天使でもなく悪魔でもない死の女神様
人を助けることはとても素晴らしい事だ、しかし俺が助けたのは最悪で最高な死の女神様だった
「はぁ〜……疲れた」
日が落ちる時刻に暗くなっていく空模様の道路脇で缶コーヒー片手に仕事終わりで帰路を歩いていた。
「あ、そういえば今週の日曜日は母さんの誕生日だったな、帰れるか分からないがとりあえず連絡しよう」
二月の中旬辺りの日曜日に母親の誕生日、俺はその事を思い出しスマフォを取り出し母親に帰れるかどうか分からないが帰れそうな感じのメールを送った。
現在一人暮らしで山々に囲まれた場所で仕事をして麓には小さな村に一山、二山を超えると俺の実家がある都会があるが自然の空気も悪くないためこっちで仕事をしていた。
「よし」
帰路の途中で橋を渡る、橋の下には山から流れる川が走っていた、いつも少しここで自然を感じてから帰っている。
橋の途中で止まって飲み干した缶コーヒーを横に置き橋の柵に寄りかかる。
車通り、人通りは極わずか、むしろこの時間で通るのは俺一人だった。
「本当にいつ見ても高いなぁ…」
橋の高さはかなり高く下を見下ろしても川は糸が一本だけくらいの高さだった。
「――ん?」
小さな風が吹くと微かな甘い香りがした、その香りの知るため横を見ると一体いつから居たのか分からないが長い黒髪で真っ白いワンピースを着た女性が橋の柵の外側に立っていた。
「あっ!おい!」
咄嗟に声が出た、柵の外側に立つなんて自殺しか考えられなかったからだ。
「見えるのですか?」
女性は突然訳の分からない言葉を語りかけると同時に俺の方を向く、その素顔は透き通るような素肌に美しい顔と華奢な身体だった。
俺は一瞬だけ見とれてしまったが我に返って再び自殺を止める。
「はぁ?意味わからない事を言ってるんじゃない、いいから戻れ」
見えるのか、おかしな事を言っているがそれよりも自殺しようとしてる人を止めるのが最優先だった。
「あぁ、見えてしまったのですね、とても残念です」
何が残念なのか分からない。とりあえず柵の内側に戻すことが最優先だ。
「さっさと戻れ」
今にも飛びついて掴み戻そうとしたいが柵があり下手に動けない俺は必死に戻る説得を続けた。
「貴方は私を救うのですね」
「分かった。救うだから戻れ!」
「――分かりました、応じましょう」
俺は無我夢中で女性の言葉にあやかって戻ることを指示すると女性は意外にもすんなりと聞き小さく微笑むと柵を跨って外側から内側へと戻った、そして俺は女性の近くに歩み寄り力強く言った。
「何があったか分からないが二度と自殺なんて考えるな、いいか?命は大切にしろ!」
一人の命を救った。誇らしいことかもしれないがそれ以上に命を投げ捨てるのは簡単にやってはいけない。それに見たところ女性は俺より年下に見えるため厳しく叱った。
「それが分かったらさっさと帰れ」
「貴方の名前は?」
「名前?
「桐生 海斗、ここに契約が結ばれた。以後私と貴方は一心同体 我が名はナーシャ」
契約?これは何か悪い商売かと思った俺はその場から離れようとするが顔立ちはどこからどうみても日本人なのに名前は外国ぽい名前のことに気になり聞いた。
「ナーシャ?お前外国人か?」
女性の名前はナーシャと言った。人は見た目で判断してはいけない。ナーシャは首を横に振る、俺はつい立て続けに聞いてしまう。
「とりあえずナーシャと言ったか?家は?」
ナーシャに聞くとナーシャは空を指さしたあとに下を指さした。
「はぁ……え?どこ?」
「私の家は狭間にある、しかし今となっては貴方の元が家」
あ、うん。この女性はヤバいパターンだ。おそらく悪い商売以上に関わってはいけない人かもしれない。
俺はとりあえず一刻も早くナーシャを家に帰そうとするため聞く。
「家族は?」
「家族はいない、ハッキリとさせるなら貴方が家族」
「あー……」
こう言ってしまっては失礼と思ったが、この女性は捨てられたのかどこか頭を打ち付けたかもしれないほど意味が分からないことを言っていた。
しかもナーシャは近くで見るとかなりの美人で声も高過ぎず透き通るような美声で体は出るところはある程度は出ている、それに甘い香りが漂っていた、言うなれば雑誌モデルの表紙を毎年飾れるレベルの容姿端麗の美女だった
しかし、今喋っている内容は痛い人だった。
ここまで美しい女性なのに捨てられるなんてありえないと考え逆に色々と男女間であったのかもしれないと考えを切り替えたがそれ以上深く聞いてはいけないと思い一応帰ることを促す。
「ナーシャ、俺はもう帰る、お前も帰れ」
さっきまで力強く言っていた言葉とは裏腹にトーンが下がり、呆れ切った声で言った。
「分かった、帰る」
すんなりと聞いてくれた。これはありがたいことだ。
「それじゃあな」
別れを告げ体を180度返し、帰ろうと歩き出した。
しかし、橋を渡り終える頃にツッコミをいれた。
「お前!なんで俺のうしろにピッタリくっついてきてるの!?」
「?」
ナーシャは首を傾げた。そうナーシャは俺の背後ピッタリに着いてきた。だがこの橋の上では行く方向は二方向しかない、俺の早とちりかもしれない。
「もしやお前の家はこっちなのか?だったら悪い」
橋を渡り終えたあとに再び別れを言い俺は家に帰った。
そんなこんなでアパートに着いた、アパートは全部で六部屋、内住居人は大家含め五人、しかし全員が全く違う生活、顔を合わせるのもほんの数回程度、部屋の鍵を取り出しドアの鍵穴に差したがそこで手を止める。
「あの〜、いつまでついて来るのですか?」
ナーシャはずっとピッタリくっついてついてきてもはや恐怖を覚え、口調が丁寧になっていた。
さすがにアパートの前についた時には同じアパートの住居人だろうと思ったがなかなか自分の部屋には向かわず最終的にここにいる。
ナーシャは何も言わずに俺を見つめ怖くなる。
「じゃ、じゃあこれで…」
ドアをすぐに開けすぐに中に入って閉めようとした時、ナーシャはドアノブを掴み閉めるのを阻止した。
「ちょーー!何してるの!?え?なに?怖い怖い!!」
「安心して危害は加えない」
「既に危害を加えられそうになってるんですけど!えっ!?なになにマジでヤバい商売人か何かですか?嘘嘘怖すぎ!犯罪じゃね?通報しますよ」
必死にドアを閉じようとしてるがビクともしないドア、明らかに女性の力ではない、それどころかドアがミシミシと音が鳴り壊れそうになった所で結局、ナーシャを中に入れた。
部屋の広さは六畳間、キッチン、トイレ、風呂、エアコンの完備で一人暮らしにはちょうどいいくらいだった、部屋の中央に丸机を挟み座る俺とナーシャ。
「あの〜、いつになったら帰ってくれるのですか?」
「………」
見つめるナーシャに海斗は目を合わせることができなかった、するとスマフォが鳴った。
「ん?あ、もしもし?」
それは電話だった、実家からの電話で海斗はナーシャに黙っておくように人差し指を立てた。
「うん、メールは送ったよ、うんうん……、え?母さんが死んだ?」
電話の内容は母親の突然の死だった。
俺が唖然とした時にナーシャが口を開いた。
「貴方は私を救った、代償として貴方の身近にあるものを奪った」
唖然とするしかなかった。突然何を言ってるこの女性は、救ったから奪った?意味が分からない。
「……お前何をした」
「代償よ」
「代償だと?」
「命を救った代償として他人の命を奪う代償、それに過ぎない」
「な、何を言ってるんだお前は……」
ナーシャの言っていることが理解出来ない、人の命を救ったら他の人命が奪われる、そんな事があるのか?いやあるはずがない。
「言っておこう海斗、私を殺せば海斗も死ぬ、しかし一生死ぬことはない、私を救えば幸福になると同時に不幸も訪れる、海斗と私は一心同体。今回は私を救った事が命の代償となった、すなわち母親の命が代償だった、あの時に私をそのまま死を見届けていたら母親は死ななかった」
「は、はぁ?何を言ってるんだ?」
「もう一度言う、私を殺せば海斗も死ぬ」
突拍子もない言葉を突き付けられて言葉を失う。
「――お、お前何者だよ」
「分からない」
「なぜ俺の元に現れた」
「分からない」
「そういえば契約とかなんとか言っていたな、今すぐに消せ」
「無理」
「じゃあどうやったら消せる」
「分からない」
俺はおもむろに台所から包丁を手に取り腹を刺そうとしたが手が震え刺そうにも刺せず直前で止まる。自分で腹を刺すのが怖くなった、そんな状態の俺にナーシャが近づいてくると包丁を握る手を掴み力を込め俺の腹に刺そうとする。
「――や、やめっ!」
腹に包丁が刺さりそうになった瞬間、包丁が折れる。
「自殺は不可能。私と海斗は一心同体」
ナーシャは折れた包丁の先を拾うと自分の指先を切る、するとナーシャが自ら切った指先と同じ場所に痛みを感じて指先を見るとナーシャと同じように傷があり血が流れていた。
「な、なんなんだよお前……俺はどうすればいいんだよ…」
「海斗、貴方は無限の生を手に入れたと同時に無限の不幸と無限の幸福を得た、貴方にとっての幸福はなに?不幸はなに?」
俺が助けたのは人でもなく天使でもなく悪魔でも無かった。それは死の女神様で俺の人生が大きく変わる摩訶不思議な物語
置き場 水無月 深夜 @Minazuki1379
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