そして少女を連れ出した(5)
しばらく林の道を街に向かって進み続けた。
今現在歩いているのは、屋敷から街頭の光まであと半分といったところだ。
「キャッ」
「おっと」
すぐ斜め右後ろを歩くイヴさんがよろけた。
木の根か何かに躓いたのだろう
腕でそれを受け止める。
多分、彼女に一番接近した瞬間だった。
柔らかな体となんとなくいい匂いのする髪の感触を避ける事はできなかった。
「あ、すみませんありがとう…ございます?」
「ロト坊、何してんだヨお前」
一人と一旦肩から飛び降りた1匹がびっくり仰天するのも当たり前の事である。
僕は彼女の体勢を整えると、すぐに近くにあった木に頭を2、3回打ち付けていた。
「あ、あの?」
「大丈夫、気にしないでくれ、頼むから」
「お前やっぱりおかしいヨ」
「うるさい」
「それより、奴ら…えっと、キミはさらわれて来てから結構長旅だった?」
「はい…あの方々に捕まってからは、馬車で何日かかけてここに連れて来られました」
「なるほど…となると最低限の衣食住は整っていたみたいだね」
奴らは思ってたよりもイヴさんのこと丁重に扱っていたらしい
「なぜそう思われたのですか?」
「キミは意外と消耗していない。歩き方はしっかりしているし、健康体だ。そのドレスも何日も続けて着たものとは思えない」
こう暗いとそこまで細部に注目はできないのだが、彼女の体を受け止めてみてはっきりわかった。
「それになにより……あ」
「どうしたヨ?」
「あはは、あとはまあ探偵の勘かな?」
「勘!すごいです、確かに彼らは充分な食事と着替えは用意してくださいました。私をどうするつもりなのかは何も話してくれませんでしたが…」
「ふむ、もしかしたらだけど、イヴさんさんは拐われた理由にこころあたりがあるんじゃないかい?」
「……はい、あります。でもこれ以上は」
「分かってる。話さなくて大丈夫だよ」
「申し訳ありません」
イヴさんの情報が少しづつ出てきた。
この分だと、さらった理由は身代金要求のような単純なものではなく、目的は彼女そのものにある可能性が高い。
身代金目的の誘拐なら何日もかけるほど遠くまで連れてこないだろうし…
いや、もしくは同じ場所を行ったり来たり転々とする事で何日か費やした可能性があるか。
「ロト坊、いつまで突っ立ってるんだヨ」
「あ、うん。先を急がないとね」
また考え込みかけていた。
ストッパーがいてくれないと度々こうなる。
「おい、ロト坊…お前勘なんて言葉絶対使わないだろうがヨ」
再び肩に飛び乗ったキリュウが耳打ちしてくる。
「いやだって…」
何日間も水浴び、シャワーの類が行えていないのだとしたら、彼女から良い匂いがするはずない。
なんて言えるわけがなかった。
「それより気が利かなくて悪かったよ、真っ暗で歩きにくいもんね。何かできる事はあるかな?」
「はい…もし良ければ、お手をお借りしてもよろしいですか?」
「あ、そっか……ううん、それくらいならお安い御用だよ」
なんで気がつかなかったんだ。
僕は慣れているからともかく。
この暗闇を何の支えもなしに歩くのは常人でも辛いはずだ。
最初から手を取るべきだった、それだけでも一抹の不安はある程度解消されていただろう。
こういうところに普段単独行動してきたツケが回ってくるのだと僕は実感した。
さて、どうせならちょっぴりカッコつけよう。
僕は手を差し出してこう言った。
「はいどうぞ、若輩ながらエスコートさせていただきます、レディ」
「ふふ、では…」
今のを聞いてどんな表情をしてくれているだろう。
彼女は予想よりも強めにギュッと握ってきた。
非常に不服ながら鼓動が早くなる。
なるほど、人と手を繋ぐと鼓動が加速するのか。
久しく人と手を繋いだことなんて無い僕にはだいぶ勉強になる情報だ。
なんて事を考えてる場合じゃないや、この動揺っぷりを肩に乗っているキリュウに気づかれてしまうのはだいぶ恥ずかしい。
「そ、そうだキリュウ…」
さてこんな時はどんな話題を切り出すべきかーーそうだ。
「屋敷で大きな声で鳴いてたじゃないか、なにかあったの?」
「鳴いてねえヨ!」
細かいなぁ…
「……叫んでたじゃないか」
「なんか居たんだヨ」
「何かとは?」
「女」
「え、まだ誰か居たのかい!?」
屋敷からはもうだいぶ離れてしまっている。
イヴさんさんがいる手前、引き返すわけにもいかない
「私は見ていません…」
「うん、どんな人だった?」
「ちげえヨ、他の人間が見たら綺麗だって言いそうな女が居たからヨ。追いかけたんだけど、これが異常に速えんだヨ」
ただの女性ではないらしい。
キリュウが早いと言うなら僕が想定できるよりも素早いのだろう。
「んで、追いついたと思ったら、閉まったドアをすり抜けて部屋に入っていったからヨ」
「す、すり抜け…ですか?」
「おうヨ、妙に開き難いドアだなと思ったらヨ、白骨死体が倒れてきたもんだからヨ」
「白骨死体!!?」
イヴさんは驚いたらしい、繋がれている手に力が入る。
「おっと…」
「あ、すいませんつい…」
しかし怯えるといった様子はなく、ちょっとびっくりしただけという様子だ。
すぐに平静さを取り戻し、手を強く握ってしまった事を謝ってきた。
「しかし、白骨は久々だなぁ」
「み…以前にも見たことが…?」
「仕事柄ね。失踪者の行方を捜索したら遺体で発見されたって件はいくつか経験してる」
「そうなのですか…」
「でもキリュウがそれくらいで悲鳴を上げるかい?」
「暗闇の中で白骨が倒れてきたら驚くヨ。骨が好きな犬じゃあるまいしヨ」
犬が骨好きとはまたコミカルな偏見をもっているものだ。
「それになんか、動いた…つーかこっちを見てきた気がしたんだヨ」
「ふむ、地縛霊かな?幽霊屋敷と呼ばれてるだけはあるね」
「幽霊って本当に存在するのですか??」
「ん?うん、いるよ。ダンジョンなんかで幽霊が凶暴化してマッドゴーストって呼ばれる魔物になったり、屍が動き出して襲ってきたりするのは奴らが原因だよ」
うーん?このくらいは知っていそうなものだけど…
「そういやこの辺り、魔物がいたヨな」
「ああ、たしかに」
「あの屋敷でくたばった女が原因なんじゃねえのかヨ、この辺りに魔物なんて湧いて出たのはヨ」
どうでも良いけど、なんでこの猫はこうも口が悪いのやら
「…いずれにしてももう一度屋敷を調べる必要はありそうだね」
「魔物……」
さて、慣れというものは恐ろしい。
というか僕は適応能力に長けているキライがあるようで、手を握った当初、爆上がりした僕の鼓動は落ち着きを取り戻していた。
そういえば先程強く握られた時も、驚きはしたがそれ以上の何かを意識しないでいられた。
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