トワイライト・パーティ

第15話◇任務

 



 ひと波乱ありつつもどうにか入浴を終えた頃。


 ドアをノックされる音。


「私が応対いたします」


 シュパッと素早くドアへと向かうモカ。


 ヤマト民族をわざわざ訪ねる物好きなんているのだろうかと、兄妹も入り口へ向かう。


 白の制服に身を包んだ栗色の青年。

 学内ランク第七位・トルマリン=ドルバイトだった。


 彼の後ろには物静かそうな少女が立っている。首輪はつけられていないが、入校式でも彼の近くにずっといた。《偽紅鏡グリマー》だろうか。


「ど、ドルバイト様っ」


 恐縮した様子のモカに優しく微笑み、それからトルマリンは二人を見る。


「お休みのところ、申し訳ない」


「いえ。どうしたんです?」


 ヤクモが尋ねると、トルマリンは頷いた。


「あぁ、本来ならば伝達員の役目なのだけど、君たちは初めてだろう? だから同じ《班》の者として私が迎えにきた次第さ」


「初めて?」


「ふむ、説明不足だったね。すまない。入校式でも少し話したかと思うが、我々風紀委や一部の実力者には壁外任務が課せられるんだ」


「あぁ、お給料が出るとかいう」


 妹の声に、トルマリンは「そう、その壁外任務だ」と笑う。


 風紀委員長でもあるスファレと同じく、彼もまた《偽紅鏡グリマー》を見下さない者らしい。

 数は少ないが、そういった人間も確かにいるのだ。


「《蒼》の人間達は壁面に到達する魔物がいて初めて動き出す性質でね。時折我々の者が出撃し魔物が壁に辿り着くより先に屠るのだ。脅威を未然に狩るというわけだね」


「……素晴らしいですね」


 もしかすると、ヤクモ達がこの十年全滅せずに済んだ理由の幾らかは《皓き牙》のおかげかもしれない。ヤマトの村落に来るかもしれなかった魔物を倒してくれていた可能性は充分ある。


 それにしたところで、ヤクモ達の十年は苛烈に過ぎたが……。


「あぁ。君ならばこの活動の価値を理解してくれるものと思っていたよ」


「えぇ、壁の外の人達も救われますから」


「その通りだね。ヤマト以外にも、壁の外で暮らさざるを得ない者は多い」


 なんらかの理由で魔力税を納められない者や、近年では犯罪者を壁外へ追い出すこともあるという。


 確かに牢で世話してやるよりも余程手軽な裁きだ。

 壁の外で暮らす者からすれば堪ったものではないが。


 閑話休題。


「僕らも行っていいんですね」


「あぁ、《班》で行動することになっているからね。私達は既に仲間だ」


 どこまで本心か分からないが、嘘を言っているようにも見えない。

 少なからず認めてくれているらしい。


「では、準備します」


「急に訪ねておいてすまないが、急いでもらえると助かる」


「えぇ、もちろん。アサヒ」


「はい、兄さん! 準備します」


「モカさん、留守を頼めるかな」


「は、はい! お任せください! お、お気をつけて!」


「うん、ありがとう。頑張るよ」


 素早く制服に着替え、部屋を出る。


 人類領域の壁に、扉は無い。


 円を描くようにして築かれた分厚い壁の上に領域守護者の詰め所があり、主に《蒼の翼》職員が利用する。望遠が叶う道具があるらしく、それで壁の上から魔物の接近を確認しているらしい。


 内外の行き来は八ヶ所設置された昇降機のみで行われる。基本的に壁の上に上がっている状態なので、一度壁の外に出された人間が自らの力で壁の中に戻ることは実質不可能だ。


 寮から出ると、壁まで向かう。太陽は消灯していた。

 明かりは特定のルートにのみ設置された魔力灯のみ。


 壁内側の昇降機前には何人もの《皓き牙》職員がいた。

 当たり前だが、訓練生の姿はほとんど見られない。


 アサヒがなんだかそわそわしていた。

 ヤマト民族ということで無遠慮に向けられる視線の所為ではないだろう。


「どうかしたの?」


「……なんでもないですよ。ちょっと緊張しているのかもしれません」


 そうは思えなかったが、追及はしない。


「そう。大丈夫だよ、アサヒには僕がついてるし――」


「兄さんにはわたしがついています」


「だね」


 笑い合う。

 彼女に先程までの違和感は無い。


 錯覚だと思うことにした。


「トル、ヤクモ。来ましたね」


 金色こんじきの美人。

 学内ランク第三位・スファレ=クライオフェンだ。


「わたしもいるんですけど?」


「そうですね、アサヒ。マイカも、よく来てくれました」


 マイカというのがトルマリンの《偽紅鏡グリマー》の名前らしい。

 スファレの《偽紅鏡グリマー》と、他にも何人かの訓練生が見受けられる。


「あなたが噂の新入生くんね?」


 紫を含んだ青色の長髪。同色の瞳。

 触れれば折れてしまいそうな細い体からはしかし、不健康な気配は感じられない。

 薄笑みから感情を読み取ることは難しく、敵意も好意も感じられない。


 あぁ、だが。

 興味はあるようだ。


「初めまして、アウェイン先輩」


 学内ランク九位・ラピスラズリ=アウェイン。

 《氷獄》の二つ名を冠する実力者だ。


「ラピスでいいわ。わたしもあなたをヤクモと呼ぶから。二桁ナンバーが風紀委に入るのなんて、異例中の異例よ。どんな戦い方をするのか、楽しみでならないわ」


「ご期待に添えるといいのですが」


「そうね。わたしもそう願ってる」


 そう言って、彼女は背を向ける。


「風紀委の《班》は四組なんですか?」


 昇降機へ向かう中ヤクモが尋ねると、スファレが応える。


「あなたがたを含めて六組ですわ。一組は体調不良で、もう一組は……その、謹慎処分中でして」


「謹慎……」


 風紀を守る側にも問題児がいるらしい。


「あくまで我らはサポートだ。プロの指示に従えば問題は無いよ」


 トルマリンの言葉に、「なるほど」と頷く。

 その時、視界の端に知った顔が映った。


 よく覚えている。

 入校式の後に戦った元四十位・ネフレン=クリソプレーズだった。


 彼女の表情は、暗かった。とても、危うい暗さだ。

 戦場に出ていいような精神状態とは思えないが、有望な生徒ということで呼ばれたのだろう。


 一瞬目が合う。


 自分がいたかもしれない場所に、ヤクモとアサヒが収まっている。いい気分はしない筈だ。

 彼女は特に何を言うでもなく視線を逸した。


「問題は無い……か」


「そうだといいんですけどね」


 同じくネフレンに気づいていたアサヒが、ぼそりと言う。

 昇降機の順番が回ってきた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る