事の発端(3)

(さてと、このあたりに…)


 婦人の宅を後にすると、例の相棒の姿を探した。


「おっと、いたいた」


「おせぇヨ」


 僕が話しかけ、そして返答が返ってくる

 彼は自分の手の甲をぺろぺろと舐めていた


「まったく、猫を返すのにどれだけ時間かけてるんだヨ」


「悪いね、面白そうな話が聞けたもので。でもキリュウ、君があの迷い猫と打ち解けてくれれば、そもそも捕まえるのに時間もかからなかったんだよ?」


「冗談じゃないヨ、このワレ様がそんじょそこらの猫と仲良くなんてできるかヨ」


 この人の言葉を話す猫こそが、僕の言う相棒ってやつだった。

 名前はキリュウ。

 もし婦人達が、このグレー色の小動物の存在を知っていたとしたら、相棒がいるなんてタンカは切りにくかっただろう。

 傍から見れば15歳の少年一人と肩乗り子猫一匹など、単独行動と変わりない。


 ちなみに先程の猫探しが手間取ったのはキリュウが婦人の猫にメンチを切った事が原因だ。

 まぁ僕が猫だったらキミとは仲良くしたくはないかもしれないな…などと思う。


「何かいったかヨ?」


「さてね。無駄話はこの辺にし――」


「無駄とはなんだヨ!無駄とは!」


 僕は話を切り上げて行動に出ようとするが、長い時間待たせていたせいかキリュウはだいぶ機嫌が悪いようだった。


「ガミガミガミガミ…!!!」


「わかったわかった、何か埋め合わせを考えておくよ。この後もそれなりに骨が折れそうだしね」


「フン――この後?何が折れるって?宿に行くだけだろヨ」


 僕はこのスタット街の地図を見せるように広げてみる。

 フランソワーズさんの言っていた町はずれの屋敷というのは思っていたよりも歩くことになりそうだ。


「この辺りに行かなきゃいけないんだけど」


「なんでだヨ?」


「仕事さ」


「シ~ゴ~トォ~??」


「気乗りしないなら先に宿取ろうか?一人で行ってもいいけど」


「ロト坊だけで何ができるんだヨ」


「屋敷の調査ぐらい一人でもできるさ」


 と言いつつ、これじゃほんとに単独行動だけどねと思った


「――んぐぐぐ…」


 キリュウはなにか言いたげになっている

 大体想像はついているが意地悪な僕は向こうから切り出してくるのを待つ


 やがてキリュウは観念したかのように、僕の肩に飛び乗ってきた

 僕はキリュウの首について居るラピスラズリのペンダントが、勢いで顔にビシっと当たらないように

 首を傾けた


「それで?どうするの?」


「…一緒に行ってやるって言ってんだヨ」


「素直じゃないんだから、めんどくさいな」


 猫は気まぐれな生き物だ、しゃべるからといって例に漏れる事はない。

 それでもこうしてついて来てくれるだけ、僕は気にいられているのだろう。

 こんな日常茶飯事のやり取りをしながら屋敷に歩を進め始めた。


 ~info~

 ・キリュウがパーティに加わった




「それで、その屋敷に何があるってんだヨ」


「地図のこの森の奥、些細な噂話で済めばそれでいいんだけど」


地図を新聞を広げるように開き、指を指す。

もう少しコンパクトな地図が欲しいものだ。


「元々大した用事で来たわけじゃなかったのにヨ」


「仕事に繋がりそうな目ぼしい情報も余りなかったしね」


「てか街まで来て何を調べてたんだヨ」


「それを今聞くのかい?ほら最近2国間の情勢に変化が出てきたろう?」



 そもそもこの世界は僕の住む「アルスタリス帝国」ともう一方の「エルマゲド王国」の大きな二つの国分かれている。

 この二国お互いほぼ不干渉、貿易、経済連携、その他あらゆる政治的協力はない。手を取り合っているわけではないものの、かといっていがみ合っているというわけでもなくという状態で沈黙を継続してきた。




「それが、王国で環境問題や経済難、魔物の増加――えっと、悪い事が起きているみたいで」


「舐めんな、なんとなく分かるヨ」


 このように姿形は、華奢な僕の肩に乗せられるくらいの子猫だが、人間の話は理解できている様子だ。

 彼いわく他の猫も変わらないとは言うが、本当の所はわからない。


「そうかい?それで王国のほうから帝国に助けを求めてきたらしい。まあこちらの皇帝はそれを蹴ったみたいだけど」




 皇帝は王国からの要請の全てを無視し、相も変わらず王国に対しては「何もしない」という方針を貫いているようだ。

 こうなってくると下出に出ていた王国は躍起になる他ない。

 こうして二国間の沈黙関係には亀裂が入る事となった。




「結局、国境の検問所は封鎖されて、国間の行き来も出来なくなってしまっただろう?まあ最も僕は王国には行った事なかったけど」


「人間ってほんとめんどくせぇ生き物だヨ」


「誰もが君みたいに気まぐれに生きてたら、それはそれで大変だよ」



 とはいえ、気まぐれという事ではないと思うが、皇帝政府の考えも良くわからない。

 沈黙を破って帝国に救援を求めるというのは、向こうの王様にとっても苦渋の決断だっただろう。

 それを着易く跳ね除ければ、エルマゲド王国がどんな行動に出なきゃいけないのかは想像に難くないだろうに…


 フランソワーズさんが王国から良くない連中がやって来ていると言っていたが、これも噂話の域を出ないとは言い切れないのだろう。

 むしろスパイの一人や二人送り込んできてもおかしくない。

 そういえば封鎖された国境検問所で襲撃があった件が新聞で報道されていた。


 きっと治安は徐々に悪くなっていく。

 僕が遠くの村からわざわざこの街に来たのだって、何か仕事の役に立つだろうとその手の情報を得たかったというのもある。


 話を聞けば聞くほど、戦争でも起こる予兆に思えてくるのだが――


などと考えを巡らせながら徐々に暗くなっていく街を歩いた。

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