青空と黒点
勇今砂英
青空と黒点
私はこの深く青い空を見ていると、その中へと落ちていってしまいたい衝動に駆られる。
突然重力が反転して、誰か私をあの青の中へと突き落としてはくれないだろうか。
八月十日、学校のグラウンド。二千二十年。今年の夏は特別だ。冬に発生したウイルスの災禍で私や親や、今生きてる人類のほとんどが経験したことの無いような特殊な状況に放り込まれてしまったまま夏が来てしまった。社会の活動とともに大気の淀みも鳴りを潜めたので、ノイズを失った空気が太陽光線を一直線にグラウンドへと照射し、私の目はそれを真っ白な塊として捉えた。
南中の狭い陰で私はポカリを飲みながら、落ちた雫が数秒で干上がってしまうコンクリートの上にあぐらをかいて白い塊の中にある黒い点をただ呆然と見つめていた。
黒点はバカだ。この暑さのせいではない。私の知る限り5歳で出会ったあの頃からあいつはバカだった。もちろん黒点に見えるそれには田嶋光という名前があり頭もあれば手足も揃ってる。でも今の私にはただの黒点だ。
「勝つ!俺は!勝つ!」
エコーがかかるほどの大声でそう言いながらバカは灼熱のビームを物ともせずに正拳突きを続けている。上半身裸でだ。
「何に?」などと質問する気もない。インターハイも県大会も練習試合さえ全て中止になったのだ、もちろん試合にという意味では無いだろう。あいつの言いそうなことぐらい私にはわかる。
しばらく正拳突きを続ける黒点を眺めてから私はため息をつく。
このまま放っておけばあと小一時間はこの正拳突きを続けるのだろう。私は『アツさ』でイライラが頂点に達してしまったから、仕方なく聞いてやることにした。
ポカリを飲み干して缶をゴミ箱に放り込む。静かに息を吸い込んで、50m先の黒点に聞こえるように大声を出した。
「何に勝つのー!?」
少し後悔した。自信満々のドヤ顏でこちらに顏を向けたからだ。いや、正確には遠すぎて顏は見えない。でも私にはわかるのだ。なにせ5歳の頃からこのバカを見てきている。
「何にって、そりゃあ!」
バカみたいに大きな声だ。うんざりしてしまう。
「このふざけた世の中にだ!!!」
ハハハと高笑いしたかと思うとまた向こうを向いて正拳突きを始めてしまった。
あーあ、お前はそういう奴だよなぁ。私にはわかってたよ。なんでこんな奴に付き合って誰もいない学校にいるんだろう。よくよく考えれば私もバカなのかもしれない。
私は正直なところ、あいつならもしかしたら、砂粒ほどの確率で勝てるんじゃ無いかと密かに期待している。何を持って勝ちとするかなんて見当もつかないけれど。あいつが誰よりも負けず嫌いなのをずっと見てきて知っているから。
私は脇の自販機でポカリをもう一本買うと真っ白な塊の中の黒点へと駆けて行った。
私は知っている。この人間の心はどこまでも青く澄んだこの頭上の大空のようであることを。
青空と黒点 勇今砂英 @Imperi
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