第2章 そして少女を連れ出した

そして少女を連れ出した(1)

 彼女の表情を見ている事に耐えられなくなった僕は視線を下へと向ける。

 近くに来て分かったが、酷く汗をかいているようだった。

 それにしてもスタイルがいい、身長は165cmの僕より若干高め程度だが、ワンピースドレスを着ているのに体のラインはスラっとしているのが分かる。

 だがそれでいて豊富な胸……


(いや、なにを観察しているんだ僕は…)


 人間観察は決して僕の性格上の問題ではなく、探偵としての悪癖である事を心から挙げておきたい。


 そんな事をしているうちに、彼女も呼吸を落ち着けてきたらしい。

 鞄から水の入った水筒を取りだし、差し入れようとする。


 さて、彼女がどんな境遇から、誰から逃げてきたのかだが、確認する間もなく、それは思ったよりも迅速に明らかにされる事になる。




「困りますねぇ、お嬢様」


 彼女が駆け下りてきたのと同じ階段から、一人の男がゆっくりと降りてくる。

 気配には今まで気が付かなかった。

 軽そうな鎧と少なくとも剣は装備しているようだ。


 それを見るに女性は僕の後ろに後ずさる。

 どうやら並々ならぬ事情がありそうだ。


「勝手に動かれては困ります。もし…そちらのお方、お嬢様をこちらに」


 暗闇でよく見えないが、ニタリと笑みを浮かべながらこちらを見ているように感じ取れた。

 なるほど、向こうは強行手段も辞さない構えというわけだ。


「レディ、逃げなくていいよ、むしろできるだけ僕から離れないで」


「え?」


 僕は後ろを向かないままそう促したので、彼女がどんな表情をしたのかは定かではない。

 でもこれで、むやみに駆けだすこともないだろう。


「すでに囲まれているみたいだからね」


 その数恐らく5人、目の前の人物を入れて6人


「おや、お気づきでしたか」


「いやいや、気が付いたのはつい今しがたですよ」


 全く油断した。

 周囲への警戒を常に怠らなければもうちょっとやりようがあったのに


 隠れていた仲間達が暗がりからある程度ハッキリ見える位置へとやってきた


「ところで、お嬢様をこちらにと申し上げたはずですが」


「ええ聞いてますよもちろん、それで…嫌だと言ったら?」


「わかるでしょう?」


 目の前の男に限らず、武装しているらしい。

 チャキチャキとわざとらしく音を立てながら4人ほど近寄ってくる。


「へへ、俺たち弱い者いじめは大好きなんだぜボウズ」


 中でも大柄の男がそう投げかけてくる

 手に持っている大きな斧が目立つ男だ


「レディ、二択にするから答えてくれる?」


「え?」


 聞く必要なんてないとは思う。

 でもこれがもし、万が一の可能性でしかないが、奴らが用人警護の類の人達だったら笑えない。

 例えば、この少女がどこかのお姫様か何かで、家出してきた的なお天馬事情を抱えていた。ーーなんてお決まりの展開だと厄介だ。


「彼らは善人?悪人?」


 答えが返ってくるまで5秒ほどだった。


「…悪人です」


 間があったもののハッキリと聞こえる返答だった。


「それだけ聞ければ充分だよ」


「よろしいですか?少年くん」


「なんの確認かな?まあ、どうにも紳士的には見えない君たちにレディを渡す気はないけどね」


「隊長、俺にやらせてくれ」


 さっきの大柄な男がさらに前に出てきた。


(隊長か…)


 防具の雰囲気、隊長という響きから察するに、賊の類とは少々違うらしい


「まあ軽くひねってください、動けなくすれば充分です」


「そういうこった、ボウズ。尻尾巻いて逃げ出してもいいんだぜ?」


「逃がしてくれるのかい?」


「お前だけならな?」


 さて引き延ばすのもそろそろ頃合いだろう

 僕は右手でレイピアを抜いて、腰の横に軽く構える


「少し下がって」


「は、はい…」


 彼女にある程度間合いを取ってもらった

 これで斧を振り回されても危害はないだろう

 でもなるべく小まめに様子を見る必要がある

 例えば、隠れていたさらなる仲間が彼女を捕まえてしまったらたまらない


「馬鹿なガキだ」


「馬鹿とは失敬な、これでも頭脳にはいささか自信があるんだ」


「いいや馬鹿だ、利口な奴なら逃げてる。ま、度胸だけは認めてやる―――よっ!!」


(来る…!)


 いよいよ接近してきた奴が斧を振り下ろしてくる。

 豪快な一撃だ。


「おっと」


 僕は右に避け、斧は地面に叩きつけられる

 ズガンッ!と大きな音がし、床は激しくひび割れた。

 レイピアでいなす事はできなくはないが最初から狙うのはやめておいて正解だった。


「避けたか、だがまだまだぁ!」


 以外にも斧を振り下ろした後に隙はなく、ラッシュをかけるように振り回してきた


「…っ!」


「うらうらうらうらぁっ!!」


 僕は避け続けた。

 反撃に出るつもりはハナから無く、防ぐ気もない。

 ただ避ける事に徹する。




「あのガキ、手も足も出てねえみてぇですよ」


「いいねぇ!やっちまえボビー!」


「……妙ですね」




 依然として僕は避け続ける。


「こいつ…ちょこまかと!!」


 よし、そろそろいいだろう。

 僕は一度後ろに大きくステップを踏んで、下がると宣言してみる。


「随分振り回したね、そろそろ疲れたんじゃない?次で終わりにしようか」


「…はぁ?てめえ避けるのがやっとじゃねえか」


 そう見えていたならこっちのものだ。


「うん。でも、ケガをしたくなければここらでやめた方が良いと思うよ?ボビー…だったかな?」


 よく地獄耳と言われる事がある。

 奥に控えている奴らから聞こえてきた彼の名前は確かにボビーだった。


「てめぇ…本物のバカみてえだな?そんなに弱えのに挑発してくるたぁ…俄然やる気が出てきた――な"ぁ!!」


 男はすごい勢いで突貫してくる。

 今まで本気を出していたわけではないみたいで、

 今度は殺気をまき散らしながら、確実に僕の息の根を止めようとしているのが伝わってきた。


「だぁ!」


 まずは、左斜め上からの袈裟切り。

 これは右にさける。


「うらぁあ!!」


 そのまま斧の刃の向きを変え、左薙ぎ。

 これは一歩下がればスレスレで当たらない。


「しぃぃぃぃねえええ!!!」


 恐らくこれが本命、下がった僕に向かって踏み込みながら、大きく振り上げて兜割りを狙う。


 読み通り、この瞬間が一番隙だらけだった。


 ――「月閃斬!」――


 僕も踏み出し、下から弧を描きすくうようにようにレイピアを振るい、そのまま回ってその男に背を向けた。

 振り上げられた斧が背後から襲ってくる事はなかった。




「…ぐっ…うぶ!!?」


 背後から、鈍く重い音、ガチャンと鉄の音が響いてきた。それは軽く地響きすら感じそうな大斧が落ちる音だった。

 僕は後ろに向いた事で、件の彼女の様子が確認できた。

 心配そうにこちらを見ているが目を背けたりはしていないようだ。


 ほどなくして後ろで人が倒れる鈍い音。

 どうやらボビーなる男は戦闘不能になったらしい。

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