探偵剣士ファンタジー(仮) 〜 〜一目惚れと猫とドタバタミステリー〜

@cola15

第1章 事の発端

事の発端(1)

 僕の視線の先に立つ女性は美しかった。


 青天の霹靂、突然刺されたかのような衝撃、これが夢なら衝撃のあまり目覚める直前なのだろう。

 この状況を表す言葉は数多くあれど、最も適切な表現は思い浮かばなかった。


 僕はその時とても動揺していたんだと思う。

 僕と同じくらいに見える名も知らぬその女性は奇跡を感じるほど似合う青いワンピースドレスを纏っていて。毛先の方はウェーブがかかっている長いブロンドの髪は煌めき、背後に飾られているステンドガラスと同化しているかのようだった。

 その女性は目の前の階段を駆け下りこちらへ迫ってきていて、僕はそんな彼女に


 ――とても魅了されていた――


 ************************


 時は数時間さかのぼる

 僕はスタット街という立派な街にいた。

 今日は天気も良く、人が何人も出歩いていて賑わっている。


「ニャー!フニャー!」


「こらこら逃げない、飼い主がどれだけキミの事を心配したのか、考えてみなよ!」


 僕は少し大きめの猫を腕に抱き抱えながらそう話しかける。

 言葉は通じないと分かっていながら、暴れ騒ぐ猫とコミュニケーションを試みていた。

 この隙あらば逃げ出そうとする猫を飼い主に届けることが現在の目的だ。

 人の多い中、建物の隙間を覗き込んだり、全力で猫を追いかけている様子を見て怪訝に思った人も何人かいただろう。


 こんなふうに僕が人の頼みで、人探し、動物探し、物探しをするのは珍しいことじゃない。


 猫に逃げられないように注意しながら少し歩くと心配そうにしていたある婦人が見えてきた。


「まあ、本当に見つけてくださいましたの!?」


「えぇ、どうぞ」



 猫が妙に暴れるので若干たどたどしくなってしまったが、抱きかかえていた猫は無事婦人の元に渡った。

 これにて一件落着だ。

 どんな仕事でも達成した瞬間はとても惚れ惚れするものだ。


「きゃ!もうミーシャちゃんったら心配したのよ??」


 婦人は猫を思い切り抱きしめる。

 なるほど、この様子を見る限り相当溺愛しているみたいだ。

 気難しい性格の猫なら逃げ出したくもなるのだろう。


「ええ、このくらいの事でしたら僕にかかれば他愛もありませんよ、マダム」


 できる限りかしこまりながら脱帽して礼をする。


「あら、お若いのに…まだお名前も聞いていませんでしたわ」


「僕はロットン・グラスバレー、探偵です。ロットとお呼びください」


 そう僕は探偵、探し物は親切からではなく、仕事に近い。

 であればこういうときに名乗るのに抵抗はない、馴染みのない街で名前を売っておくいい機会になる。


「私はタニアと言いますの。あらまあ探偵様でしたの?でしたら何かお礼を…」


「あ、いえいえ、すぐに済みましたし、私事のついでですから」


 先程仕事とは記したものの、僕はたまたま困り果てていた婦人のそばを通りかかって相談に乗っただけだった。

 探偵として依頼を受けたと言うほど大したことをしたとは思っていなかったので、お礼と言われて少しギョッとする。


「そういうわけには参りませんわ!たとえ今日のご都合が合わなくてもお礼に伺います。お住まいはこのあたりなの?」


「いや、僕はこのスタットの住人じゃなくて…カリエス村の方から」


 田舎村の名を出すのを少し躊躇してしまった。

 この街はどちらかと言えば上流階級の世帯が多く、その中には田舎を全部ひっくるめて、貧乏人や下流と見做し、よく思わない人も多い。

 田舎者だとわかったら対応が変わってしまうだろうか?

 探偵として名乗った身としてはすこし心配だった。


「あらあら随分北のほうからはるばる??それなら尚更ですわ!なにかできることはなくて?」


 心配は杞憂に終わった。

 特にそう言う偏見を持っている方ではないらしい。


「――ではお言葉に甘えて少し情報交換をしたいのですが、なにかこの町で変わった事などあればお聞きしたいです」


 元々この街にやってきたのは、少しの書類整理と、ついでに大きな仕事につながりそうな話題を探しに来ただけだった僕は、早々に切り上げようとこの質問を投げかける。

 大体は特筆するべき返答はなく、街に大きな異常はない、そうですか失礼します。

 ――と、流れは決まっていた。

 稼ぎにはならないが、事件なんてものは起こらなければ起こらないほど良いものだ。


「……変わったこと、ねぇ」


 おっと?

 タニア婦人は明らかに何か思い当たる節がある顔をしていた。


「私の家、このすぐ近くですのよ。ロットさん、寄っていかれないかしら?」


「ここで話せるような内容ではないのですか?」


「いえ、そういうわけではないのだけど…話すなら私よりも相応しい人が家にいるのよ」


 なるほど、となればこの人は心当たりがあるものの、当事者ではないのだろう。

 僕は少し考えて伺ってみる事にした。


「ふむ、分かりました。ではお邪魔させていただきます」


「ええ、そう来なくっては」


 タニア婦人は僕の返答を聞くと嬉しそうに案内してくれた。

 婦人が言うように目的地はとても近く歩いて3分ほどだった。

 豪華な門と広い庭を構えるそこは、家と一口に言うのはためらわれるぐらい立派なところだった。

 …こ、こんなところに僕がいて来てもいいのだろうか。


 玄関を通されると使用人の方々に手厚くもてなされた。

 数人のメイドさん達に気にかけられ、鹿内帽とコートを預け、部屋に通されるだけでも無駄に気を張ってしまう。

 できる限り紳士的な振る舞いをと心がけるために作法などを勉強しまくった日々を思い出す。

 別に高貴な建物に入ったのが初めてというわけではないけれど、基本田舎育ちの僕には客人役ですら荷が重いと思ってしまうのだ。


 タニア婦人は「少々お待ちになってくださいまし」とすぐに居なくなってしまった。


 僕は控えめに溜息を吐き、それから少し経って出されたとてもよく透き通ってる紅茶を砂糖を入れずに一口頂く。

 うん、とても美味しい。


「失礼いたします」


 しばらく待っていると、婦人と共に黒いタキシード姿でボブカットの黒髪の女性が入ってきた。

 片目が髪で隠れている。


「私の執事よ」


 僕が聞く前に答えが返ってくる。


「執事の方ですか」


「フランソワーズと申します、以後お見知りお気を」


 女性の執事を見るのは初めてだった。別に執事が男性でなくてはならないなんて決まりはないけれど、実際に目にしてもピンとは来ないものだ。

 少しだけぶっきらぼうなその人は15の僕から見ても少し年上ぐらいにしか感じない若さなのに、ただ者ではない風格を感じる。


 さて、この上流階級丸出しの空間に、何人ものメイドさん。

 これだけ腕の立ちそうな執事がついて居るところをみると、この婦人はやはりそれなりの富豪なのだろう。


 猫探しとはいえ、正式に依頼として請け負って、報酬をまともに貰おうとしていたら何が出てきたことやら…


 僕も立ち上がって、フランソワーズさんに改めて名乗り返し、いよいよ本題へと入ろうとする。


「それで本題のほうですが」


「ええ、フラン、話してくれるかしら?」


 婦人は一つ頷くと、執事に話すよう促した。


「かしこまりました。では僭越ながら――私はこの街の皆様からご相談を受ける事が多々ありまして…」


 これから起こる全ての事はこれがキッカケとなる。

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