第11話 鳥の丘(後)
「さて、では頂上に行ってみようか」
ユングヴィが気合を入れるかのように皮の帯を締め直す。
だが、ユングヴィはこちらの迷いを知ってか知らずかさっさと進んで行く。
「もうすぐだ!」
ユングヴィに呼びかける。頂上と思しき場所の手前には、燃え尽きた松明の残骸らしきものがあった。
「うわっ!」
頂上にたどり着いた瞬間、一斉に鳥が飛び立った。
「な、なんだ鳥か!」
変色した死体があった。
「なに……」
「ぐっ」
ひどい光景と臭いに思わず吐きそうになる。特に眼球があったはずの空間がぽっかりと赤黒い穴になっている映像が目から脳天へと突き刺さった。
「これはひどい……ひどいが……」
ユングヴィがせき込みながら、後に続いて頂上に姿を現した。途端に顔をしかめる。だが、警戒というよりは何かを探すように周囲を見回した。
「ユングヴィ、ここは危険なのでは、逃げ……」
「待って……死体の周りを良く見て」
ユングヴィが何かに気づいたようだった。
「
ユングヴィが言うには、蒼空を祭る民がおり、彼らは死者を
「ひょっとして」
ふと気が付いたことがあった。
「人食い鳥の話って元々はこれのことか?」
ユングヴィがおおっと目を見開く。
「
だが、感心している間に鼻が限界を迎えそうだ。ユングヴィのしかめっ面がどんどん深いものになっていく。
「さっさと街道を探そう」
ユングヴィも同じ気持ちだったようだ。なるべく呼吸する回数を少なくして周囲に慌ただしく視線を走らせる。
「
ユングヴィが指差す。思っていたよりもだいぶ南の方に街道らしき線が見えた。どうやら廃村から出た後、目指していた方角から少しずつずれてしまっていたようだ。
「ん?」
妙な雰囲気を感じて、死体を見ないように気を付けながら数体の石人に視線を走らせた。明らかに位置がずれている。
「ユングヴィ、なんだか……」
その時、
「動きは遅い! 逃げよう」
ユングヴィは石人の動きを見るが早いか、さっと身を翻す。
「近づくと反応する?」
「どうやらそのようだね。きっと呪術が込められた石人……この墓を守っているのだろうね」
「では、近づかなければ大丈夫……か」
二人はほっと大きなため息を一つすると、丘を降りることにした。
「きゃああああああああっ!」
クィスの悲鳴が響き渡る。
俺とユングヴィは即座に走り出していた。悲鳴の理由はすぐに判明した。
無残に血塗れになって倒れている馬。
馬の腹を貪り食う巨大な鳥、その背丈は六尺はあるのではないだろうか。
全身が黒い羽で覆われ、所々に錆のような色合の斑点がある。
「なんだこいつ……!」
いや、本当に鳥だろうか? 翼はないが、その代わりと言っていいのか、
「ひっ……はあっ……」
恐怖でひきつり、なんとかこちらへ来ようと這いずるクィスをユングヴィが保護する。巨鳥はクィスを気に留めることもなく、熱心に馬から腸を引きずり出していた。
「丘の頂上に行こう、こいつが追ってきたら……そうだね、石人が反応して場が混乱したら隙を見て駆け下りる、とかね」
ユングヴィが小声でそう告げた。あの
その瞬間だった。
巨鳥が馬の腹から顔を上げた。その
「ユング……!」
巨鳥が滑った。いや走り出そうとした。動きが速い。迷う暇はなかった。
こんなはずじゃなかったのに!
巨鳥と目が合った。
人生が終わる、そう思った。
だが、商人や子供を置いて逃げることはできない。仮にも兵士が自分より弱い者を置いて逃げることは絶対にいけない。世の中では珍しいことではないのかもしれないが、
「しゃああああああああああああああっ!」
次の瞬間、
ああ、まただ、いややっぱり、役に立たないな
軍でもここでも、自分の役目を果たせなかった。それだけは漠然と理解できていた。体の痛みに悔しさと後悔と情けなさが入り混じる。
そして、鳥と目が合った。巨鳥の頭部の羽毛が逆立ち、鼻の当たりの色合が赤く変わる。
「!」
誰かが何かを叫んだ。倒れている
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