事の発端(2)
タキシードがきっちりとハマっているその見てくれ通り、この人に相談すれば誠実に話を聞いてくれるのだろう。
立ち振る舞いも見る限り、ご近所からの評判は良さそうだ。
「その中でも最近よく耳にする噂話がございます。
「なるほど」
「この街のはずれに、長く放置されている屋敷があるのですが…」
僕はスタット街の外れの森の奥に、妙な屋敷があるという話を知らないわけではなかった。
いわゆる幽霊屋敷だ。
「その…なにやら若い女性が何人か誘拐されて囚われているだとか、屋敷を囲う森林からなにかのうめき声がするだとか、もはや魔物のようなものを目撃した人もいると…」
……うーん、七不思議的な話だろうか?
でも冗談のような話を、冗談としてこの人相手にするとも思えないし、傍にいるタニア婦人も少し神妙な顔つきになっている。
「仮にそれが確かな情報だとするのなら、僕よりもこのスタット街の騎士にでも動いてもらった方がいいんじゃ…」
もちろん興味がないわけではなかった。
だが騎士団が解決できる問題ならそっちに動いてもらった方がいい。
戦闘は僕の本分ではない。
「ええ、もちろん騎士の方にも話を通し、調査をしてもらったのですが…特に異常はないとのことで」
「異常なし…ですか」
これも大体予想通りだった。
この手の危険そうな噂話が出れば誰かしら騎士に相談するものだ。
騎士の存在がポピュラーでない場所であっても、冒険者など頼りになりそうな存在はいる。
一番最初にただの探偵なんかに相談する例は滅多にないのが現実だ。
「実際に失踪した方もいないのですが、何しろ街外れの曰く付きの屋敷の話。そこへ通づる道の付近では怪しい人影も目撃されていて、少々気になるのです」
騎士がしっかりと仕事したのかどうかーーは置いておいて、外れとはいえ街の中、単なる噂であればそれに越した事はないのだが…
「率直に言うと、若い女性の方が囚われている。というのは、噂が広まるに連れてある事ない事で情報が膨らんでしまったに過ぎないと思うのですが…こういった噂話はすぐに誇張されるのが常ですし」
フランソワーズさんはそれを聞いて、少しだけ落胆の表情を浮かべていた。
僕が騎士同様まともに取り合ってくれないとでも思ったといったところか
「ただ噂が広まったきっかけもわかりませんし、心配なら一度見に行ってみようと思います」
「左様ですか!?」
それまでぶっきらぼうだったフランソワーズさんの表情が突如輝きを放った
「え、ええ。なにもないとも限らないので」
思いのほか良い反応をされたものだから、僕は多少たじろいだ
「あら、フラン。随分嬉しそうね」
それを見た婦人はニコニコとそう言った。
そう言われてフランさんは、少し頬を赤らめて咳払いを一つ。
「コホン…失礼。私が見に行ければよかったのですが、私はあくまでタニア様の執事。タニア様を置いて危険な場所へは行けませんので」
「フランは心配性なのよ、私の事なんか気にせず行ってくればいいのに」
「そうはいきません。女性が攫われてるかもしれない以上、あなた様の身にも何か起こるかもしれないではないですか」
「その攫われてるかもしれない人って『若い』女性でしょ?あなたはともかく、私みたいなおばさんは大丈夫よ」
「しかしですねーー」
見ててふふっと声が溢れそうになった。
この2人はこのまま眺めてるだけで結構面白いかもしれない。
名残惜しいが方針は固まったし、ここらで引き上げよう。
「ではさっそく、僕はこれから行ってきますね」
「あら、今日お行きになさるの?もう陽が沈むけれど…」
「夜は夜で都合が良いこともあるので、善は急げです」
「でも1人だと心配だわ。そうよ!ロットさん、このフランを連れて行くと良いわ」
婦人は手をパン!と叩きながら提案してくる。
「タニア様!?」
「良いじゃない、行って来なさいよ」
「大変ありがたいと申し出です。ですが、それにも及びません。僕にも相棒がいますし、もしもの時の心得もありますから」
そう言いながら腰の剣をチャキっと鳴らしてみる。
とは言いつつも、正直フランソワーズさんが付いて来たら百人力だ。
どうもこの人タキシードに無数の仕込みナイフを備えてるみたいだし
「なるほどレイピアですか。剣の心得が?」
「嗜む程度ですが」
そんなやりとりをした後、いよいよお暇しようと玄関までやってきた。
「ロットン様。最近王国の方から良くない者が密かに入り込んでいるとの話も聞きます、ご用心を」
「肝に銘じます。それから僕の事は『ロット』とお呼びください」
「かしこまりました。ではそのように」
「またいつでも起こしになってくださいましね?歓迎致しますわ」
「ええ、機会があればぜひ伺います。今回の件の報告もする事になるでしょうし」
例の猫はタニア婦人の腕の中でニャーゴニャーゴと鳴きながら暴れているが、彼女は意にも介していない。
に、人間嫌いなんじゃないかなぁ…
「では失礼します。フランソワーズさん、さっきの紅茶とても美味しかったです」
待ち時間中の緊張感から意識を反らしてくれるぐらいに、出てきたアールグレイは美味だった。
「恐縮です」
全く表情を変えずに彼女はそう返してきた。
僕はその様子を一瞥し、玄関を開けてくれているメイドさんに脱帽しながらお暇させてもらった。
***
「あの紅茶、私が淹れたものだと伝えたのですね」
「いいえ?私はなにも言ってないけれど…」
「左様ですか?では、使用人が沢山いるなかなぜ私が淹れた紅茶だと断定したのでしょうか?」
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