第21話 せめて一太刀

 期間限定イベントのエネミー、金色の龍が吐き出すビームにアルフレッドが包み込まれた。


「——とでも思ったか?」


 気がつくとアルフレッドの身体はドラゴンよりもさらに上空にあった。その肩には、いつの間にかロビンが乗っている。


 ローグがスキルで逃がしたのだ。


「あ、ありがとうございますっ! ローグさん!」

「感謝する暇があったら、例の遠距離砲を早く出せ」

「は、はいっ!」


 しかしそれよりも先にドラゴンが彼らよりも上空へと飛翔する。


「自分より高い場所に敵がいるのがそんなに嫌か? なら墜ちろ」


 今度はロビンの手に収まる程度の小さいボールをスキルで作り出した。


「全員、目と耳を塞げ」


 音声通信でそれだけ言うと、ボールをドラゴンへと投げる。


「いやVRゲームでどうやって耳ふさ……」


 直後、地下全体を照らすほどの光と、鼓膜を貫きそうな甲高い音が響いた。


ゴガアアアアア!?


 バリアも直接的な攻撃しか防げないようで、ドラゴンは真っ逆さまに落下していく。


 アルフレッドが着地したあと、少し離れた所でなにかが落ちる音がした。


「スタングレネードですか。流石ですね、ローグさん」

「あと一回しかスキルが使えなくなったがな。だが、そろそろお前もなにか思いついただろう?」

「え? 落とし穴より良い案あったのか?」

「……はい。作戦プランならあります。ただそのためには、アインさんのスキルがある程度発揮された状態でないと……」

「なんだ、それなら簡単だ。ちょっとその剣一本貸してくれるか?」

「……?」


 訝しみながらも、アメリはデフォルト装備の双剣、その片方を差し出した。


「ふん!」


 それをアインはあろうことかリクテンオーの尻に突き刺した。


「よし、これで耐久値半分ぐらいになったな!」

「いやなにしてるんですかあああぁぁぁ!?」


 絶叫するアメリ、呆然とするハルたちをよそに、アインは尻から剣を引っこ抜いた。


「そう騒ぐなって。ちゃんと返すから」

「返さなくて結構です!! ミッション中使ってもらって構いませんから!!」


 アメリは咳払いを一つして話を戻した。


「しかし作戦プランを実行するために、もう一つ準備が必要になります」


 そこで彼女はさっきから一言も喋らず、全く動いていないMUSASHIを見た。


「ローグさんの意識を取り戻すことです」


 ドラゴンの他にも一人だけ、スタングレネードの被害に遭った者がいたようだ。


                   ※


 五人はドラゴンの前に並び立った。


 いや、ロビンだけはアルフレッドの遠距離砲の発射台で既に狙いを定めている。


 ジャンヌも遠距離砲撃型から近接戦闘型に装備を換装していた。


 敵の方は二度も小細工に嵌められたことに立腹しているのか、低い呻り声を上げている。


「お前らコレマジでやんの? 下手すると全滅だろ」

「ですが、このままではジリ貧です。ここはリスクを負ってでも打って出ましょう」

「それに、こういうのは俺好みだしな」


 そんな会話を知る由もないドラゴンはバリアを纏ったまま突進してきた。


 大質量で押し潰すかのような攻撃。


 だが『リバイバーズ』にもそれが可能な者がいる。


「プランBです! ハルさん!」

「はいっ!」


 六十メートルという最大級の機体サイズを誇るアルフレッドも、負けじとドラゴンにぶつかっていった。


 その光景はまるで鬼と龍による相撲のようにも見える。


 しかし均衡は長く続かない。


 ドラゴンはアルフレッドの顔に向かって口を開けた。


 確実にビームが飛んでくる。


「それを待っていた」


 しかしローグはその瞬間、遠距離砲の引き金を引いた。


 弾丸は口の中に消え、直後ドラゴンが悲痛な叫びを上げた。


「アメリさんの予想通りでした! バリアが少しだけ消えてます!」


 ハルは弾丸の軌道上、バリアの『穴』に腕を突っ込んで、マシンガンとキャノン砲を連射した。


 アメリの作戦、というより考察はこう。


 金色のドラゴンの武器は強力なビームと、どんな攻撃も受けない全身を覆うバリア。


 ならばビームはどうやって通っているのか?


 アメリはビームにはバリアを透過する性質があるか、攻撃の瞬間に一部、或いは全体のバリアが解除されているのではないかと考えた。


 前者ならどうしようもないが、後者なら対抗できると考えたのだ。


 そしてここまでが作戦Bの第一段階。


 ちなみにプランAはドラゴンとの距離がある状態でビームを仕掛けてこようとした場合、『魔王の拳』で吶喊する捨て身戦法だった。


「お前ら、しっかり掴まっとけよ!」


 スキルでパワーが増したリクテンオーはジャンヌとMUSASHIを抱えたままアルフレッドの身体を飛び移り、砲身の上に立った。


「おい邪魔だ。行くなら早く行け」

「おう!」


 リクテンオーは砲身で助走をつけてバリアの隙間へ突入する。


「『魔王の拳』、射出します!」


 さらにハルがもう一つのコンテナから後を追うように巨大な腕を射出した。


「よっしゃ! あのでけぇツラにグーパン叩き込んでやらぁ!」


 黒い腕を装着し、加速をつけてドラゴンへ向けて飛んで行く三人。


 ただし支えがなくなって落ちそうになったジャンヌが必死になってリクテンオーの脚に掴まっているが。


「あ、あの! こういうのってどちらかというとマイトさんの役目では!?」

「しれっとなに言ってんだテメーはぁ!?」


 だが龍もやられっぱなしではない。


 いまだ降りかかる弾丸を受けながらもビームを放った。


「うおっ!?」


 咄嗟に『魔王の拳』を外して直撃は免れつつ、バリア内部に侵入した三機だが、『魔王の拳』は爆発音を上げて破壊された。


 さらにビームはその先にいたアルフレッドの両腕、さらには頭部に直撃する。


「ハルさんっ!」

「たかがメインカメラをやったぐらいで……いい気になってんじゃねええええええええええええええええええ!!」


 半透明になりながらも鬼の形相になったアルフレッドはドラゴンの背、正確にはそのバリアの上に飛び乗って、地団太を踏むように蹴り始めた。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ!!」

「え!? 上取ってるんだから無駄無駄じゃねぇの!?」

「そんなことを気にしている暇はありません! 二人とも作戦プラン通りに!」


 そう言うとアメリ、マイトはドラゴンの翼付近に、アインは顔面へとくっついた。


ゴアアアアアアアア!


 当然そんな状態を許すはずがない。


 ドラゴンはメチャクチャに身体を捻って振り払おうとした。


「くっ……!」


 アメリは振り落とされまいとしがみつきながら翼の付け根に長剣を突き立てるが、金色の鱗も堅く、弾かれてしまう。


「クソッ! おいアイン! ちょっと本気出すから、コイツを大人しくさせとけ!」

「任せろ!」


 アインは小盾からそれぞれワイヤーを出し、ドラゴンの両前足に巻きつけた。


「ふんんぬぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」


 スキルが発動しているとしても、圧倒的な体格差。


 腕もワイヤーも悲鳴を上げている。


 しかしそれでも、ドラゴンの動きはいくらか激しさを失った。


「……上出来だ」


 マイトは不敵に笑うが、それは一瞬。


 すっと目を閉じ、数秒、精神を集中させた。


「!!」


 ――一閃。


 神速で刃を振りきった直後、金色の翼が地に落ちた。


「まぁ片方だけだが、これでもう飛べねぇだろ。ラスト決めろ!」


 マイトはアルフレッドと共に上にいたロビンを見た。


「ああ」


 ローグが最後のスキルで作り出したもの、それは――


ドオオオン!!


シンプルかつ強力、ドラゴンをすっぽり覆うほど巨大な地雷である。


 それをそのままドラゴンのいる地面に設置したのだ。


ガアアアァァ……!


 ドラゴンはゆっくりと倒れ伏した。


 さらにバリアも解け、アルフレッドとロビンもドラゴンの背に落ちてきた。


「やりまし……」

「うがあああああああ!!」


 しかしハルはまだドラゴンを踏み続けている。


「あ、あの、ハルさん……」

「ま、俺らが本気出せばこんなもんよ」

「あぁ、全員で掴んだしょう……」


 だが頭にいたアインは気づいた。


 ドラゴンの眼が動いたことに。


「!? まだだ!! コイツまだ生きてるぞ!!」

「「「!?」」」


ガアアアアアアアアアアアアッ!!


 龍は雄叫びを上げて再び立ち上がった。


「上等! こっちはバリアの内側にいるんだ! 五人で袋叩きにしてやるぜ!」


 だがドラゴンは五人とは全く別の方向へビームを放った。


「なにを……? っ! 全員ビームの軌道を注視してください!」


 しかしそれは不可能だった。


 ビームはバリアに反射されて軌道を変え、さらには鱗すらもビームを反射し、複雑な軌道を描かせた。


 龍を守るバリアは五人の檻となり、ビームは光の槍となって五人を貫く。


 彼らの叫びが地下に響いた。


                   ※


「み、みなさん、まだ、闘えますか……?」


 アメリが他の四人の無事を確認しようとするが、彼女の機体ジャンヌも鎧は砕かれ、さらには右脚を破壊されて立つこともままならない。


「生きてはいるが、両脚と武器をやられた。悪いが囮ぐらいにしかなれない」

「へっ、ザマァねぇな。……まぁ俺も、刀と右腕が逝ったから、もう逃げ回るぐらいしか出来ねぇけど」


 元から頭部と両腕を破壊されていたアルフレッドは、さらに胴体にいくつもの穴が開いたまま沈黙している。


「俺も左腕持ってかれて、どてっ腹に穴開けられたが、まだなんとか剣は振り回せる。あと一回攻撃が掠っただけで墜ちるだろうけどな」


 アインはリクテンオーを立ち上がらせると、背中のムラマサリバーを引き抜き、正面にいるドラゴンにその切っ先を向けた。


 その姿、否、その剣にアメリは一つの疑問を持った。


 腹部を貫かれたはずなのに、なぜ剣は傷一つついていないのか。


(たしか、最初の攻撃のときも……)


 アインは咄嗟に背を向け、剣でビームを防いだと言った。


 そのときはダメージを一切受けていなかった。


(まさか……!!)

「アインさん! その剣にはビーム攻撃を防ぐ能力があるはずです! おそらくイベントの特攻武器というのは、その剣です!」

「マジか……! なら、せめて一太刀、報いてやらぁ!!」


 リクテンオーはドラゴンへ一直線に駆け出した。


 しかし視界の端から金色の前足が迫ってくる。


「避けてください! アインさん!」


 だがアインは逆に立ち止まり、これを受け止めた。


 ただし、アメリから借りていた剣で。


 剣にワイヤーを巻きつけ、小盾に括りつけていたのだ。


「俺の仲間の腕やら脚やらを潰したんだ。テメェも足の一本ぐらい持ってかねぇとフェアじゃねぇよなぁ!?」


 足を剣から引き抜けないようにかぎ爪で固定する。


「三段撃ちぃっ!!」


 剣のついた盾が射出され、関節まで貫いた。


 ドラゴンがバランスを崩すと同時に再び走り出すリクテンオー。


 しかしドラゴンは再びビーム攻撃の構えを取った。


 まだ一機と一頭の間には距離がある。普通に斬ろうとすれば確実に間に合わない。


 普通に斬るのならば。


「オオオォォォラアアアァッ!!」


 リクテンオーは最後の力を振り絞り、剣を投げた。


 遅れてドラゴンもビームを放つ。


 しかし回転しながら飛ぶムラマサリバーは、触れたもの全てを消し去る光を切り裂き、金色の龍すらも真っ二つに両断した。


 なにも斬れない、鈍器のように扱われてきた大剣が、初めてなにかを斬った瞬間だった。


 両断されたドラゴンは、ズルリと半身が落ちたあと、残った半身も倒れた。


「……よっしゃあっ!!」

「やりましたね、アインさん!」

「……なんだか、似たような光景をずっと昔にも見た気がしますね」

「そうだな」

「いや、そもそもアレでさっさと斬れば終わってたってことだよな? っつーか特攻武器っていうか、特攻過ぎじゃね?」


 それからイベントの期間一杯まで、リバイバーズはこの金色の龍を狩って狩って狩りまくりましたとさ。

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