第5話 夜中の迷走

君は必死にすがりつく先を、安心して泣ける場所を探してただけだよね。

そんな場所に一瞬でも、私は慣れていたのかな・・・



いつもの帰り道だった。

駅を出て、夕飯の材料を買って、お気に入りの音楽を聞きながら、家路につく。

公園の桜が満開のこの時期は、街頭にすら映えてしまう桜の威力を感じる。

その目線の先、椅子の上でうずくまるように君がいたね。

春先のこの時期には、ちょっと薄着で心配になった。

子供よりも大人で、大人よりも世間を知らない。

そんな普段はあんまり関わりをもたない君の年頃。

その日は、なんだか桜の美しさにあてられたのか、考えもしない行動に私は出ていた。


「ね、寒くない?」


君に声をかけると、俯いていた顔が少しだけ動いた。

そして私を見た。

その目は、焦りと不安と迷いだけが映っていた。


「寒くないの?」


返事がなくて不安になる。

ただの変な人に思われたってしかたないけれど、少しくらいの反応はして欲しかった。

それが、拒否であろうとも。


「寒い・・・」


返事が返ってきた。

やっぱり寒いよね。

桜舞い散るこの季節でも、やっぱり夜になればお日様の暖かさもなく、肌に容赦なく寒気が刺さる。

首に巻いていたスカーフを、羽織らせる。

黒だから、女ものだけど大丈夫だよね。


「貸してあげるね」


それだけ言って私は、その場を離れようとした。

後ろから洋服を引かれて振り向くと、すがるような眼で私を見ていた。

驚く私の視線とすがるような君の視線が絡む。

動けなくなって、何と言葉を発していいかもわからない。


「・・・たすけて」


小さな声で、君がつぶやいた。

ほんの少しだけ。

白い息が空気を漂った。

こうまではっきりを言われてしまっては、このまま帰ると子犬を見話したような気持ちになりそうだ。

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