第2話 その魔王調子乗りにつき

上も下も金色の巨大な寝室に両腕を後頭部の下で組ながら1人寝転がっている黒髪の男がいた。そう、新魔王だ。


しかし、彼は今、心に深い傷を負っている。それは初日の挨拶の時に起きたある事がキッカケであった。


トントン

「魔王様…よろしいでしょうか…?」

老人の声をした何者かが寝室の巨大な扉をノックしている。この寝室は魔王以外は何者も立ち入られない、故に魔王が内側から扉を開くか魔王が入る瞬間に一緒に入るくらいしか他者は入る方法が無いのだ。


ギィィィィ

金色の巨大な扉が観音開きに開く。

「何…」

扉からはそれまで凛々しく華やかな格好をしていた魔王では無く、髪の毛はバサついており目の下にはクマができその姿はまさに駄目人間と言わんばかりの姿だった。


「そんなに落ち込まないで下さいませ。」

そう言うこの老人はいつも腰が曲がっているためか杖をついており、顔は蟻の用に黒く目が大きく見開いており緑色のローブを着ているこの異形の怪物の名は


「セバスチャン…これは由々しき問題だ…」


この老人の名は[ホレイシオ・フェロニアス・イグナシアス・クラスタシアス・セバスチャン]通称セバスチャン。

初代魔王から約1000年従えて来ており、そして新魔王の育て役でもあるこの老人は何を誰と比べても負けなしの魔界最強の世話係。

その逸話は多々、数えきれないほどの伝説を残してきており人間界にもその名が伝わるほどだ。


「【こんに乳首】で滑ったくらいで3日も引きこもらないで下さい魔王様。」


「うわぁぁぁあやめろぉぉぉお」

魔王はそのバサついた髪を天井を見上げながら叫び声と共にかきむしる。

そう、この魔王、召喚時の自信満々に放った1発ギャグで駄々滑りしそのショックと羞恥感でそれから3日間も公の場に出ず魔王らしい仕事を何1つやっていなかったのだ。


「さ、行きますよ早く着替えて下さいませ」


「嫌嫌嫌!!もう恥ずいもん!外出れんもん!(T-T)」


「せめて新たなる魔界の長として魔王城に集まった魔族達に向けて一言言ってください。魔族達は魔王様がいつ来るのかと3日間立ちながらその一言を待っております。」


新しく魔王になると勇者と戦う下準備をしていかなければならない。

その1つが魔界の魔族達への意識表明だ。魔族達は先代魔王と次世代魔王を自らの中で比べ、つき従うか否かを判断する。つまりこの一言で魔界が大きく動く事態になりかねないと言う事だ。


「今回の魔王様はお楽しい方ですな」


パチンッ

セバスチャンは指を鳴らすと、それまでだらしなく清潔感など微塵も無かった魔王の姿が一瞬にして清楚でそれでいて男らしい姿へと変貌を遂げた。黒光りする鎧を身に纏い、立派でそれでいて気高き紅色のマントは太もも裏まで延びておりそれは魔王の威厳を象徴するものであった。


「流石魔王様。お似合いでございます」


「アッハハハハ!そうでしょう!似合うでしょ!」


魔王はその姿になるやいなや急に自信にみち溢れるかのような顔になり、数分前に見せていたあの駄目人間はもはやこの男とは無縁な関係のようにまで見えるほどだ。


「では私目が案内させていただきます。」

セバスチャンは手を胸にかざし小さくお辞儀をした。


魔王城は巨大な異様な形をしており所々に不気味な凹凸があったりで人間ならば酷い嫌悪感を覚えるが魔族からすればそれはごく普通の事なので魔界の町や村は全てその異様な姿形をしている物ばかりだ。


巨大な柱が何本も連なる薄暗い廊下をセバスチャンが持つランタンで照らしながら進んでいた。


魔王は少しセバスチャンの顔を覗き込むかの用に疑問をぶつけた。

「先代の魔王はどんな奴だったんだ?」


セバスチャンは真っ直ぐと前を向いたままその疑問を解いていく。

「先代は巨大な竜の姿をした魔王デルドラ様でございましたよ。」


魔王は少し苦笑いをしながら

まぁ…その時はたまたまそんな魔王が生まれたんだな…

くらいに思っていたのだ。

「んじゃその前は…?」


「その前は赤き鋼鉄の肌を用いていた赤鬼の魔王オーガスター様でございましたよ。」


「んじゃその前は!?」

魔王は少し慌てたかの用にセバスチャンの前を立ち往生した。

自分の姿に自信を持てなくなってきていた何とも分かりやすい反応を示している。


「その前は海王神リヴァイア」

「もういいわ!!」

「あら?もうよろしいので?」

「あぁ!!さっさといくぞ」


魔王は顔をしかめプンッと前を向き、がに股と手を大きく振りながら何とか自分を大きく見せようと歩き出した。

セバスチャンも後方からやや遅れながらもゆっくりと暖かい親の目をしながら歩き出した。


そこから更に数十分歩くと薄暗い柱の奥の方に何やら光が射し込んで来ておりと大多数の雑音が聞こえて来た。


「魔王様、あそこの光の先でございますよ。」


「任せろ!!俺は強い!!」


「何で自分に言い聞かせてるかは知りませんがあそこに集まっている魔族達に自分の魔王としての意識、そして自覚を示して来て下さいませ。」


「はっはは!任せなさい!」

魔王は光が射し込む方へと自信満々に歩き始めた。その光の先からは風と共にまだかまだかと言う魔族達の声が自分に入り込んでくるような感覚であった。


トントントン

広い廊下にその魔王の足音が響き渡る。後ろから見ても黙っていれば立派で凛々しく華やかな魔王なのだが…


光が全体に広がる。光の先は少し出っ張りがあり町全体を見渡せるベランダのような所だ。

「おお!新魔王様が出て来られたぞ!!」

数万の怪物達の声が重なり歓声となって耳に飛び込んでくる。

皆3日間、ここで待ち続けていた為かその歓声は国全体に広がるくらいの大きな大きな歓声となっていた。


「我は新魔王!!」

手を大きく横に振りマントを風になびかせた。


バタバタと後ろから何者かが走ってくる足音がセバスチャンに聞こえた。


「セバスチャン様!!魔王様は!?」


「今まさに演説をしておられる最中でございます。」


「分かりました!ありがとうございます!」

セバスチャンの前を颯爽と去り抜けた彼女は召喚の儀式にも居たメイド姿の女で、短髪で艶のある赤髪。目はくりっとしており白い肌何処からどう見ても人間にしか見えないが彼女は変身の能力を使って人間に変化をしている立派な魔族の1人だ。

「早く…!止めないと!!」

彼女は予知能力があり召喚時から演説の時には絶対に起こる最悪の事態を予知していたのだ。

手間が掛かり気付けば演説を迎えたから急いで止めに来たのだ。


魔王の声が聞こえてくる。後少しで間に合う

「皆の衆!!」


その魔王の声と共に重い歓声が響き渡る。

駄目……間に合わないッッ……!!

とっさにメイドが手を伸ばす。

「やめてぇぇぇえ!!」

この叫び声が最悪を回避出来る事に繋がるかは分からないが精一杯声を張った。

少しでも魔王様に届けば何とか…

そんな思いで叫んだ言葉だった。

だが……


魔王は手を天に伸ばし自信満々の顔でこう言った。

「こんに乳首ィィィィイ!!!!」







その後1週間魔王を見た者は居なかった――






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