そして少女を連れ出した(2)

「な…ボビー!?」


「やられたのか!?」


「冗談…だろ…こんな…やつに…」


 ボビーは呻くような声でそんな事を口にしている。


「ほら言わんこっちゃない、忠告はしたはずなんだけどね?」


 僕は背後に目を向けながらそう言い放つ。


「てめぇ!!」


 背後からじりじりと感じる怒りを他所に、僕は正面の彼女の様子を見た。

 口元を抑え目を見開いている、少しショッキングな光景だったのかもしれない。


「大丈夫、この程度じゃ死なないよ」


「は、はい…」


 実際僕の斬撃は少し背後の奴の体をなぞっただけみたいなもので、手当て次第では特に問題なく完治するはずだ。

 出血の量も大した事はないはず。

 そもそもあの一瞬で戦い慣れた人相手に致命傷を与えられるほど僕は剣に精通しているわけではない。

 これで僕が結構強い難敵だと誤認してくれれば儲けものなのだがーー


「あのガキ、舐めた事しやがって俺がボコボコにしてやる」


 どうもそうはいかないようだ。

 でも構わない、そうだ1人ずつ、1人ずつ来てくれ。

 僕は敵の方に振り向いて、次に備えるが。


「次はあなたかい?いいよ、同じ結果になってもいいのなら」


「コイツ…!」


 軽く挑発を入れる。しかしーー


「落ち着きなさいトゥルバー」


「隊長…?」


「彼は全員で叩きます」


(…ッ!マズいな)


 なんとかポーカーフェイスは保てていただろうか。

 言葉を聞いて僕は同様せざるを得なかった。

 多勢に無勢、おまけに統率者がいる5人パーティに一斉にかかられたらどうなるかなんて目に見えていた。

 1人ずつならなんとか対処できただろうから、僕としてはできればもう2人は負傷させておきたかった。

 隙をついて逃走する術はあったかもしれない。

 降参すればなんとかなったかもしれない。

 その他あらゆる策を模索しようと思えばできたはずだった。

 いつもなら…


 僕は再び背後に注意を向ける。

 僕がいくら敵の攻撃を凌いで自衛できても、彼女の元にたどり着かれては意味がない。

 この人数差で守りながらの戦いなんて、僕如きの腕では到底できない。

 どうする…?


「トゥルバー、ゾリット、右舷から先にかかってください」


「グランツは左舷より援護。カイツ、君はボビーを下げ、手当てに当たってください。傷は深くありません焦らずに」


 彼らはリーダーの指示の対し、「おう」だの、「はい」だの、「ラージャ」だの続々と返事をし、武器を構え始めた。


 くそ、手慣れてるぞこの人たち、僕に考える隙を与えないつもりだ。


 1人はナイフ、また1人は槍を構え、右には剣を構えてるのも見える。

 戦闘スタイルにも差異があるとなると余計に対処がしづらい。

 魔法を使える人物はいなそうだが、一歩も動こうとしないリーダーが気がかりだ。


「レディ、少し手荒なことになるかもしれない、逃げてくれ!」


「それではあなた様が!」


「無駄話はそこまでだ!うおりゃ!」


 やりとりが完了しないうちに、前方より1人が接近、見た目ほど余裕のない僕に向かってナイフを突きつけてきた。


「くっ!」


 金属音が響く、僕はレイピアを当て、なんとか凌いだ。

 同じく接近してきたもう1人が槍を振りかざす。


「死ねってんだよ!」


「ちぃ!殺す気かい!」


 心の中で当たり前だと自分にツッコミを入れる、向こうは僕を殺す気でかかってきている事は明白だ。


 間合いが広い槍の攻撃を回避するのは厳しかった。

 レイピアを既に奮っていた僕は、袖に隠してある小手で受け流す。

 間一髪といったところで、槍攻撃を小手で受けた衝撃で体勢も大きく崩してしまった。


 おそらく続け様に反対側から剣撃がくる。

 そう考えた僕はーー


「かまいたち!」


 体制を崩しながらも、さらに後ろに控えている敵にレイピアを素早く奮って衝撃波で牽制した。


「あぶね!?」


 苦し紛れの一撃などそう当たらない、まあ避けるよねぇ…

 僕は、崩した体制を立て直そうと試みて、さらにリーダーに視線を向ける。


「これで終わりです。」


「なっ…!?」


 彼はこちらに拳銃を向けていた。


(初めからこれを狙っていたのか!)


 飛び道具は想定していなかった、このタイミングだとどう足掻いても避け切る事は不可能だ。

 それに避けたとして怯えながら見ているであろう後ろの少女が危険に晒される。

 剣で弾く?弓ならともかく現実味がない。

 被弾覚悟で突撃するか?性に合わない。


 頭ばかり働かせはするものの、空きだらけの体が思考についていかない。

 万事休す…その時だった。





 ーー「フローズンスパイク!!」ーー




「な、何!?」


 突如リーダーの足元から無数の氷が弾けた。

 氷属性の魔法だ、無数のつららが奴を吹き飛ばす。


「ぐぬわぁ!!」


 豪快に吹っ飛んだ彼は、動かなくなりーーいや、ピクピクと痙攣しているようだった。

 僕が体勢を立て直した時点で、間違いなくノックアウトである事を確認できる。


「カモン隊長!!」


 剣を持っている隊員が叫ぶ。

 僕は安堵で冷や汗をかきながらも笑みをこぼした。


「くそ!誰だ!どこだ!」


 別の奴が、キョロキョロと辺りを見回しているのが見て取れた。

 しかし、相手の正体が何かも良く分かってない人が、トラス階段を登った先のバルコニーからこちらを見下ろしているその存在をーー


 「灰色の猫」を、この暗闇で見つけられるものだろうか?

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