第16話 隣にいてほしい

 アメリのストーカーが不法侵入してきた翌日、彼らの元にメールが届いた。差出人は斎藤兵司。


「なになに……『この俺が庶民相手に勝負を挑んでやることを光栄に思え。対戦日時は三日後の午後八時。勝負内容は二対二で、先に敵を全滅させた方の勝利。ただしそちらは撫子と鎧ポニテ野郎とする。あ、それと俺たちが勝ったら撫子は貰っていくからな!』って、鎧ポニテって俺のことか」

「お前以外に誰がいる」

「対戦場所のデータも送られてきています」


 そこはボロボロになった夜のビル群で、視界も足場もかなり悪そうに見える。


 ちなみに先日のアインとマイトの一件があったので、とんでもない取引が反転文字で書かれていないか確認したが、それはなかった。


「でも変ですね。アインさんはともかく、なんでもう一人は私なんでしょう?」

「たしかに、勝ちたいなら僕とかの方がいいですよね?」

「この二人相手なら勝てると判断した。つまり、対策を取ってくる可能性があるな」

「対策……」


 ローグの言葉を聞いて、ハルはなにか考え込んだ。


「まぁあんな典型的なかませが相手なら、また面倒な会議をする必要もねぇだろ。っていうか俺は今回関係ねぇし」

「……そうですね。相手の情報がまったくありませんし、私とアインさんだけなら、その場で臨機応変に闘った方が……」

「あ、あのっ! それなら私、アインさんに相談があるんですが……!」

「俺?」


                  ※


 二人は隣の巨大格納庫――そこに立つリクテンオーの前に移っていた。


「リクテンオーに追加装備?」

「はい、リクテンオーのコンセプトはとてもわかりやすく、アインさんのスキルとも良く噛み合っていると思うんですけど、わかりやすさ故と言いますか、その……」

「ハッキリ言っていいんだぞ。他の連中と比べて弱点が丸わかりだって」


 ジャンヌは万能。ロビンは接近されれば危ういが、スキルでカバーできる。アルフレッドは特殊過ぎるので除外。MUSASHIは防御力こそ皆無だが、マイトの技量と合わさってその身軽さが回避力に直結している。


「で、俺のはロビンみたいなタイプにチクチク撃たれてちょこまか逃げられたらどうしようもない、と」

「銃火器やブースターの追加をすると重さでいま以上に動けなくなってしまうので、機動性はスキルで補ってもらうとして、私が考えているのは……」


 ハルはなにかのイメージ図をアインに見せた。


「ああ、その手があったか! いいな、コレ! ……ん? この横にくっついてるのは?」

「それは今回みたいに私が戦闘に参加できないときや、すぐに『魔王の拳サタン・フィスト』を射出できないときの簡易版みたいなものなのですが……」

「『魔王の拳』? あ、あのデカいゲンコツのことか」

「ゲンコツ……。と、とにかく、威力は落ちますが、これならスキルが発揮されていなくても使用が可能です」

「で、これどんな感じで使うんだ? ロケットパンチみたいな?」

「それは幻装少女の構造的に不可能ですけど、それなら私が考えていたパイルバンカーではなく、こんな風にしたら……」

「なるほど! しかし悪いな、俺だけこんなワクワク装備作ってもらって」


 そう言うとハルは少しだけ顔を俯ける。


「その、この前の部隊戦で助けてもらったお礼がしたくて……」


 その様子を他の四人はプレハブ小屋のドア越しに眺めていた。


「おいおい、アイツらなんか良い雰囲気になってきやがったぞ」

「あのお二人って、前からあんな感じなんですか?」

「いや。だがそうなりそうな原因に心当たりはある。……ところで、お前のその顔はどんな表情なんだ?」

「え、私ですか?」


 ローグの指摘した通り、アメリの顔は失敗した福笑いのようになっていた。


「どうした参謀殿。お前最近キャラがブレまくってんぞ」

「……そうかもしれません」


 ハルと話すアインは、なんとなくだがアメリと話すときとは雰囲気が違うように感じる。そのことに対して複雑な感情を抱いていた。


(嫉妬、なんでしょうか……)


 こうしてなんやかんやで三日が過ぎた。


「またこれかよ」


                  ※


 アインたちは指定されたフィールドに来ていた。


 ローグ、ハル、スパイ、そして渋々といった表情だがマイトも一緒だ。


「逃げなかったことは褒めてやるぞ、庶民共!」


 などとのたまいながら、いつの間にか兵司が瓦礫の山に立っていた。


「兵司さん……」

「ふっ、いつまでも本名というのもちょっとマズい気がするから、『ウィンター』と名乗らせてもらう。理由は俺の誕生日が冬だから! ちなみに撫子は俺のことをダンナ的な意味の『アナタ』と呼ギャアアアアア!! なんか変な虫がだだだだだだだだ!!」

「あ、ビックリして落ちた。っていうか忙しいやつだな」


 アメリは自分の尻を擦る兵司、もといウィンターに歩み寄った。


「ところで、メールには二対二の戦闘とありました。もう一人はどこにいるんですか?」

「どうせイマジナリーフレンドとかだろ」


 マイトは鼻をほじりながらせせら笑っている。


「ふっ、笑っていられるのもいまの内だ。今回の諸々すべての立案はこの男によるものだからな!」


 そう言うとさっきまでウィンターのいた場所に、僧兵のようなアバターの男が姿を見せた。


「……『ウィンド』だ」


 頭巾を覆面のようにしていて口元は見えないが、ウィンドと名乗ったその男の目はギラついている。


(あの男、若いな。苛立ちや怒りに近い感情が隠しきれていない)


 ローグは突然現れた僧兵をそう分析したが、一つだけ腑に落ちなかった。


(だがなぜそれが、アインにだけ向けられている?)


                  ※


 アインとアメリはすでに自身の幻装少女に乗っていた。


 他の四人は安全地帯となっているビルの中で観戦している。


「お、今日はそれか」


 いまジャンヌの背にあるのはスラスターでも大量の砲門でもなく、二本の長剣。


「……え、ああ。足場が悪く障害物の多いこのフィールドなら、局地戦闘型、いわゆる近接戦闘型が適していると判断しました」

「なんだ、まだあのボンボンのことで悩んでんのか?」


 幻装少女の表情はパイロットの感情が反映される。つまり幻装少女に乗っている間、感情については嘘がつけない。


「それもありますが……」


 そこでアメリは短く息を吐いて決心した。もう正直に話してしまおうと。


「最近、貴方とハルさんが親しくしていると心穏やかではいられないときがあります。これが、嫉妬なんでしょうか?」

「それ本人に言うか普通? まぁ、お前がかまってちゃんなのは意外だったけどな」

「か、かまってちゃん!?」

「俺も妹と弟が仲良くしてるとイラッとすることはある。それにたしかに、最近はハルに付きっきりだったからな。こうしておニューの装備も作ってくれたことだし」


 リクテンオーには右腕と左腕で微妙に形の異なる小盾と、ひっくり返したかぎ爪のようなものが手首から肘の両側面に備えられている。


「でも、なんて言えばいいんだろうな……。ハルはうしろにいてくれたら頼りになるが、アメリ、お前は隣にいてくれると安心する。俺はそう思ってる」

「隣に……」

(どうしてでしょう。私にとってなにか大事なことを忘れているような……)

「それとついでだ。あの野郎との婚約のことだが……」


 続けてなにか言おうとしたところで、アインが機体ごと消えた。


「アインさん!?」

「安心しろ。あの男はちょっと離れた場所に転送されただけだ。俺の相方が一対一で勝負したいらしい」


 どこからかウィンターの声が聞こえてきた。


「そして君の相手はこの俺だ!」


 すると崩れていないビルの上に、一機の幻装少女が降り立った。


 それは一言で表すなら、真っ赤な女王。


 派手な赤い装備に身を包み、これまた派手な剣を自身の正面に突き刺している。


 そしてその装備にアメリは見覚えがあった。


「まさか、すべてガチャの最高レアリティの装備ですか!?」


 つまりこの男は、たったプレイ数日で廃課金レベルの金をつぎ込んだということになる。


「流石に一日で六桁以上の金を消したときは気分が悪くなった! まぁそれはともかく、この幻装少女の名は『カール大帝』! 君がフランスの聖女の名を使うなら、俺はフランスの王だ! ちなみにシャルルマーニュにしなかったのはこっちの方が強そうな名前だから! それとトランプではハートのキングのモチーフになっているから全身赤くしてみた!」

「ですがその見た目はハートのキングではなくクイーンでは?」

「あ、たしかにゃああああああ!?」


 言い切る前に足元のビルが重さに耐えきれず崩壊し、またしても派手に落下した。


「あー怖かった。あ、それと俺の幻装少女の種族はなんだと思う?」

「わざわざ聞いてくるということは、人ではありませんね。でも見た目はほぼ同じ。そういうタイプの妖怪型ですか?」

「残念、ハズレだ」


 そう言うとカール大帝の背を見せた。背中には小さい羽根が生えており、よく見たら頭上に光の輪がある。


「天使だと思った? 残念、キューピットでした! ハートもキューピットもLOVEの象徴だからな! それと調味料としても世話になっている!」

「キューピットなのに弓ではなく剣を使うんですか?」

「あ……」


 そこで一瞬気まずい沈黙が流れたが、アメリは一足先にこのグダグダな空気から抜け出した。


(ハッ、背を向けているいまが好機!)


 ジャンヌは距離を一気に詰めながら背中の剣を抜いた。


「はああああああっ!!」


 気合いの声と共に大上段から二本の剣を振り下ろす――。


                   ※


 一方その頃――。


「分断されたか。俺を二対一で倒す気か?」

「いいや、お前は俺が倒す」


 聞こえてきたのはさっきの僧兵の声だ。


 遅れてなにかの足音が聞こえてきた。そしてそのテンポは明らかに人のものではない。


「俺とこの『シンゲン』がな」


 瓦礫の山の間を縫ってリクテンオーよりひと回り大きい幻装少女が姿を見せた。


 それも半人半馬――ケンタウロスと呼ばれる幻の生物だ。


 その手には行司、相撲の審判が使う軍配のようなものを握っている。


「ウィンターがメールで勝ったときの条件を出していただろ。始める前に、俺からも一つ取引させてもらう」

「おう、言ってみろ」

「俺が勝ったら、二度と俺に関わるな」


 これを聞いたアインは、一瞬だけ悲しげな表情でため息を漏らした。


「兄弟でそんな悲しいこと言うなよ、勝」

「ふん、やっぱりこんな条件を出せば、いくらお前でも気づくか」

「いや、さっき見たときに察しはついてた。あの目はよくお前が俺に向けるそれと同じだったからな」


 コクピットの中で勝次――ウィンドは怒りで奥歯を噛んだ。


「まぁ俺からお前に要求することなんざねぇよ。お前がちっとは遊ぶことも覚えてくれただけで充分だ。それに、勝つのは俺だしな」

「その上から目線が気に入らないんだよっ!! 勝てると思ったからこんなことに時間を使ってるんだろうが!!」


 シンゲンは軍配をリクテンオーに向けた。


 その直後、銃声と共に鎧の左肩の一部が欠ける。


「なんだ、それ銃だったのか。だがそんな威力じゃ、俺を倒す前に寝落ちするぞ」

「言ってろ!!」


 そう言うとシンゲンは駆け出した。


 しかしリクテンオーの方にではなく、距離を取るように周囲を走り、何度も発砲する。


 だがアインもただ撃たれているだけではない。


 大剣を盾代わりにしてそれらをすべて防いでいた。


「なるほどたしかに、俺もよーく知ってるリクテンオーの弱点を突いた闘い方だ。だが俺にダメージを与えたいなら、そんな豆鉄砲じゃなくてバズーカでも用意するんだったな」

「お前は人以外のものがマトモに見えないのか?」

「ん? ……おいおい、どうなってんだこりゃ!?」


 見るとムラマサリバーにいくつも穴が開き、鎧も貫かれている。


 耐久値も目に見えてスキルの効果が出るほどではないが、それでもかなり減らされていた。


「スキル『貫通ペネトレイト』。一定以下の威力しかない遠距離武器を使う際、敵の防御を無視してダメージを与える! わかるか!? このスキルも、この機体も、全部お前の土俵でお前を完膚なきまでにぶっ倒すためだけに用意したんだ!!」

(……勝、お前そこまで……)


                  ※


「そんな……!?」


 ジャンヌの攻撃に対して、カール大帝は一歩も動かなかった。


 にもかかわらず、傷ひとつついていない。


「色々と調べたが、ここのプレイヤー間ではこの『玉砕覚悟』というスキルがかなり強いらしい。耐久値を減らしてまで一時の間だけ能力を底上げするとか、どう強いのかは知らないが」

「くっ……!」


 アメリは何度も攻撃を繰り出すが、そのほとんどが避けられ、当たったとしてもたいしたダメージにはなっていない。


 だがそれ以上に……。


「貴方は……! 攻撃する気がないのですか!?」

「DVの趣味はなくてね!」


 すべての能力が上がるということは、当然パワーも上がっている。


 だというのに、ウィンターはまったく攻撃を仕掛けてこない。


「どうだ? あんな暴力的で野蛮な庶民連中より、俺の方が紳士的で魅力があると思わないか!? ついでに所得も料理の腕もある! だというのに、どうしてまだ『答え』を出すのに悩んでいるんだ!?」

「それは……!」

「おい、聞こえるかアメリ?」


 言い淀んでいると、アインが音声通信を送ってきた。


「いま戦闘中ですから、あとにしてください!」

「じゃあ悪いが一方的に言わせてもらうぞ。俺はこれから本気でコイツの相手をしなきゃいけねぇ。だからそっちは任せた!」

(私のことは、助けに来ようとはしてくれないんですね……)


 ウィンターもアメリも気づかなかったが、このときジャンヌの太刀筋は僅かに雑になっていた。


「あぁそれと、さっきの話途切れて気持ち悪いから、ついでに言っとくぞ。あのボンボンとどうするかは、お前が決めることだ。好きにしろ。だから俺も好きに言わせてもらうぞ……」


 そこで区切ると、アインは一呼吸置いた。


「俺はお前に隣にいてほしいと思っちぇる! あ、悪い、噛んだ」

「いやそこは噛んじゃダメでしょう!?」


 だがツッコミを入れつつも、少しだけ口元が緩む。


(でも、隣に、ですか)


 その言葉でアメリは最近心にあった引っ掛かりが外れた気がした。


(あのとき抱いた感情が嫉妬かどうかはわかりませんが、それ以外にもありました。“懐かしさ”と“後悔”が……!)


 アメリは一旦飛び退いて距離を取った。


 そして目の前の敵を強く見据え、剣を構える。


(この場にいるのは私一人。でも私に背中を預けてくれる人がいる……! いまこそ、かつての “誓い”を果たしてみせます!)

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