第12話 熱風の街(前)
熱い風が吹いている。乾いた熱風だ。砂漠から吹く、
からんからんと車輪の音がする。誰かが誰かを呼ぶ声がする。家の外に
ああ、でも、両親が
ふと目が覚めた。赤みを帯びた砂色から跳ね返った光が目に染みる。
「いってぇっ!」
起き上がろうとして右腕に鋭い痛みが走った。開け放たれた窓からぬるくどこか甘い風が室内に躍りこんでくる。外からはがやがやとした人の話し声、からんからんと進む車輪の音、風に吹かれて何か木製のものが転がっていく音が聞こえてくる。街の中のようだ。
自分はここでなにをしているのだろうか、
ふと、右腕を見ると赤黒く変色した包帯でぐるぐる巻きにされていた。薬草か何かだろうか、包帯の所々から見慣れない草が飛び出している。血は固まっているようだが、腕のあちこちに異物感があり、腫れのせか親指はうまく動かせない。ケガをした部分が少し熱を帯びているようにも感じられた。
ケガのない左腕を使い、上半身を起こす。どうやら、日干し煉瓦でできた家の一室にいるらしい。粗末な木の寝台に毛皮を数枚敷いたものに寝かせられていたようだ。服は清潔な寝間着を着せられていた。枕元に口の部分が欠けた、素焼きの小さな杯が置かれている。のどが渇いていたので、その杯に入っていた水を一気に飲み干した。
「ユングヴィ? クィス?」
二人の名を二度、三度と呼んでみたところで、ガタッと物音がした。何だと思っていると、ぱたぱたとクィスがのぞき込むようにして部屋に入ってきた。
「起きたのね! XXX大丈夫? XXX痛み?」
クィスはいつもの灰色の
「XXX、ユングヴィXXX、買ってくれた。食べる?」
クィスは抱えていた大きな
「おーおー、目が覚めましたか!」
こちらはいつもと変わらぬ緑色の
「あの丘での君の戦いぶり、身を
そう話すユングヴィの口調と砂色の瞳から投げかけられる眼差しはいつになく真剣だった。いつものにこにこした笑みがなく、眼はまっすぐにこっちを見つめている。
「いや、あの、何の役にも立てていません……まだ旅をするなら、すまないが護衛を別に雇ってはどうでしょうか? 俺では貴方方を守り切れそうにない」
ケガをしたことで、自分の才能に諦めもつきそうな気がしていた。なぜか知らないがユングヴィらは
「君は護衛じゃない」
ユングヴィが穏やかな口調できっぱりと言い放つ。
「君は我々の案内役だ。まだ一緒に行動して短いが、真心のある方だと思う。とても助かっている」
いつになく真剣に話すユングヴィになんだか気恥ずかしくなる。
「あ、そういえばあの鳥はどうなったんです?」
半分は関心から、半分は気恥ずかしさから逃げるために尋ねた。
「ああ、それはご心配なく。そうだ、ほら、食べます?」
そう言ってユングヴィは脇に置いてあった皿に高々と盛られた大きな肉塊を取り出す。こんがりと焼いた肉が香草で巻かれており、食欲が刺激される。
「血を失った分、栄養が必要でしょう」
「ああ、そうだ、腹が減っていた……いただきます」
「んぐ!?」
噛み切れなかった。かなり筋張っており固く、なかなか噛み切れなかった。
「かってぇ……かたいですね、この肉」
「うーん……」
ユングヴィはやっぱりだめか?みたいな顔をしている。その背後でクィスは相変わらず頑張って咀嚼している。一心不乱に咀嚼するその姿はもはや修行に取り組んでいる行者のようだ。
「で、あの鳥はどうなったんです? あいつから良く俺を救い出せましたね? いや、逃げきれた?」
「あ~、ですから……」
次の瞬間、ユングヴィがとんでもないことを言った。
「その肉があの鳥さ」
「ぶふぅっ!?」
意外な答えに、思わず肉の破片が
「うわあっ! 汚いっ!」
ユングヴィが慌てて、噴き出た肉を落とす。
「あ、ごめんなさいって、いや、あの鳥? あの鳥の肉って、ええっ!?」
クィスはやっとの思いで肉を飲み込んでいた。そして、こちらを見ながら言葉を選ぶように、だが平然として言った。
「ユングヴィが倒したのぼふっ!?」
クィスが言い終わらないうちに、むせた少女の口から咀嚼されつくした肉片がこぼれる。だが、
「本当に!? よくあんなのを!」
「いや~」
ユングヴィは頭をぽりぽりと掻いた。その顔にはいつもの張り付いたようなにこにことした笑みが戻っていた。
「まだ言ってなかったけど私はそれなりに強い。君を護衛としてではなく、案内役として雇った、さっきそう言ったでしょう?」
「いや、護衛だって言ったことなかったか?」
「は? いや、ないはずです。クィスが言ったのでは?」
そう言えば、
「ねぇ?」
クィスがこちらを向き、話しかけてきた。
「ねえ、お肉もうないの?」
この言葉は不思議なくらいはっきりと聞きとれた。クィスの胃袋にも底知れなさを感じた。ところで、あの巨鳥は人食い鳥の伝承から、ひょっとして人肉を食っていたのではないだろうか?
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