第4話 夜迷い事

「だめだよ!」


なにがだめなのかわからなかった。

話のつじつまが合わない。


「私のこと好きになっちゃだめだよ」


彼女が非常に切迫した面持ちで僕に語る。

身を乗り出して、さも重要そうに。

世界の威信にかかわるような言い方だ。


「君が仲間外れにされちゃうからね」


君の悲しい思考は、どっからきてるんだろうか。


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お酒を飲んでいて始まった。

彼女は酔っていようには見えなかった。

そもそも、飲み始めてから一杯もグラスを空けてない。


「好きな人とかいないのか」


と、何気に聞いたはずだった。

久しく浮いた話を聞かない彼女に僕が聞いたんだ。

昔は、それこそちぎっては投げ、ちぎっては投げというような表現が非常に似合うような子だった。

いつも告白されて、付き合って、そして彼女が捨てるんだ。

なんで、よく考えずに付き合ってるかそばにいた僕にも分らなかった。

普通はお互いに両想いになってから付き合うもんだと思ってた僕は、いきなり告白してきた知らない人と付き合う精神がわからなかったんだ。


「もったいないじゃない」


と彼女は言う。

せっかく告白して来てくれて、自分に好意をもって接してきてくれた相手を捨ててしまうのはもったいない。

だから、付き合うのだと。

その当時彼女は話してくれた。

この人こそ、そばにいてくれるのかもしれない。

淡い思いをもつ。

この人こそ、自分を一番にしてくれるかもしれない。

儚い思いをもつ。

でも、毎回毎回、一番になれなくて、そばにいてくれなくて

完全に離れる前に、突き放す。

毎度のことだとわかっていても、せっかくの好意をむげにするのはもったいない。


「一番好きなのは、そばにいてくれるけど」


自分の事を言ってるのかと思った。

中学からの腐れ縁。

中学で隣の席になって、毎年行われるクラス変えでも離れることはなかった。

出席番号が男女別の時も隣で、一緒の時も離れなかった。

だから新学期はいつも近い。

高校もお互い何も言わないのに、同じ高校を選んでた。

クラスも一緒だった。

さすがに、席順までは中学の時にようにはいかなかったけれど。

そのあとの進路は全く別だった。

僕は大学に行って、彼女は専門学校に行った。

だけど、学校に向かう電車の時間が一緒だった。

降りる駅も2つしか違わない。

帰りも重なることが多かった。

僕が遊んで帰ると、課題で遅くなった彼女と重なる。

時折すれ違うこともあった。

朝帰りの僕と学校に早く向かう彼女。

どちらかがどちらかの事を恋愛感情で好意をもっていたらそれこそストーカーなんて疑いがかけられるくらい。


「そばにいてくれるけど、好きになってほしくない」


それはさびしい。

一番好きな人に好きになってほしくないわけがない。

本当に好きなら、なりふり構わず愛をささげるんじゃないだろうか。


「だめだよ、私のこと好きになっちゃ」


とっさのことで何を言われているのか、把握できなかった。


「だめだよ」


寂しそうで、悲しそうで。

明日にでも地球が割れちゃいそうな、そんな酷く悲しい。

でも、言葉だけは力がこもっている。


「君が仲間外れにされちゃうからね」


どういうことなんだろう。

たしかに、彼女のモテ期を知ってる僕からすると、彼女のことを好きになると、こぞって仲間外れにされた。

男からは彼女と付き合ってることをねたまれる。

女からは彼女が嫌いだから、嫌われる。

どっちにしろ、妬み、嫉みなんだけれど。

そのことを言っているのだろうか。

それならばしかたがない。

モテる奴と付き合うやつの宿命みたいなものだ。

少しあきれ気味の僕の横で、彼女の一人語りは始まっていた。


「私は、全ての人から嫌われてる。生まれた瞬間の赤ちゃんすら私の事が嫌い。私のことを好きな人は、ドのつくMか、またはそれを皆で画策しての壮大なドッキリなのか。私はまだそこまではわからないけれど、モテ期と人から呼ばれるあの時期は私もなぜか勘違いをしてた。よく考えればわかるのに。ここまでひどく歪んだ奴が好かれるわけなんかないのだよ。わかるかな?むしろ最後のほうがドッキリとかに付き合ってあげてたんだから感謝の一つもして欲しいよね。わかってるさ、そのくらい。私が本当に好かれるわけないってこと。私のことを好きになっちゃったら、その人も一緒に全ての人に笑われちゃうんだよ。そんなのに、好きな人に好きになってもらおうなんて思えるはずない。」


淡々と。淡々と。

感情がこもってるのかもわからなかった。

思いこみなんじゃないだろうか。

確かに、見た目もいいとは言えない。

なのになぜか人を引き付ける魅力があったのだろう。

俺の友達でも「笑顔がいい」とか「気さくなのがいい」とかそれなりに良い点を見ていたはずだ。

何がここまで彼女を変えたのか、僕にはわからなかった。


「何で自分のことが嫌いと思うんだ?」


突破口が見つかればいいと思いつつ僕は彼女に問いかけを開始した。

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