第18話 オフ会をしましょう

「オフ会をしましょう!」


 アメリの一言でモニターにはデカデカと『オフ会』と表示された。


「早ぇな。もうサブタイ回収か」

「つーかどうした? 俺らの世話役やりすぎてとうとう頭パンクしたか?」

「そっちの世話をした覚えはありませんっ!」


 顔を紅潮させながらズレた返しをしたものの、改めてアメリは表情を引き締める。


「このオフ会は、来たるべき闘いに備えて直接顔を合わせることで、私たちの強みであるなぜか上手く取れる連携、チームワークをより強化するために行うものです」

「理由がよくわかっていないのは強みとは言えないんじゃないか?」

「そもそもこの中の半分以上は四六時中顔合わせて……あ」


 そこでアインは肝心なことに気づいた。


「待った。スパイがくれた情報とか、来たるべき闘いってのを知らねぇんだけど」

「あぁ、そうでしたね。実は彼が七月の上旬に超強力なエネミーの討伐ミッションが期間限定で出現することを教えてくれました。その強さは、あの『ユニバース』ですら苦戦するだろうという話です。ただしそのミッションの報酬から製作できる装備は、AGFの闘いを進化させる、と」

「ある武器がそのエネミーに特攻効果があるとも言っていました」


 ハルが情報を補足したが、AGF内の武器など無数にある。それを全て手に入れて準備しておくなど不可能だろう。


「なるほど。それは楽しみだ。けど、オフ会やるとしたら東京だろ。俺とローグはともかく、二人は大丈夫か?」


 アインはハルとマイトに視線を移した。


 AGFは海外のユーザーもいる。初期設定で言語を指定すれば、相手の言葉が翻訳されるようになっている。つまりアインの言葉も他の二人からは英語や中国語で聞こえている可能性もあるということだ。


「あ、大丈夫です。私も東京に住んでます」

「俺も」


 しかし今回は距離的な心配はなさそうだ。ただし……。


「まぁでも、とりあえず行けたら行くわ」

「あ、私も、急に用事とか入っちゃうかもしれません。ごめんなさい」

「わかりました。一応五人で予約をしておきますね。日時と場所は……」


 アメリが段取りを始めたところで、アインはローグに耳打ちした。


「おい、これであの二人来なかったら『学校でやればよかったんじゃね?』ってことにならねぇか?」

「来なければな」


                   ※


 数日後、具体的には土曜日。


 信太郎と一真は、撫子の案内でオフ会を行う場所にやって来た。


「……待て待て待て。本当に会場はここなのか? 道に迷ったとかじゃなくて? っていうかそうであってくれ」

「もちろんここです。私も何度か足を運んだことがあります」


 三人がいるのは武家屋敷みたいな外装の料亭。その入り口である。


「一応確認しておくが、例のお前の自称婚約者がいる場所ではないんだろう?」

「流石にあんな一件があって気軽には来られないです」

「いや気にするところそこじゃねぇだろ。普通オフ会って言ったらカラオケボックスとかだろ?」

「カラオケボックスはカラオケを楽しむところでは?」

「あー……そうなんだが……まぁいいや」


 信太郎は久し振りに撫子がお嬢様であることを実感していた。世間知らずというわけではないが、どこか一般人とズレている。


 ちなみに料金は全て撫子持ち。信太郎としては自分の分ぐらいは払うつもりでいたが、ここに来てそれは不可能だと悟った。


「撫子様ですね? お待ちしておりました」


 などと言って見るからに女将さんとおぼしき女性が出迎え、案内されたのは石庭が見える広い部屋。遠くからはししおどしの「カコン!」という小気味良い音が聞こえてくる。


「おい、これやっぱり過半数が学生のオフ会で来る場所じゃねぇだろ。ドラマとかで会社の幹部が悪巧みする場所だろ」

「それを俺に言ってどうする?」

「こんなの絶対ハルもマイトもわからねぇだろ。目の前まで来ても道間違えたと思うだろ」

「ご友人様がお見えになりました」

「お見えになるのかよ!?」


 しばらくすると、障子の向こうに誰かが立っているのがわかった。そのシルエットは……。


「女性。ということは……」


 ここまで平然としていた撫子も、いざ本人に会うとなると緊張してきたようだ。


 障子がスッと開く。


「初めまして、『ハル』です……あら?」


 それは三人もよく知る顔だった。


「なんでここに先生が!?」

「いつも通り『柴ちゃん』って呼んでくれていいのよ? 小田君」


 おっとり、穏やか、そういった言葉がしっくりくる彼らの担任、柴昌香しばしょうかだった。


                  ※


「ですが、変な気分ですね。学外、それもプライベートで自分たちの担任と会うなんて」

「私もビックリしたわ。でも改めて見ると、貴方たちゲームのアバターとあまり変わらないわね」


 四人はとりとめもない会話を交わしていた。


「あ、そうそう。改めてありがとうな、あの新装備。アレがなかったらちょっとマズかった。膝に矢じゃなくて弾丸受けてたし」

「ふふ、どういたしまして」

「でも先生がロボやメカ好きだとは思いませんでした。国語の教師ですよね」

「趣味と仕事は別物よ」

「人は見かけによらないとはよく言ったものだな」


 そんなとき、再び障子が開いて女将さんが顔を見せた。


「もうお一方、ご友人様がお見えになりました」


 もう一人、それが誰なのかはこの時点でわかる。


「マイトも来たのか。来ねぇやつのテンプレみたいなこと言ってたのに」


 その数秒後、開いた障子からひょっこりと顔を覗かせたのは――眼鏡をかけた少女。


「あ、あの、遅れてごめんなさい。前田まえだ利華りか……じゃなくて、『ハル』です」

「「……え?」」


 さっき彼らの担任が名乗ったプレイヤー名は『ハル』。


 この眼鏡女子が名乗ったプレイヤー名も『ハル』。


 そしてどっちがゲームの印象と似ているかと言われれば、眼鏡女子。


「え? ……えっ? あの……アインさんたち、ですよね……?」


 信太郎と撫子につられて眼鏡少女までも混乱する中、昌香が急に立ち上がった。


「……じゃ、そういうことで」


 しかし出て行こうとする彼女の肩を一真が掴む。


「まぁ待て。せっかく来たんだからゆっくりしていけ、『マイト』」

「はぁ!? 柴ちゃんがマイト!? あの!?」

「少なくともあの男が俺たちに近い人間だというのは予想していた。アメリ……撫子の家のことを聞いても全く驚かなかったのがいい例だ」

「ほ、本当ですか? 先生……?」


 少しの間だけ昌香は沈黙していたが、軽く舌打ちしたあと、髪をボリボリかいた。


「テメーら絶対広めんじゃねぇぞ。宿題倍にするぞ」


 その顔は普段のおっとりしたものではなく、AGFで見るマイトのそれだった。


                   ※


「そりゃこんな所でタダメシ食えるなら来るわな。それより酒はねぇのか?」

「ありません」


 担任の本性を知って撫子はご機嫌斜めといった様子だ。


「しかし柴ちゃんが大抵のことは撫子に任せてたのにはこれで納得がいった。マイトだからだ」

「でも四人とも同じクラスにいるっていうのは、ちょっと羨ましいです。私だけ仲間ハズレみたいで……」

「それならうちの高校入れよ。来年か再来年ならまだいるからよ」

「え……?」

「いや……中学生だろ?」


 利華――ハルは五人の中で一番小柄で身長は百六十センチ前後しかない。


「あの……私、大学の一年生です」

「えっ!? マジ……あぁ……たしかに」


 彼女の顔から少し視線を下げると、ゆったりとした服でわかりにくいが、『そこ』の成長具合は大人だった。下手すると撫子すら超える。


「つーかお前らのその胸のサイズは嫌がらせか? こちとらCだぞC」

「そんなことより、お前には聞きたいことがある」


 態度も発言もオッサンみたいになっている担任に、一真はなにかを訊ねようとした。


「なんだ? 期末テストの問題ならまだ作ってねぇぞ」

「あの剣術はどこで覚えた? その性格なら道場に通ったというわけではないだろう。それに実践的な上に、ただ不良が棒切れを振り回しているのとはわけが違う」


 昌香は軽く鼻で笑うと、冗談っぽく答えた。


「前世で親に勘当同然で家を追い出されて、『剣聖』とかいう爺さんに叩き込まれた剣術をいまでも覚えてるって言ったらどうする?」

「なに……?」


 これには一真だけでなく四人とも耳を疑った。


 同じ話をある男から聞いたことがあったからだ。


 それも『今』ではなく。


「ついでにその爺さんが死んじまったあと、魔王を倒すとかほざく連中に金で釣られて仲間になって、挙句に魔王を倒した帰りに毒キノコ食って死んだ。……とか、そういう話だったら笑えるよな」


 昌香は笑っていたが、他のメンバーは笑っていなかった。引いてもいなかった。


 ただ呆然としていた。


 その様子に昌香の笑い声も途切れる。


「お、おいおい。笑うところだろ? こんな冗談みたいな話」

「あ、あの……私からも一つ聞いてもいいですか……? その魔王の名前って、『ヘル』、ですか……?」


 利華が唇をわななかせながら訊ねた。


「あ? なに言ってんだ?」

「なら……、その魔王を倒したという一行は、お前を入れて五人だったんじゃないのか?」

「だからなに言ってんだ?」

「その前世でいた世界の名前は……っ! 『イースピック』、というんじゃありませんか……?」

「なっ……なに言ってんだっつってんだろっ!!」


 昌香は荒々しく立ち上がったが、それは怒りや苛立ちからではなく、畏怖。


「なんでテメーらが、そんなことまで知ってんだよ!?」

「つまり……こういうことだろ」


 信太郎も口を開いたが、その顔は引きつった笑みを浮かべていた。


「俺たちは昔の記憶を引っさげて、またこうして集まったってことだ」

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