第3章 スタット街脱出劇

スタット街脱出劇(1)

目が覚める。

 体を起こし、ボヤボヤとした意識の中周囲を確認。

 うん、宿の一室、昨日寝る直前に目にしたのと同じ光景だ。


 ふわぁあとだらしない声を出しながら伸びをし、普段身につけている帽子を探す…見つからない。


「キリュウ、僕の帽子知らない?あれ?」


 キリュウはいなかった。どこかへ出かけたようだ。

 そういえば帽子はイヴさんに渡したんだっけ。


 そういえばイヴさんはあれからどうしているだろう?


 軽く支度をし、部屋を出てイヴさんの部屋の前に立つ。

 ええと、ノックすれば良いのだろうか?

 まだ寝ているのなら、邪魔になってしまう。

 部屋の時計を見ると短針は10時を指していたが、眠った時間も朝方であった事を考えると寝ている可能性は充分あった。


「店主に聞けば良いか…」


 イヴさんが部屋から出ていたなら店主が見ているだろうし、というか勝手に宿の外には出ないだろう。


 受付まで行くと、店主が新聞を広げていた。


「おはようございます」


「ん」


「あの…昨日僕といた女の子を見ませんでしたか?」


「いんや」


「そ、そうですか」


「食事は取るのか?朝食どきの時間はだいぶ過ぎたが、まだ出せるぞ」


「いえ、僕はご厚意だけ頂いておきます。もしも女の子が起きてきたら用意していただけますか?」


「あいよ」


 ぶっきらぼうな人だが、それなりに気にかけてはくれそうだ。


「あ、その時その子、イヴさんって言うんですが、出来る限り宿から出ないようにって伝言をお願いできますか?」


「……そりゃ構わんが」


 ちょっと変に思われただろうか?


「では少し出かけてきます」


 僕は僕で用事があった。

 本当なら付いててあげるべきなんだろうけど、奴らの動向が定かではない今、街を連れ回すべきではない。


「行ってらっしゃい」



 さて、何から片付けるか。

 やらなきゃいけない事といえば…

 一つ、タニア婦人宅を訪れ調査報告

 一つ、騎士団に話を聞く


 他にもブラッド=レイ家に結びつく情報が手に入れば良いのだが。

 あ、あとロイヤル猫缶とやらを買ってこないといけない。


 まあとにかく、動いてみようか。


 ***


 ロット「やっぱり、そう上手くはいかないか…」


 僕はロイヤル猫缶の入った袋を片手に街中でただずんでいた 。

 普段3個セットで300マネー程の豪華な食事をキリュウに提供している身としては、4個セットで2000マネーもするさらにロイヤルな猫缶は手痛い出費だった。


(僕も大概甘やかすよなぁ)


 イヴさんについてだが、結論から言ってしまうと彼女に関してはほぼ何も掴めなかった 。


 何もだ。


 この町の役所、図書館、その他情報の集いそうな場所、人物を訪ねてみるも、ブラッド=レイの名がヒットする事はなく、娘が攫われていたなんて話も聞けなかった。


 仕方ない、報告内容はもう少し詳しいものにしたがったが、一旦タニア婦人の元へ行こう。


 と、そんな時、妙に覚えのある匂いを感じた。煙の匂いだ。


 振り返ってみると見知った人がそろりそろりと近づいてきていた。


「おっと、気付かれちまった」


「やっぱりヒュードさん!どうしてここに?」


「よう、なんでって言われても仕事だよとしか返せねえが…かぁ〜びっくりさせてやろうと思ったんだがなぁ」


「気付かれたくないなら歩きタバコぐらいやめたら?別に吸うなとは言わないけどさ」


 この万年タバコを口にくわえてるおっさんは、僕とは長い付き合いのヒュード・スクヤードだった。

 元傭兵の雑貨屋兼情報屋…らしいが、正直僕の知っている中でも最も胡散臭い人物で実際は何者なのやら。


「お前帽子はどうしたよ?」


「帽子はちょっと人に貸していてね」


 いや待てよ、この人がいるのは願ったり叶ったりじゃないか?


「ちょうどよかった!!実は早急に知りたいことがあるんだ」


「ほう、こいつは珍しいな。やっと俺の頼もしさが分かってきたか?今まで面倒見てきた甲斐があったってもんだ」


 僕が幼いころからの付き合いというだけで、面倒を見てもらった事はさらさらないが。

 突っ込むのはまた今度にしようか。


「ブラット=レイ、この名に聞き覚えがないかい?」


「ブラット=レイ?なんだ貴族か何かか?」


「いや身分もよくわからないだけど」


「ふーむ、そうだなぁ」


 ヒュードさんは手帳をめくり始める。

 どうやら外れらしい、彼が手帳を見るということは、ブラット=レイについてピンときていないということだ。

 普段の彼なら辞書の如くさっと、その答えが出てくる。


「わからないみたいだね」


「ああ、知らねえな。何かあったのかロト坊?」


 彼は一度口からタバコを離すと、煙を吐きながら言った。

 ちなみに、キリュウが僕の事を「ロト坊」と呼ぶのは彼が原因だったりする。


「うん、実は…この町外れに屋敷があるんだけど」


「そうだな」


「そこで、ある集団に捕らわれていた少女を助けたんだよ。僕と同じくらいの子だ」


「お、助けた?ヒュー!やるじゃねえか」


その話をした途端、ニヤニヤとした顔で茶化してきた


「うるさい、その子が名乗った名前がイヴ。イヴ・ブラット=レイ。どういうわけか素性を隠したがっているからさ」


これ以上茶化されるのが嫌で、妙に早口になってしまう。

この人のペースに持ち込まれるとめんどくさい。


「女が隠したがってる事をネチネチ暴こうとしてるわけか」


「言い方…。とりあえず元いた場所に返すためには手掛かりがないと」


「なんだ、その子に依頼でもされたのか」


ヒュードさんはにやけ顔を元に戻して、不思議と少し低めの声で聞いてきた。


「いや、まだそういうわけでもないけど」


「助けてくれた人間にまで、何もかもひた隠しにするなんざ相当な厄介者だぞ?」


「厄介者って…そんな子には…」


 僕はハッとする

 それは先入観というやつじゃないか

 外見や雰囲気から得られる情報など、先入観にしか繋がらない

 何かを考える上で、真っ先に除外しなければならない要素だ


「あー、うん…確かに」


「分かったか。でもまあ、お前がそうなるのも珍しいな。なんだその子に惚れたか~?」


「んな!!ば、バカを言わないでくれ!!僕がそんな…」


「フハハ、いやこいつは傑作だ。ロト坊、いいんじゃねえの?長年一切なかった青春がお前の元にもご降臨されたってこった」


「だから違うってヒュードさん」


 参ったな、この人にだけは取り乱した姿を見せたくはなかったんだけど…

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