第4話 敗走(中)
翌日、
「
「どうした
「いや、大したことではないのです。街の名前が間違っているのと、ここの川の位置が少し……書物で読み実際に見ているので……もっとこちらにありました」
「相変わらずだな。博学で記憶力がいい。俺みたいな凡愚には真似できん」
「
「そうか、そうだとしてもお前は軍や
「自分でお力になれるのでしたら、いくらでも」
「頼もしい!」
「あ、
「場違いは承知の上でお尋ねしますが、これが何だかご存じですか?」
「いや、俺は分からん……相変わらずお前は生き物が好きなのか」
結局、帰って来たのは
「竜の龍の
「それでは私がいたあたりの陣地は竜の巣だったと? それなら早くここから離れた方が?」
「おいおい、竜なんて誰も見たことがない。その話が本当だったとしても、気にするなら目の前の戦の方が先だ」
◇
だが、その安堵は本当に一時的なものでしかなかった。
前線で下働きしかしていない自分でもそれが分かる。
ふと近くから悲鳴があがった。まさか敵の奇襲かと冷や汗が走る。視線をまわす。
どこだ。なにがあった!?
バタバタと天幕がはためき、何かが崩れる音がした。兵士の叫びが重なり、何か金属質の音が響く。あの音は何度も聞いた。剣や兜が放り出される音だ。
「どうした!」
「何事だ!」
天幕から武将や兵が異変を聞きつけて姿を現す。
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
形容しがたい雄叫びが響いた。まるで大きな赤子が泣いているような雄叫びが。
「うわあああっ! ば、化け物っ!」
慌てて兵士が逃げていく。
その雄叫びはもっと毒々しかった。そして、振り返って見たそいつの姿は異様だった。大きさは人の丈を優に超えて、ちょっとした小屋ほどはあるのではないだろうか。古ぼけた藍染のような色合の体に、長い首を持て余すかのように動かしている。体のおよそ半分が首だ。その先に蛇のような頭部がついており、鼻のあたりには短い剛毛か棘のようなものが密生している。体は細く、首に比べると脚など貧弱にも見えるが蝙蝠のような翼を持ち、足先には鋭い爪が生えている。
一瞬、ほんの一瞬だが心から見惚れた。初めて見る異形の姿に。
竜か、まさかこいつが竜なのか
古い書によれば、竜は時に神意を現すという。だが、こいつにそんな神々しさはない。こいつは禍々しいほどに黄色い蛇のような目をぬらりと輝かせながら、地面に顔をこすりつけてかぷかぷと笑っていた。まるで笑っているかのように口を動かしていた。
「誰か! 誰か弓はないか!」
「おい! 竜だぞ!」
ふと、化け物が頭をこすりつけていたあたりを見ると、昨日のあの
ひょっとしてこいつはあの鱗に魅かれているのではないだろうか。それが匂いなのか、色なのか、光沢なのかは分からないが。
遠くで歓声が湧き、はっと我に返った。そうだ今は戦いの最中なのだ。
「みんな聞け、こいつは
差し出がましくもそう周囲の兵に言い聞かせようとした。
「ここは遠巻きに囲い、放っておくのが……」
矢が二本飛んだ。一本は外れたが、もう一本が化け物の軟質の首筋に刺さる。
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
化け物が絶叫した。長く、ぬらぬらした尾が鞭のようにしなり、矢を射かけた兵士たちを弾き飛ばした。
「ぎゃああああっ!」
「うわああああっ!」
兵士たちが混乱する。さらに化け物が口から何かを霧のように噴射した。一人の兵士の顔に当たり、兵士は倒れて悶絶する。
「な、なんだこれ……あああああっ! 痛いっ! 助けてくれえええ!」
「おい! こいつ毒を吐くみたいだぞ!」
兵士たちが動揺する。その時だった。
「おいっ! こっちにもいるぞ!」
羽ばたく音と共にもう一匹の化け物が空から舞い降り、兵士の腕に噛みつく。さらに尾によってまた一人したたかに顔面を打ち砕かれて倒れ込んだ。もう戦どころではない。
「助けてくれぇっ!」
「おい! 逃げるな!」
こいつには勝てない。遠くから矢で射かけて針鼠にするか、空へ帰ってくれるのを待つ他ない。
目が合った。合ってしまった。最初の一匹と。
化け物が口を開け、しゅるしゅるとした音を立てる。
おい、頼む、このまま目をそらしてくれ
だが、
「あうっ!?」
咄嗟に繰り出した槍が弾き飛ばされる。
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