そして少女を連れ出した(3)

「ふ、ふぅ…遅かったじゃないかキリュウ」


 バルコニーに向かって大きな声で呼びかけた。


「こっちも色々あったんだヨ!てか何やってんだヨ、そんな奴らあいてに……」


 さっきの叫び声の件だろう、まあ何があったか確認は後ほどだ。

 分かってはいたがキリュウの無事を確認できた事も、僕が安堵できるもう一つのポイントだった。


「今回は状況が特殊でね、助かったよ」


 僕がそんなやりとりをするとようやく彼らも、件の魔法使いの正体に気づき始めた。


「な、なんだ?あのちっこいの?」


「ね、猫さん?」


 若干状況に置いてけぼりになった彼女も目を凝らしていた。

 良く遠目で猫だと分かったものだ。

 喋っているのに。


 そうキリュウはただの猫ではない。

 いや喋る時点で猫なのかどうかすら怪しくなってくるのだが、そういう事ではなくてーー



「ワレ様がついてないとすぐこれだぁ、全く情けねえヨ…」


 そんな事を言って、彼は一呼吸置くと…


「具現せよ氷刃!雨の如く降り注げ!!ーーシャープホワイト!!」


 改めて、彼はただの猫ではない、氷魔法が得意なのだ。

 キリュウが詠唱すると、首につけているラピスラズリの首飾りが輝きを放ち、宙には魔法陣が展開される。

 そしてーー


「おおうわ!!降ってきた」


 阿鼻叫喚の声の数々。

 無数の氷のつららが降り注ぐ、天気は多あられで大荒れの模様。

 成り行きで僕もあの魔法を食らった事があるがとにかく鬱陶しい魔法だった。


「痛い!いってててて!!お、おいどうするんだこれぇ!?」


「猫が喋ったアアアアアア!!!?」


「今更何に驚いてる!あぁチクチク鬱陶しい!!」


 奴らが慌てふためく様子を眺めながら、退路を確認する。

 と言っても、後ろの扉から来た道を戻るのが手っ取り早い事は明白で、他のルートを探す気はあまりなかった。


「隊長!隊長!しっかりしてください!」


「う、うーん……」


 最初に魔法を食らった隊長格は意識がハッキリしていないご様子だ。

 不意打ちであの衝撃を受けたんだ、無理もない。


「ダメだこりゃ、撤退するぞ。カイツ!隊長を頼む!俺はボビーを担ぐ」


「はい!」


 しめた!このまま退くつもりらしい。

 僕が、胸を撫で下ろすところだった。



「じゃあ俺はあの女だけでも!!」


 トゥルバーと呼ばれてる男だったか、ナイフを持っていた奴が再度突撃を試みてきた。

 彼女に危害を加えようとしたわけではなく、連れ戻そうとしている様子だ。

 当然僕が許すわけもなく。


「させないって…はぁ!!」


 僕はその進行方向を遮る形で立ちはだかり、なおかつレイピアを雑に大振りした。

 攻撃を当てるつもりはなく、刃は空を切る。


「貴様、邪魔をするな!!」


「お縄にはかけないであげるからさっさと帰りなよ、じゃないと上にいる機嫌の悪い猫が今度は何を詠唱するか分かったものじゃないよ?」


 キリュウは全然本気を出していない。

 彼は、その気になれば僕なんかよりもよっぽど大きな戦力なのだ。


「諦めろトゥルバー!いいから退くぞ」


 どうやら人物名は合っていたらしい。


「ちっ、クソが…何モンなんだテメェ!」


 おお、ここで僕の素性を掴もうとするのは悪くない選択だ。

 僕が誘いに乗って名乗りをあげれば、そこから足取りを掴み、報復なりなんなりしやすくなる。

 そこまで考えての行動なのかは定かではないが…


 であれば僕は黙秘に徹するべきなのだが


「僕はスミス!冒険者だ!!」


 こういう時に冒険者という肩書きは本当に便利だ。

 スミスなんて名前どこにでもいるし、冒険者なんて絞り込む材料にもなりゃしない。

 一つ懸念するべきなのは、これがきっかけでスミスという名を持つ冒険者に迷惑がかかってしまう事だろうか。


「スミス!覚えてろよ!!」


(はは…誰なんだそれは?)


 ボソっと独り言。


 お決まりの捨て台詞と共にご一行はそそくさと退却していった。

 ありがたい限りだが、ここからは闇討ちに警戒する必要がある事を忘れてはならない。


 再度周囲を目視で捜索……うん、特に残ってるやつはいないらしい。


「ーー行ったみたいだね」


「ーーは、はぁ」


 僕の言葉を聞いて彼女はドサッとへたり込んだ。


「ははは。ふぅ、疲れた…」


 僕もつられるようにドサっと腰を下ろしてあぐらをかいた。


「キミ、ケガはないかい?」


「はい!無事ですわ。助けてくださって本当にありがとうございます。」


 レディは笑顔を浮かべ、ハキハキとした声でそう返してきた。


「そ、そうかい。それは重畳だよ…アハハ」


 僕はなぜかうろたえ、乾いた笑いをこぼしていた。

 彼女の笑顔は僕に妙にこっぱずかしさのような感情を浮かび上がらせた。


 落ち着け、呼吸を整え、冷静に、紳士的に対応するんだロットン。

「おい、なんで逃しちゃったんだヨ?」


「うわっ!」


 整えつつあった呼吸は再び乱れる。

 なんて事はない、キリュウがストンと降りてきて僕に話しかけて来ただけだったのだが。


「なにびびってんだヨ?」


「なんだキリュウか。言ったでしょ、ちょっとイレギュラーで」


 僕は目の前にいるレディにクイっと視線を送りつつそう言った。

 暗くて見づらかったが、当の本人は目を丸くしてキリュウを見ていた。


「あ?まさか本当にいたのかヨ、囚われの女」


 言い方…


「ああ、例の噂通りなら、他にもいそうなものだけどーーどうだい?他にもキミのように囚われてる人がいたりしたかい?」


「いえ、私だけのはずです。逃げ出して来た時探してはみましたが、他にも連れ去って来た様子ではありませんでしたの…」


「そ、そっか…うん…」


 まっすぐに顔が見れない、気がつけば僕の足の爪先はなぜか小刻みに動いていたりした。間違いなく挙動不審になってるぞ僕…

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