第20話
どこかのショッピングセンターらしい。たくさんのお店が並び、たくさんの人が行き交っている。
女性服のショップ。雑貨屋。ランジェリーショップ。そういえば長いこと下着買ってないなと眺めていたら、ヨルンさんも同じ方向を見てすぐに逸らした。ショッピングセンターでこんな格好でいたら、地元のヤンキーみたいに見えそうだ。
くだらないことを考えていると、足元に軽い衝撃が走った。
「いたっ」
幼い女の子の声に振り返ると、ツインテールをした典型的な幼女がいた。ピンクのギンガムチェックのワンピースだった。こんな時期に、なんと半そでだった。
「大丈夫? ごめんね、私がぼうってしちゃって」
「うわぁぁぁああん!!」
急に号泣しだした幼女は、人目も気にせず大声を発し続ける。周りに親らしき人はいない。きっと迷子になってしまったのだろう。
しゃがみこんで目線を合わせてみても、泣き止む様子はない。ど、どうしよう……。パニックになりそうになっていると横から伸びてくる黒い腕が、その子を抱き上げた。
立ち上がって抱き上げられた幼女とヨルンさんをはらはらしながら見守る。
「……お兄ちゃん、だぁれ?」
ぴたっと泣き止んだ幼女は、ヨルンさんの顔をまじまじと見つめている。いろんな液体でぐちゃぐちゃの顔は、すっかり真顔だった。
「お母さん、探しに行くんだろう」
「そう! ママいなくなっちゃったのぉ……」
またぐすっと鼻水をすする音がして、さっきの大音量な声が聞こえるかと思ったが、それよりも早くヨルンさんの声がした。
「じゃあ探しに行こう。俺とお姉さんで探してやる。だから泣くな、な?」
優しい笑顔が、幼女の涙をせき止めた。ぐすっと一度だけ鼻をすすって、ぐっと決意したような顔をヨルンさんに向けた。
「うん……、さがす。イッコ、ちゃんとさがすよっ!」
「いい子だ」
ぽんっと頭に手を置くと、自分のことを『イッコ』と呼んだ幼女はすっかり笑顔になった。
「ヨルンさんって子供の扱い上手いですよね」
「生前は子供がいたんだ」
意外すぎて声が出なかった。人相と人生はイコールで結べないということを改めて感じさせられた。
ヨルンさんの子供なら、やっぱり金髪色白なのかな。男の子でも女の子でも、どんな子なのかは想像もつかない。しかも若いくせにちゃっかり子供がいたことにかなり驚いた。
「ところで、イッコちゃん。ママとはどこではぐれちゃったのかな?」
「えっとね、んっとね……どこだっけ」
これはかなり前途多難だ。ただ、こういう時は迷子センターに連れて行ったほうがいいんじゃ、と言おうとしたとき、ヨルンさんはまた勝手に歩き出していた。
そもそも夢に迷子センターなんてあるのだろうか。しかもヨルンさんが気にかけたということは、この夢はイッコちゃんのものなのだろう。
どうやら端から端まで歩いて探していくみたいだ。ショッピングセンターの奥は婦人服を中心に取り扱っていて、もちろんその中には下着コーナーもある。
おもしろいくらいすぐに顔を逸らすので、三つほどあるラックの中に行くときは私がイッコちゃんを抱っこして探した。
個性的な本屋。楽器店。CDショップ。フードコート。ゲームセンター。
どのお店に入っても、イッコちゃんはキャッキャと笑ってたくさんのお店を見ていた。初めて見るものもたくさんあったのだろう。見慣れたびっくりチキンが叫ぶたびにお腹を抱えて笑っていた。
ただ、それらの中にはやっぱりいなくて、一旦通路に置かれたソファに腰かけた。ヨルンさん、イッコちゃん、私で座ったソファは、かなりフカフカで座り心地が大変良かった。
「イッコね、お歌がだいすきなの!」
にこにこと笑うイッコちゃんは、元気よく『ちょうちょ』を歌いだした。子供というのは、何をしだすかさっぱりわからない。元気よく歌うイッコちゃんは、ぎゅっと拳を握りしめていた。それが見えたとき、もう一つ見えた。
半そでからちらりと見えた、痛々しいアザ。転んでしまったのだろうか。かなり青くなっていて、見ているこっちまで痛みが移ってしまいそうだ。
そんな気も知らず、きっちり一番を歌いきると、満足そうに足をバタつかせていた。ヨルンさんがまた、イッコちゃんの頭を撫でた。
「上手だな」
「幼稚園でならったんだよ! だいすきなの。はやく春にならないかなあ」
ふふふ、と笑うえくぼが、無性に可愛く見えた。ツインテールがぴょこぴょこと揺れている。
「イッコ、そろそろ行こうか」
「うんっ」
ぴょんっとソファを飛び降りると、ヨルンさんは抱き上げるのではなく、手を繋いだ。イッコちゃんは私のほうを見上げると、もう片方の手をこちらに差し伸べた。にっこりと笑って。
反射的にその手を握ると、半そでなのにとても暖かい手をしていた。子供って、不思議だ。この手を握っているだけなのに、幸せな気持ちが溢れ出してくるようだ。眠る前と今とじゃ、私の気持ちが全く違った。
この幸せは、きっとヨルンさんも感じているだろう。生前にいた子供のことでも思い出しているだろうかと盗み見ると、びっくりするほど険しい顔をしていた。
それはもう、今までで一番怖いくらいの表情だった。
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