そして少女を連れ出した(4)

「僕はロットン・グラスバレー」


「あ、えと、私はイヴと言います。イヴ・ブラッド=レイ。--あら?先ほどスミスさんと…」


あれだけ声高らかに名乗ったんだ、もっとももな疑問だった。


「あれは偽名、怪しい奴ら相手にそう正直に名乗ったりしないさ。冒険者というのも嘘、本当は探偵なんだ」


「探偵様だったのですか?私はてっきり戦いなれた職のお方なのかと…」


僕の戦闘能力なんて凡人のそれでしかないのだが、どうやらそう見えたらしい。

あの様子だと戦闘を見慣れてはいなさそうだったので、大男を一人倒し、五人を相手取って交戦する姿は、彼女の目には勇ましく映ったのかもしれない。


「探偵って戦うようなお仕事ではないと思っていました」


ごもっとも、可能であればこんな剣など所持して行動したくはないものだ。


「まぁ、ご存じの通り、一般的には戦う仕事ではないんだけどね。これも護身のための付け焼刃で…えっと、あはは…」


話を聞くイヴの表情がころころ豊かに変わるものだから、またしても例の症状が現れキョドる。

これじゃまるでコミュニケーションが苦手な人間だ。


そのあたりで、なぜか僕のことをいぶかし気に見ているキリュウに気が付く。

そうだった、今回のMVPを紹介しておかなければ…


「こ、こっちはキリュウ、喋って魔法を使える以外は普通の猫だよ」


「んな!普通とはなんだヨ普通とは!!!」


だから遠回しに普通じゃないと言ったつもりだったのだが、どうやら不満だったらしい。


「ふふ、可愛らしいですわ。こっちおいで~」


あ、まずい…

イヴはキリュウの顎辺りを不用心にも撫でようとした。


「あ”?んだゴラ小娘、なめてんのかヨ」


肩に乗っていない状態のキリュウの目線は、へたりこんだ僕たちよりもだいぶ低い。

しかし、彼はそれでもお構いなしにまるで上から見下ろすかのように物凄い形相でイヴの事を睨みつけた。


「…え」


「キリュウは無駄にプライドが高いんだ。猫扱いすると怒るからやめておいたほうがいい」


僕が前に寝起きで寝ぼけてキリュウをワシャワシャしようとした事があったが、その時は容赦なくブリザードが吹き荒れ、部屋から窓をぶち破り外まで吹き飛ばされた。


「…は、はい」


「無駄とはなんだヨ!我様は高尚な……」


「わかったわかった、後で聞くから、どうどう」


なんとかなだめる


「ロットンさん、その、助けてもらった身で失礼な事は重々承知してるのですが…」


「呼びにくいだろうから僕のことはロットでいいよ。何かな?」


「ではロットさんと。--私の素性については、その、お話できないと申しますか…」


「ふむ……なるほど、まあ名前だけ聞ければ充分だよ。状況が状況だし話せないこともあるだろうしね」


「申し訳ありません助けていただいたのに」


拉致された身だ、相手が誰だろうと警戒心を持つのもおかしなことではない。

しかし、彼女は本当に申し訳なさそうな顔をしていた。


「とりあえず、一度ここから出て街に戻ろうか。そういえばここがどこだかわかる?」


「いえ、まったく。ここに連れて来られるまで外の様子を見ることはできませんでしたので」


目隠しでもされていたのだろうか。

スタット街であることも話しておこうと思ったが、とりあえず先にこの場を離れることを選択した。

居場所なんて移動しながら話せば十分だ。


「じゃあ行こうか。離れないでついてきて」


「はい!」


「ん…あははは…」


なぜ遺憾にもいちいち乾いた笑いがこぼれるのか不思議でならない。



「…………ん~?」


「どうしたんだいキリュウ?」


「…いや別に、なんでもねえヨ」


「そうかい、先を急ごう、乗って」


キリュウが肩に飛び乗ったところで、出入り口に向かった。



少し歩いたところで、やはり何か気になっていたのだろうか。

キリュウが肩から耳打ちしてくる。


「おい、ロト坊」


「なに?」


小さな声だったので、僕もイヴに聞こえないように返答した。


「お前なんかおかしくないかヨ?」


不思議と図星を突かれたかのように、僕の体がギクっと震えた。


「お、おかしい?この僕が?はははおかしなことを言うものだね。いやそれとも僕も疲れてるのかな、あはは、おかしいなぁ」


「何回おかしいっていうんだヨ、おかし野郎」


なんだその珍妙な野郎は


「いつもだったら、相手が素性を隠そうものなら、結局言葉巧みに全て聞き出すじゃないかヨ」


「人聞きの悪い言い方をしないでくれ、いつもちょっと聞いたら、相手が勝手に話してくれるんだもの。僕の責任じゃない」


「まあそれはいいヨ。さっきからなんなんだヨ、その気持ち悪い苦笑い」


「勝手に出ちゃうんだよ!」


「なんだヨそれ」


「ロットさん?」


少し大きめの声で口走ったせいで、聞こえてしまったらしい。


「ああ、いやなんでもないよ、あはは」


彼女はきょとんとしている。



追撃もなく屋敷の外にはあっさりと出られた。

まだ日は登っていない。

街に戻れたとして、どこか受け付けている宿があればいいのだが、できれば手頃な価格で


「暗っ」


キリュウが不満そうに呟く


「私、このような場所に連れて来られていたのですね…広いとは思っていたのですが」


イヴは振り返って、ボロくて不気味で立派な幽霊屋敷を見上げていた。


「イヴさん、見ての通りこの先はしばらく真っ暗だ。足元に気を付けてね」


「はい、よろしくお願いしますわ」


「ああ、よし行こうキリュウ」


「あの、灯りなど点けなくてもよろしいのですか?」


おそらくさっき出会ったときにランタンの光を見たのだろう

暗いから点けてほしいという感じではなく、なぜ明かりを持っているのに使わないのだろう?というニュアンスが感じ取れた。


ロット「ああ、本来ならマッチに火でも灯すべきなんだろうけどーーこの辺り、魔物がいるみたいなんだ」


奴らに見つかると面倒なことになる。

林の道で襲われるなんて危険極まりないし、何より今日はもう剣を振るいたくはなかった。


「魔物…」


イヴの声が沈む


「だけど、大丈夫。暗い中でも抜群の視力を持つキリュウがナビゲートしてくれるよ」


「全く人使いが荒いヨ」


「いやキミは人じゃなくて猫だろう…」


「ふふ、仲がよろしいのですね」


でも少し楽しそうだ、表情までは見えないが

拉致されてさぞかし不安だったはずだ、これくらいの漫才でも救いになってくれるなら幸いだ。

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