第16話 砂塵(再)
日が昇る。まだ静かな冷やかさと夜の残り香を宿した朝の大気がゆっくりと、だが確実に熱を帯びていく。
「暑くなる前に水のあるところに行きたいなぁ」
「クィス、気を付けてね」
「また、
クィスが「弟子入り」していた、あの老夫婦が見送りに来てくれた。クィスのためだ。クィスは結局、一日だけだが老夫婦に
「ありがとう、おじいちゃん、おばあちゃん。XXX、ぜったいまた来るからね!」
老婆からは緑色の石の首飾りがクィスに贈られた。緑色の石は、無事に次の緑あふれる
「お嬢ちゃんに、
クィスと老夫婦の長い抱擁が終わったときが出発の合図だった。先頭をユングヴィとクィスが乗るラクダが行く。その後にユングヴィの馬二頭が続き、その次が
砂漠を旅するときは馬はすべて売り払ってラクダに代えろという者もいるが、ユングヴィは大丈夫だと言う。砂の海のような砂漠を長期間移動するのならラクダが有利だが、そうでないなら馬で問題はないとのことだった。
さらにその後方に、
「絶対また来る!」
あの老夫婦はまだクィスのことを見送ってくれていた。クィスも何度も後方を振り返り、手を振る。そんなクィスの姿は、
夏と言えば、夏の朝食は蒸した穀物に塩漬けした野菜、それも漬け込み過ぎてすっぱくなったもの、たまに近くの沼で採れる小エビを焼いたものを少し……子供の頃は酸っぱい味の漬物が嫌いだった。毎日同じ味わいの漬物で飯をかき込んでいるとなんだか情けない気持ちになったものだった。だが、今ではそれが懐かしい。今、一番食べたいものは何か?と聞かれたら、あの母のいつもの味わいの朝食を選ぶかもしれない。母は元気にしているだろうか。父は
クィスはもう見えなくなった老夫婦の方向を何度も振り返る。その様子を見ていると、自分もまた家に帰りたくなった。出征している間、気にすることなどほとんどなかったにもかかわらず、だ。
「
久々に何か話そうと
「そうでしたか、自分は
ふとそんな思いに捕われ、部下の不義理に苛立ちを感じた。だが、
「
「あー、無事に都に戻ったらいろいろ食べたいな」
「……そうですね」
「建徳橋の近くで売っている焼き餅を食べたいなぁ」
なんとか明るい雰囲気を作ろうと無理に話題を振るが効果がないことがすぐに分かった。そうこうしているうちに小ぶりな砂丘が続く、小さな砂地に差し掛かる。この先に見える砂丘の海からしたら、池のようなものだ。そう思ったが、いざ馬が砂丘を登ろうとすると足元がさらさらと崩れるため、うまく登れない。一見なだらかな斜面だが、砂地だとこうも勝手が違うものか、と驚いた。
「あいつら、どうやって乗り越えたんだ」
悪所であるならば先行くユングヴィらが何か合図をしそうなものだが、そんな様子はなかった。ユングヴィとクィスが我々の苦戦に気づいたのか足を止めてこちらを振り返る。大声をあげてやっと届く距離だろう。迂回路を探すが、左右どちらも同じように斜面になっていて、かなり大きく迂回するか、この斜面をなんとか乗り越えるかのどちらかしかない。
「
「はい、
「
「何がだ?」
「
「そうではありません。威張り腐ったことがなく、兵と同じ行動を嫌がらずにされる。だから信頼されていたのです」
「俺がか!?」
「そういう見方もされていたかもしれません、でも信頼もされていたのですよ」
「あ、失礼しました。このような言い方は失礼でありました」
「気にしないでいいよ、さ、次の砂丘だ、馬のケツを押すぞ、
「はい、
気が付けば前方のユングヴィらも、後方の
◇
その日は、荒涼とした丘にぽつんと立っている
食後、
まあ、ユングヴィの立場からしてみれば、警戒も当然か……
そうこう考えているうちに眠ってしまっていた。ふと、目を覚ますと火は消え、余熱も一切感じることができなくなっていた。空はうっすらと明るみ始め、冷たい風が地上をなめるようにゆっくりと流れている。
「う……うぐ……」
腰に横刀があることを確認し、足音を立てないように音のする方へと近づく。息を殺し、風の音一つ聞き漏らさないよう動きを止める。誰かのうめき声のようだ。うめき声がした方向へ、一歩一歩、慎重に踏み出し、そして近づいていく。声がした場所までまだ遠いだろうか。
そう思っていると丘から下る道の方、少し外れた
「
「あああっ、
「ぐっ……
なんとか
「
「……また
「食べられるとも、まずは気を強く持て!」
そんなことは無理だと頭では理解している。だが、
「
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