第17話 砂塵(再々)
「
いくら呼びかけても
ここまでしてやっと
「何をしている?」
思いの他、低く、落ち着いた声が出てきた。
「
問いかけながら、
「
「俺が朝、小便がしたくて起きたら、あの
「……
「なんだ、俺よりあいつのことを信じるのか? そりゃあ、お前の元部下だろうから情もあるんだろうが」
「
「……」
万が一斬りあいになれば……どうすればいい
こちらの雰囲気を感じてか、
「
「何が言いたい、
「お前の力を貸してほしいんだ。軍のお偉方は無茶な命令ばかり出して、俺たちを死地に追いやってもなんとも思っていない。だが、もうそんな人生はごめんだ。俺たちは俺たちで生きていく!」
「どうだ、お前にも分けてやるぞ」
大きさも模様も様々、おそらくすべて盗品だ。ここに、
「あの女みたいなやつ、聞いたぞ、
俺は間抜けだった。心底間抜けだった!
その可能性はまるで考えていなかったのだ。
「あの異国の娘もいいな、踊り子としていい値で売れるだろう。まあ、もったいないからまずは俺たちで……」
「黙れ、貴様っ!」
感情のままに刀を抜き放つ。
「……おいおい、悪かったよ。お前のお気に入りか? じゃあちゃんとお前を最初に……」
「黙れ、この盗賊風情!」
ありったけの敵意を
「貴様っ! 天子様の軍兵たるものが、敵から逃げ、弱者を襲って粋がるとは……恥を知れ、この豚野郎っ!」
「逃げたのはてめぇも同じじゃねぇか! いや俺がバカだったよ、てめぇはさっさと殺すべきだったな!」
今、ここでユングヴィがどこからともなく現れて加勢してくれないか、それを期待し、望んだ。だが、それは非現実的なことだった。
「殺す? そんなでかい図体で逃げてきた弱虫が何を言う。やはりお前は豚だ!」
「こんのぉ……」
待てば、負ける。殺される。
そのことだけは、
「あああっ!」
砂を風下に入った
「!」
予想通り!
人間は眼を狙われると無意識に眼をつぶったり、手で眼を守ろうとしたりしてしまう。
「ぐっ、てめぇっ!?」
だが、
「このっ! このぉっ、よくもっ!」
「畜生っ!」
「てめぇっ! 逃げるなっ!」
ダメだ、逃げないと!
必殺の一撃が失敗した以上、隙を見て逃げるしかない。手負いの相手からなら逃げきれるかもしれない。
「お、お頭っ!」
ふいに後方から、
間に合わない!
反応が遅れた! 両親や友の顔が、ユングヴィとクィスの顔がさっと
絶望したその瞬間だった。ひゅんっと音がしたと思うと、姿を現したばかりの男が倒れた。次の瞬間、ダンッという衝撃音と共に
「こ……が……!」
「
聞き覚えのある穏やかな声が聞こえた。気が付くと、矢が飛んできた方向から、緑色の
「ゆ、ゆ、ユングヴィ!」
「やぁ、無事で何より」
何も変わったことがないかのように微笑むユングヴィの後ろにはクィスがいた。いつもは凛々しく見える太い眉も緊張に歪んでいた。不安なのか、腕に巻きつけた藍い小石がついた腕飾りをじゃらじゃらといつまでも触っている。
「そっちは無事だったのか?」
ユングヴィは何のことかとでも言いたげに首をかしげる。
「ああ、あの連中のことかい? 全員殺しておいたよ。」
ユングヴィは頼もしくも怖いことをさらりと言ってのけた。
「クィスは無事か?」
「ああ、傷一つない」
クィスの代わりにユングヴィがそう答えた。もう一度クィスに視線を向ける。思えば、丘の上の
「佐成……君の友達は助けられなかった……すまない」
「気づいていたのか?」
「血の臭いがしたから……ね」
「ユングヴィ、すまない、俺のせいで……本当に申し訳ない。少し先に行っててくれ、
それは自責の念から出た言葉だ。砂漠で単独行動が危険なことは分かっている。ただでさえ、
「いいよ、手伝うよ」
ユングヴィはこともなげに言い放つ。
「いや、そういうわけにはいかない。いかないんだ」
「……それで君は気が済むのかい?」
ユングヴィはそれならと、砂丘の海の一角を指さす。
「この方向に歩き続けると、おそらく昼前にはオアシスに着きます。そこで待っています」
「クィス、俺が浅はかだった。すまない」
クィスはこちらの言葉に何も答えず、ただ首を静かに横に振った。その深い湖のように青い瞳には、慰めか、同情の色が浮かんでいるようにも見えた。
◇
あれからどれくらい時間が経っただろうか。真っ先に
「
なぜかわからないが涙が出てきた。そこまで
しばらく泣いていると気持ちが落ち着いてきた。知り合いのある古老が、人が泣くのは誰かのためではなく、自分のためだと言っていた。その気持ちが少しわかったような気がした。
「さて、行くか」
誰に言うわけでもなく、一人そう言い放ち、ユングヴィが示してくれた方向を見直す。道はすぐに見つかった。いったいいつからのものだろうか、無数のラクダや馬、人、そして良く分からない足跡が砂上の同じ道を同じ方向に続いている。これを辿っていけば良いのだろう。それにしても、風で足跡など簡単に消えてしまいそうだが、とここまで思いを巡らせて、この辺りに入ってからほとんど風が吹いていないことに気づいた。そういう土地、風のない土地なのだろうか。
「お前とも長い付き合いになったなぁ」
軍から逃げてきた時から一緒の馬にそう語り掛け、その背に乗る。いつも思うことだが、
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