事の発端(5)
「――まだ、正式な所有者がいるのかもしれないね」
「はぁ?いやこの寂れようをみて良くそう思えるヨな?ここに住めるかヨ」
「いや住むわけじゃなくて、こんな豪邸がここまで放置されるなんて周りの住人や街が放っておくわけないだろう?」
「そうなのかヨ?」
「なんとかしようとはすると思うよ。屋敷もそうだけど、この広い領地が林で埋まっちゃうなんて街としては惜しいよ」
一体何年間この状況のままだったのかは分からない。
ロクに調べたわけでもないけれど、フランソワーズさんからこの屋敷についてもうちょっと情報が出てきても良かったはずだ。
考えてみれば今までの林道もこの屋敷の範囲内、庭園だったのかもしれない。
「んじゃあなんでこうなってんだヨ」
「だから所有者がいて、何らかの理由で周りの住民や街の立ち入りを拒否しているのさ」
「なんで?」
「それはまあ、これからここに侵入するわけだから、理由が分かるかもね」
「やっぱり入るのかヨ」
「はは…そりゃ、本来の目的だからね」
気が進まない気持ちは分かる。
寂れた幽霊屋敷は、豪華で高尚で煌びやかな豪邸とは違う意味で入りたくない建物だ。
でもこれは個人的な調査じゃなくて明確な依頼として請け負った仕事で、投げ出すわけにも行かないし、肌寒い中やってきたのに無駄足に終えるのも勘弁だ。
キリュウが次の文句を口にする前に、彫刻が目立つ門扉に手をかけ軽く押していく
鈍く軋む音をたてながら、硬い扉は開いていく。
開きながら扉のラッチ部分を確認してみると、カギをかけられる構造になってるのは間違いない。
まあ正常に機能するかどうかは別として。
「しかし、所有者がいると仮定するなら、こう扉があっさり開いてしまうのもどうかとは思うんだけどね」
中は真っ暗だった。
それでいて埃っぽく、足を一歩進めると床から軋む音がする。
部屋に入り切る前にかがんで、開けたままの扉の外から流れてくる僅かな光を頼りにどうやら木製であるらしい床の模様を手でなぞった。
「どうヨ?」
「うんまあ長年放ったらかしになってるのは本当みたいだけど…」
しかし人の立ち入りが無かったかどうかはどうも定かじゃない、外の地面の土や草少しが入り込んでいる。
出入りの痕跡とまで行かなくても、少なくともこの扉の開け閉めはあったようだ。
「騎士が本当に調査に来てたのかな?それとも、外の魔物の仕業…?」
改めて扉を確認する。
「扉はそんなにゆがんでないしなぁ」
「いつまでそんな微妙なところにいるんだヨ?」
「え、ああ、どうするか…中も結構広いし部屋も多そうだよね。探索するにも結構時間かかりそうだけど」
「じゃあ手分けするヨ」
キリュウはそう言うと肩から飛び降りて、こっちを見上げてくる。
「え?別行動かい?」
「ワレ様はさっさとこの件を片付けて、宿に行ってロイヤル猫缶と暖かいスープを楽しみ、ふかふかのベッドで丸くなりたいんだヨ!」
と、生意気な相棒は勝手な予定を並べてズカズカと奥へ進んでいってしまった。
「ロイヤル猫缶…ねぇ」
スタット街を歩いてるとき「これぞロイヤル猫缶!」ってキャッチコピーのチラシが目に入ったから、多分あれの事だろう。
あいにくそんな物の持ち合わせはないんだけど、これは後に駄々をこねてきそうだ。
それにしても珍しい、ああ見えてヤツは自分から単独行動はしない主義なのだ。
なぜなら僕の肩に乗ってた方が楽だから。
僕はと言うとしょっちゅう右肩に重りを乗せて歩いているせいで、普段の姿勢が崩れてないか少し心配していたりする。
~info~
・キリュウがパーティから離脱した。
(あ、しまった)
扉を閉めてみると、視界はほぼ完全に奪われてしまう。
薄暗い程度で済めば良かったのだが、これでは調査どころか行動するのも難しい。
キリュウを行かせてしまったのは失敗だった。
こう暗いと暗視のきく猫の目はかなり頼りになったはずだ。
「はぁ…」
僕は軽くため息を吐きながら、肩から下げている鞄に手を突っ込み、中身をかき回しながら小型のランタンとマッチ箱を取り出す。
何がいるかわかったもんじゃない場所で、光を灯すのは賢明な判断とは言い難いけれど、前を見ることすらままならないんじゃ仕方ない。
エントランスを少し進み、キリュウが行った方向を確認する。
(あっちに行ったのかな?)
見たところ食堂らしき部屋に続くドアが少し開いている。
ドアノブはどれもこれも間仕切錠だから、キリュウでもぶら下がって開けられる、丸形のドアノブだったら大人しく戻ってきたはずだ。
僕は僕で別方向に進むことにしてみる、手分けしたほうが効率が良いという意見には賛同できるし、まずはどんな部屋があるかを把握しないといけない。
妙な部屋があったかどうかぐらいは調べてきてくれるだろう。
廊下沿いに片っ端から部屋を見渡してみる、道中で2階に続く階段もあったので一つ一つの部屋の確認にそこまで時間を使いたくなかった。
客間、書庫、ビリヤードルーム、そして第二の客間…
今のところ人気はない、現状単に長年使われていない建物という印象しか持てていない。
フランソワーズさんの言っていた話はどうだっただろうか?
周囲の林からのうめき声…については確認できている。というか実際に魔物いたし…
人攫いはどうだろうか?誰かを捕らえて連れて来れれば滅多に見つかることはないだろうけど、どこかに独房のような場所でもあるだろうか?
そんな事を考えていると進行方向とは逆の方から――
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