第17話 三段撃ち

 言いたいことだけ言って音声通信を切ったアインだが、その間も銃弾を受け続けていた。


「しかし久し振りだな! お前とこうしてケンカするのは!」

「ガキの時点でわかったからな! お前と殴り合っても絶対に勝てないって!」


 押されているのはリクテンオーの方だが、表情だけ見れば逆のように見える。


「でも気に食わないことに変わりはない! お前の方がバカなのに、どいつもこいつもチヤホヤすることに! だから必死になって勉強した! お前より優れているんだって証明するためにっ!」

「お前は俺に囚われ過ぎなんだよ! もっと外に目ぇ向けろ!」

「たかが一年俺より長生きしてるからって、偉そうなこと言ってんじゃねぇ!」

(いや一年っていうか、倍ぐらい?)


 アインは苦笑したが、それも一瞬。構わず弟にも気持ちをぶつけた。


「そもそもお前の方が賢いことぐらい知ってんだよ! 市も、父さんも母さんも! ついでに俺はお前が本当はドルオタで、高校受験に必死になり過ぎて最近オタ活出来てないのがイライラの理由の大半だってことも知ってる!」

「オンラインでなにカミングアウトしてんだァァァ!!」


 怒りに身を任せ軍配型の銃を乱射した。


 しかしリクテンオーはムラマサリバーを一振りして弾丸を両断する。


「!?」

「じゃそろそろ、反撃開始といくか! オラァッ!」


 アインは勢いよく大剣を投げつけた。


「待ってたぜソイツを!」


 だがシンゲンは地面をひと際強く踏んで跳び上がり、これを回避した。


「事前に調べて、ソレが遠くの相手を攻撃する唯一の手段だってことは知って……グオッ!?」


 しかし突然、下から強い衝撃を受けて落下してしまう。


「クソッ……! なにが……!?」


 すると近くに転がっていた兄の大剣が、まるで意志を持っているかのように持ち主の元へ戻っていく。


 よく見ると柄にワイヤーが巻きつけられていた。それは過去の戦闘データにはなかった盾まで伸びている。


「結構使えるな。この掃除機のコードみたいなやつ」

「正式名称は知らないが、絶対そんな名前じゃないだろ!」

「ちなみにこういう使い方も出来るってことをいま思いついた!」


 今度はリクテンオーの左腕の盾からワイヤーを射出し、まだ起き上がれていないシンゲンの胴体を絡めとった。そして巻き取る力を利用して一瞬で距離を詰める。


「コイツで決めてやらぁ!」


 リクテンオーは剣を手放し、拳を握り締めた。


「三!」


 リクテンオーの重い拳がシンゲンの鳩尾に叩き込まれる。


「段!」


 そのままかぎ爪が展開しシンゲンの身体に食い込む。


「撃ちぃ!」


 そして盾が発射され、胴体を貫いた。


「……クソッ……!」


 ケンタウロス娘はこうして沈黙した。


「……さて、向こうもケリがつく頃か」


                  ※


「はあっ!!」


 ジャンヌは怒濤の攻撃を繰り出し続けていた。


 しかしカール大帝に明確なダメージは与えられていない。


「君はもっとスマートだと思っていたんだが……! あ、もちろん体格じゃなくて賢いって方ね!」


 ウィンターが苛立ち混じりに話しかけてきたが、アメリはそれに一切答えず攻撃を続ける。


 そしてついに――。


「アレ? なんかスピードが遅くな……ってああ!? 耐久値が!」


 装甲こそ傷ついていないが、カール大帝の耐久値は残りわずかとなっていた。


「そのスキルは本来短期決戦向けのもの。スキルを使えるだけの耐久値がなくなる、この瞬間を待っていました!」


 ジャンヌの攻撃がさらに苛烈さを増していく。


 ハートのクイーンはそれまでの余裕が嘘のように、これをおっかなびっくり剣で受け止めるだけで精一杯だ。


「だ、だがっ! こっちは大枚はたいて手に入れたセレブ装備! これならチャンスは……!」


 しかし言い切る前にカール大帝の剣は後方へと弾き飛ばされた。


「貴方自身の技術が、それに追いついていません。まして、敵意も殺意もない剣で、私は倒せません!」

「そんな……! 俺は、俺はただ、本当に君と一緒になりたくて、それだけだったのに……!!」


 だがこれを聞いた瞬間ジャンヌの太刀筋がさらに激しくなり、カール大帝は徐々にその豪華な装甲を破壊されていく。


「肉体関係目当てだったんですか!? 絶対に許しません!!」


 「そういう意味じゃなあああい!!」というウィンターの叫びと共に、裸の王様ならぬ裸の女王が斬り伏せられたのだった。


BATTLE FINISH!


「アインさんも決着がついていたようですね」

(でも、ただ名前が同じだけだったとしても、あの人に『隣にいてほしい』と言ってもらえたのは、嬉しかったですね……)


 彼女は“かつてのアイン”に出会ったときのことを思い出した。


                  ※


「旅について行きたい?」


 アメリが住む城の城下町と街道の境で、アメリは魔王を倒すと嘯く少年を呼び止めた。


「はい。戦闘の心得はあります。いまこの世界で生きる人々は精神的にも疲弊しています。そんな人々の心に希望の光を……」

「あー……その話って長くなる?」


 アインは面倒くさそうに耳をほじっている。どう考えても一国の姫に対する態度ではない。


「じゃ歩きながら聞いてやるから、好きにしろよ」

「え……? えぇ……」

(アレ? 私の回想これだけですか……? いやたしかに二つ返事でしたけれど……。それにしても、いまにして思えば当時の私はくっころ女騎士みたいにいたぶってやりたくなりますね)


 それだけこのときのアメリはなにも知らなかった。世界の実情も、己の正義の浅はかさも、自らの非力さも。


 他の仲間がバケモノ揃いだったこともそれに拍車をかけた。彼女に出来たことは、彼らに指示を出すだけ。


 だから彼女はいまだに“二つの後悔”があった。


一つは為政者としての責任を果たせなかったこと。


 もう一つは、最後の闘いでも戦力になれなかったこと。


(だから誓っていたのでした。また大切な人たちと事を成すとき、隣にいられるようになると。いつのまにか横ではなく、人々の先頭に立つようになって忘れてしまっていましたけれど)


                  ※


「蓋開けてみれば楽勝だったな」


 安全地帯でそれぞれの闘いを終始見ていたマイトが呟いた。


「だが少なくとも、アインが勝てたのは新装備のおかげだ」

「僕、なんとなくわかった気がします。この部隊の強さの秘密が」


 スパイは興奮冷めやらぬといった表情だ。


「単純に仲が良いというわけじゃなくて、お互いのことを理解し合って、自分の強みで仲間を支える。この部隊は、もうチームとして完成してるんですね」

「まぁたしかに、妙に連携は取れてるよな。まだ会って二ヶ月半ぐらいなのに」

「一ヶ月半ぐらいじゃないですか?」

「え? あ、そっか」

「でもこれで、良い報告が出来そうでホッとしました。……あ」


 その一言で三人の視線がスパイに集中した。


「「……やっと尻尾を見せたな」」


                  ※


「もがーっ! もがーっ!」

「……これは、新手のパワハラ、ではありませんよね……」


 仲間が観戦していた安全地帯に行くと、なぜかスパイがパンイチで逆さ吊りにされ、顔を水の入った桶に浸けられていた。


「見りゃわかんだろ。スパイの尋問だよ」

「そりゃ名前がスパイなんだから当たり前だろ」

「そういう意味じゃなくて、この子、本当に間者……えーとつまり、私たちの情報を盗むためにどこかから送り込まれたスパイだったみたいなんです」

「へぇー……え、マジか!? どこから!?」

「それをいま聞き出そうとしている」


 引き上げられたスパイは助けを求めるような目でアインとアメリを見ていた。


 もっともここは仮想空間なので、溺死するということはまずないが。


「オラ吐けコノヤロー。どこの回しもんだ? この間の曹魏とかいう部隊の連中か?」

「い、言います! 言いますから! 運営です! 運営からみなさんの監視をするために送られたんです!」


 その場にいた全員の思考が止まった。


「……ウンエイ? そんな部隊あったか?」

「ウンエイじゃありません、運営です」

「アレか? しょっちゅう胸まる出しの描写とかしてるから、カクヨムの運営が寄越してきたのか?」

「そこまで知名度があるわけではないので、AGFの運営では?」


 四人が冷や汗を流す中、この男だけは冷静だった。


「お前が本当に運営の人間だという証拠は?」

「え、えーと……普通こんなほとんど無名の部隊に入りたい人はいない……じゃダメですか?」

「たしかに、普通はそうですよね」


 アメリは納得していたが、アインはガックリ肩を落としていた。


「しかしそれなら、なぜ私たちのような部隊の監視を?」

「実は、先日違法改造された装備を使用したプレイヤーが大量に判明してアカウント停止処分を行ったんです」

「「……!!」」


 これに約二名の顔が強ばる。


「そのときマイトさんとアインさんも処罰しろと多くのプレイヤーが言っていました。その上この前の部隊戦でも格上であるはずの曹魏に勝利したことで運営としても怪しいと判断し、こうして調べに来たんですが、取り越し苦労だったようです。接触した形跡はありましたが、ここにある装備はすべてAGFのルールに則ったものです」


 後に二人はこのときのことを地獄から天国に引き上げられたような気分だったと言う。


「で? まさか無実の人間を疑っといて、運営がプレイヤーを騙して、なんもなしはねぇよなぁ?」

「じ、じゃあ、あの……」


 スパイに絡むマイトの姿は、まるで小学生にイキるチンピラのようだった。


「ま、スパイの方はこれで解決として、問題はコイツらだ」


 アインは振り返り、床に正座させられているウィンターとウィンド――兵司と勝次を見た。


「まさか、お前らだけ一方的に条件突きつけといて、自分たちが負けてもなにもないなんて美味い話があるわけねぇよなぁ?」


 これにウィンドが不満そうな視線を送る。


「さっきは特にないって言ってなかったか?」

「さっき思いついた」

「わかったよ。なんだって言うこと聞いてやる」

「あの、あんまり気軽に『なんでも』とか言わない方がいいと思いますよ?」

「言っとくが、こっちでの金はリアルよりはないぞ!?」


 だがアインの出した要求は意外なものだった。


「お前ら俺の部隊に入れ」

「「ええええっ!?」」

「「はああぁ!?」」


 これには敵も味方も驚くしかなかった。


「アインさん正気ですか!?」

「もちろん理由は色々ある。まずたった数日でそれなりに闘えてたんだから戦力として見込める。それにそのストーカーの情報収集力はたいしたもんだし、うちの弟はかなり賢い。アメリほどじゃないが」

「おい、それ嫌味か?」


 しかしウィンターは歓喜している。


「やったアアアア! これで四六時中撫子と一緒だアアアア!!」

「あとは野良イヌに首輪をつけるためだな。口約束なんざいくらでも反故に出来るだろうし」

「そういうことでしたら……」


 アメリも不承不承という風ではあるが承諾した。


「お前らもいいよな?」

「アインさんがそう決めたのなら……」

「ん? あぁ、好きにしろ」

「俺も構わないが、別件で聞きたいことがある」


 三人も承諾したが、ローグだけは少し違った。


「お前が反撃に転じる少し前だ。なにを照れていた?」

「あっ……」

「……!」


 アメリだけはそれに心当たりがあった。と、同時になんだか思い出して恥ずかしくなってくる。


(それって多分、あの音声通信のことですよね? それにアインさんが照れる箇所があったとすれば、最後の『隣にいてほしい』発言。あれって冷静に考えてみれば、こ、告白なのでは……!?)

「……秘密ー」


 しかしアインはそっぽを向いてそれ以上は喋らず、聞いた本人も「そうか」とだけ返して追求しなかった。


(うぅ……、これじゃ噛んだから照れたのか発言内容に照れたのかわからないじゃないですか。余計気になります……!)


 アメリはそっと近づいてアインに耳打ちした。


「あの、アインさん、なにに対して照れたんですか? もちろん、誰にも公言しませんから」

「秘密ー」


 しかしアメリの問いにも答えようとはしない。


「あの、私の場合は余計に気になるんですが……」

「はい、じゃあ今日は中坊もいるし、今回はこれでかいさーん」


 アインはそそくさとログアウトして逃げた。


「あ、また……!」


 後日学校で問いただしても、これだけは答えなかったという。


                  ※


 部隊戦の翌日、二人の中年男が密会していた。


 撫子の父親と兵司の父親である。


 口火を切ったのは撫子の父。


「昨日娘が、婚約の話は解消したいと言ってきた。それと合わせて、仕事に悪影響を及ぼすかもしれないと謝ってきた。長女はどこか自己犠牲的なところが昔からあったが、あれほどとは思わなかった」


 そこで深々と頭を下げた。


「だが、娘たちには家庭や私の仕事と関係なく、自由に生きてほしいと思っている。どうか兵司君との婚約の解消は、私の不徳ということで、手を打ってもらえないだろうか」


 しかし兵司の父親の口から出たのは、予想外の内容だった。


「え!? そんな話聞いてないけど!?」

「……え?」

「どうせうちのバカ息子がなんかやらかしたんだろうから、帰って聞いてみるわ! むしろなんかゴメンネ!」

「えぇ……」


                  ※


「じゃあ、婚約の話は嘘だったんですか?」

「はい……」


 そのまた翌日のこと。


 アメリは気まずそうに真相とその後を語った。


「何年か前のパーティで見かけたときに一目ぼれされたみたいでして……」

「それを婚約者と偽っていたわけか」

「本当にいるんだな。そういう自分のついた嘘を本当だと信じて疑わねぇとかいうイカれたやつ」

「いえそれが、嘘をついていた自覚はあったみたいです。それでそのことがウィンターさんの父にバレて、実家でシゴ……鍛え直されているようです」

「なぜ言い直した?」


 次いでハルはアインの方を見た。


「アインさんの弟さんも、結局来てないですね」

「あぁ、『受験生なめてんのか』ってキレられた。ついでにあんまりしつこく誘ったら妹に言いつけるぞって脅された」


 これには聞いた本人も愛想笑いで返すしかなかった。


「結局、元の五人に逆戻りか」

「たしかに人数は変わっていません。ですが、前進することは出来ます」


 アメリはパイプ椅子から立ち上がり、四人の前に立った。


「おとといマイトさんがスパイ君と交渉をおどして、どのプレイヤーよりも先に有益な情報を手に入れてくれました。これを十分に活用するために、私たちに必要なことがあります。それがコレです!」


 そう言ってモニターに映し出された言葉。それは彼らが真の一歩を踏み出す闘いの狼煙だった。

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