そして少女を連れ出した(6)


 本当に幽霊がいるらしい幽霊屋敷に、魔物、謎の集団による拉致被害

 キナ臭さは強まっていくばかりだ。


「そういえば、魔物はまだ潜んでるかい?」


「うん、チラホラいるっぽいヨ。道には出てこねえみたいだけどヨ」


「明日、一応街の騎士団にも話を聞いてみようか」


「あの…キリュウさん。魔物というとどんなものが見えるのですか?」


「んー?クモっぽいのとか、ヘビっぽいのとかだヨ」


 再びイヴさんが僕の手を握る力が強くなった。

 ゾッとしたのだろう。

 魔物でなくてもクモやヘビなんか見ていて気持ちの良いものではない。


「また面倒なのがいるね。こっちの存在も察知されているのかな?」


「分かんねえヨ。ま、バリアくらいは張れるように詠唱しといてやるヨ。手出せ」


「ん」


 僕は拳を作った右手を、右肩の辺りまで上げ、手の甲を肩に乗るキリュウに向けた。

 歩みは止めないままだ。


 キリュウ「ーー汝、冷気を集わせる聖者よ、我らの道を遮りし……」


 程なくして、少しだけ手が冷える感じがする。

 手の甲を確認すると、何かの紋章が浮かび上がっていた。

 この魔法は確か、突然襲いかかろうと、僕たちに急接近した何者かを一時的に凍らせる類の魔法だったはずだ。

 一回限りではあるが、この紋章が消えない限りは発動できる。


 ***


 街頭の光が見えてきた。

 イヴさんの様子も先程よりハッキリ伺える、顔色は悪くないようだ。


 その後の道行きでも、落ち着いた状況は続いた。

 イヴさんを拐った奴らの襲撃を警戒していたが、どうも出てくる様子がない。

 隊長格を戦闘不能にした効果だろうか。

 しかし用心するに越した事はない。

 繋いでいた彼女の手を離して、話しかける。


「さて、さっきの奴らと街で出くわしたら厄介だ。申し訳程度にでも姿を変えた方がいいかもしれない」


「そうですね…私、ドレスのままで…」


 彼女が身につけているワンピースドレスは着心地は良さそうなものの、とても普段着には見えないもので、夜中に出歩く格好としては目立つものだった。


「ふむ、差し当たりはこれを…失礼するよ」


 僕は自分の被っていた鹿内坊を外すと彼女に被せてみる。


「あ」


「あとは…そうだな…」


 鞄から薄い生地でできたチェックのローブを取り出して手渡した。


「これを纏うといいよ。多少不格好かもしてないけど…」


「いえ、普段帽子は被らないので新鮮な気分です。何から何までありがとうございます」


 こうして、スタット街の街中へと戻ってきた。

 さて、街の様子はというと…


「結構、賑やかなんですね」


「あ、あれ?」


 僕の想定と反して、当然昼間には敵わないものの、人がそこそこ出歩いており、開いている店もいくつもあった。

 なんならガヤガヤと賑わう声も聞こえる。


「夜中の3時なんだけど…」


 近く時計が設置されていたので確認してつぶやいた。

 というか、そんなに時間が経っていたとは…


「多分、この街はいつもこんな感じだヨ」


「そうなんだ…さすがスタット。都会は規模が違うなぁ」


 永遠に忙しい街という二つ名は伊達じゃない。


「スタット…」


 イヴさんもキョロキョロしながら呟く


「とりあえず宿で夜を明かそうか、といっても朝までそう時間はないけど」


「お腹すいたヨ…」


「おつかれキリュウ」


「イヴさん、君もそれでいいかい?詳しい方針は明日決めるとして、疲れてるだろう?」


「はい、あの…でも私、今お金が…」


「そんなの気にしなくていいさ。詳しい話は明日しよう。今日はしっかりベッドで眠るんだ」


「ロットさん…わかりました。あの…この先もしばらくは甘えさせていただく事になると思います。でもこのご恩、いつか必ず返します。お約束します」


「う、うん」


 手頃な宿を調べて向かう。

 そこはサンタナと言う名前のこじんまりとした宿だった。

 開いているとは言え日の出前に来客したからか、それとも元々こうなのか、男性の店主は極めて無愛想だった。

 これでようやく一息つけると思った矢先、そこで問題がもう一幕発生した。


「部屋二つ、5000マネー」


「えーと5000、5000…あぁ」


 お金が足りないわけではない、ただ財布を開けて眉が歪む程度には心許ない手持ちだった。

 部屋が一つなら半額で済む事を考えると、手痛い出費と言わざるを得ない。


「あはは…はい、これで」


「毎度」


「…あの、ロットさん」


「うん?」


「その…部屋一つで良いですよ?」


「……えぇ!?いやいやいやいや」


「私などのために高い宿泊費を払わせてしまうなんて、悪いです!私は平気ですから!」


「平気じゃない!平気じゃない!少なくとも僕が平気じゃない!!」


「え…あ、そうですよね。初対面の人といきなり同室だなんて…すいません私も考えなしに…」


「ああいや、そういう意味じゃ…!えっと、その」



「なにやってんだヨこいつら」


 結局のところ部屋は二つ取った。

 こうして屋敷から彼女を連れ出して、ようやく椅子に腰を下ろせる状況になった。

 可及速やかに考えなくちゃいけない事は決して少なくはない。

 この事件はまだ解決を迎えたわけではないのだから。


第2章 そして少女を連れ出した end

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