第15話 親父にもぶたれたことないのに


「ただいま帰りました。……?」


 撫子が帰宅すると、玄関に見覚えのない靴があった。それも若い男向けのものだ。


「ハッ、まさか……!」


 なにかを察してすぐに自室の隣の部屋まで走った。


「待ってたよ撫子……いや、マイハニー! ……あれ?」


 途中リビングで知らない男に声をかけられた気がしたが意に止めなかった。


めぐみっ! 貴方まだ未成年なのに男性を連れ込んでセッ……」


 しかしAGFではなくこっちの運営から修正の要請が出そうになる直前で、妹の部屋に誰もいないことに気づく。


「撫子、貴方にお客さんですよー」


 母に呼ばれてリビングに戻ってみると、知らない男が両手を広げて彼女を迎えた。歳は少し上に見える。


「待ってたよ撫子……いや、マイハニー!」

「……は? あの、どちら様でしょうか……?」


 この状況で警察に通報したり冷ややかな視線を送らないだけまだ有情ではあるだろう。


「彼は三濃屋みのやの跡取り息子の斎藤さいとう兵司へいじ君だ。それとこれテイク2だから、もうちょっと優しくしてあげて。泣きそうになってるから」


 父がお互いをフォローしつつ紹介した。


「あぁ、あの老舗料亭の。それで、ご用件は?」

「ふっ、君やその家族に一度挨拶するのは、フィアンセとして当然のことさ!」

「ふぃ、フィアンセェ!?」


 驚きのあまり声が裏返ってしまった。


「なにを驚くことがある。昔約束しただろう?」

「え? えぇっと……」

「そうだなぁ、撫子は小さいときから大人びていたから、そういう約束をしていても不思議じゃないな」

「子供の頃の約束を果たすなんて、ドラマチックですね」


 両親は微笑ましくその様子を見ている。


(いくらなんでもおおらかすぎませんか……?)


 父母の対応もそうだが、この兵司という男にどう返答するべきか迷った。


 求婚された経験など生まれて一度も、というか立場の都合もあるが前世でもない。


 それに実質初対面のこの男が好みかどうかと聞かれれば別にそうでもないし、まだ良くわからないとしか言いようがない。


 そもそも昔結婚の約束をしたという話自体、身に覚えがない。


 だがそう簡単に首を横に振れる話でもない。


 もし彼と婚約関係になれば、互いの家業にとっても利益となる。


 逆に断れば、相手方はプライドを傷つけられたと考え、関係が悪くなる可能性がある。


「……とりあえず、今日はもう遅いですし、お帰りになった方がよろしいのでは?」


 ひとまずお引き取り願うことにした。キチンと考える時間が必要だと判断したからだ。


「いや、恵ちゃん、君の妹さんにも会っておきたいんだが」

「恵は、もうしばらく遅くなるんじゃないかしら?」

「あぁ、塾とかですか? たしか中三ですもんね」

「はは……。塾ならどれだけマシだったか……」


 明らかに撫子父の歯切れが悪くなる。


「……? まぁ仕方ない。今日はこれで帰るとするさ。キッチンを借りて作り置きをしておいたから、是非食べてみてくれ。それと近いうち、また会いに来る。ビックリする方法でね」

(……スリングショット水着でも着てくるのでしょうか……?)


                  ※


「え? スパイ?」

「そのくだり前回二回やったからもういいっつーの」

「あ、そうですか」


 翌日、早速アインはスパイを紹介した。


 だが……。


「なんか悩みでもあるのか?」

「わかるんですか?」

「そりゃ今日何度も心ここにあらずって顔してたからな」

「……実は……」


 昨日の出来事を話そうとしたところで、プレハブ小屋の扉が勢いよく開いた。


「それは当然、俺との式を寺にするか神社にするか教会にするかという悩みさ!」


 発言、そしてアバターの外見から、それが昨日の男、斎藤兵司なのは明らかだった。なぜかタキシードだが。


「へい……なぜ貴方が、部隊のメンバーでもないのにここにいるんですか!?」

「あぁ、誰でも入れるようにオープン設定にしてあるからな。楽市楽座ってやつ?」

「それはちょっと意味が違いますが……そうではなくて、なぜ私がここにいるとわかったんですか?」


 これに対して兵司はドヤ顔でこう告げた。


「金とネットと愛の力だ!」

「おい、この頭のネジ緩々のバカは誰だ?」


 マイトの罵倒に対して、兵司は怒るどころかさらに仰々しく振舞いだした。


「バカじゃない! 俺こそ、老舗高級料亭として名高い三濃屋の跡取り息子、斎藤兵司! そしてその女性は俺と将来を誓い合った緋智ホテルの社長令嬢、緋智撫子だ!」

「ちょっ……!」


 この発言に対する他の五人の反応はバラバラだった。


「まぁアメリの方は知ってたけどよ、三濃屋なんて店聞いたことねぇな」

「社長令嬢って、そんな気はしてましたけど、アメリさんってお金持ちなんですね」

「ふーん……」

「…………」

「あ、あの……こういう場で個人を特定するような発言は止めた方が……」


 しかし彼らの言葉など気にせず、兵司はアメリの腕を掴んで出て行こうとする。


「さぁ、こんな庶民と関わるより、入り口にあったカフェで昨日の料理の感想を聞かせてくれないか」

「あ、あの、離してください……!」


 手を振り払うのは容易だが、それでこの男が気分を害してしまったら……そう考えるとアメリは強く抵抗できなかった。


「「「おい」」」

「なにかな、庶びぎゅっ!?」


 しかしうしろから掛けられた声に兵司が振り向いた瞬間、彼の顔面に男衆三人の拳が直撃した。


「みなさん!?」

「あ、あのぅ、AGF内で暴力行為は……うーん、でも、部隊の仲間を守るための正当防衛みたいな扱いになるのかな……?」


 殴られた兵司はみっともなく尻もちをついたまま、泣きそうな顔になっている。


「痛い! 痛くないけど痛い! 親父にもぶたれたことないのに!」

「言っとくが俺たちはどこぞの艦長みたいに説教なんかしねぇぞ。なんかムカついたから殴っただけだ」


 身も蓋もないことを言いながらアインは指をゴキゴキと鳴らしている。


「だいたい結婚の約束なんて本当にしたのか? 何年前の何時何分何秒? 地球が何回回ったときだ?」

「そーだ、帰れボンボン」

「女の居場所をここまで特定して会いに来るのは婚約者とは言わない。それはストーカーだ」

「そーだ、帰れボンボン」

「そもそも二〇二二年から結婚できるのは十八歳からだろ。三年気が早ぇよ。常識学んでから来い」

「そーだ、帰れボンボン」

「お前はもう少し捻れ」

「こ、このぉっ!」


 精神的にもボコボコにされて、とうとう兵司も泣きながら殴ろうとするが、三人ともヒョイヒョイ躱して一発も当たらない。


 ついには足が引っ掛かって盛大に顔面からこけてしまった。


「あ、あの、もうそのぐらいで……」


 これにはアメリも彼がなんだか可哀想に見えてきた。


「クソォ……! クソォ……!」


 兵司は涙と鼻水でグシャグシャになった顔で三人を睨みつける。


「こうなったらお前らの大好きなこのAGFでボコボコにしてやる!! そんで俺と撫子の挙式と披露宴に無理矢理にでも参加させてやる!!」


 そこからバーカバーカなどと小学生みたいな暴言を吐きまくるが、ローグが拳銃を突きつけた瞬間「ヒッ!」と短く悲鳴を上げて黙った。


「ゲームだから死にはしないが、死ぬほど痛いらしいぞ」

「お、覚えてろぉぉぉ~!」


 お手本のような捨て台詞を残して出て行った。


「……そういやアイツの名前なんだっけ?」

「いや本当に忘れるなよ」

「ローグさん、いまのってただの脅しですよね?」

「ああ、弾は入っていない」


 そう言ってローグは天井に向けて引き金を引いた。


 そのあと天上に弾痕が出来て、なにかの欠片が落ちてきたが。


「……まぁとにかくこれで、アメリが下手に嫌われずに、俺たちにヘイトが向いたわけだ」

「もしかして、わざとあの人から恨みを買うように?」

「お前のことだから、お家事情を気にして断りにくかったんだろ? それに、アイツがあそこまでキレたおかげで、「俺たちが勝ったら縁を切れ」っていう、よくある展開が出来るようになった」


 これに一緒になって殴った二人は少し意外そうな顔をした。


「お前バカのくせにそこまで考えてたのかよ」

「まさか演技だったとはな」

「ムカついたのは本当だ。大事な仲間をあんなのに勝手に連れてかれてたまるか」

「アインさん……」


 このときアメリの頬が少し紅くなったのに気づいたのは、スパイだけだった。


                   ※


「くぅ……! 啖呵を切ったはいいが、よくよく考えたら部隊に入ってないし、フレンドもいないし、そもそもAGFに来たの今日が初めてだから、勝負すらできないじゃないか! っていうかここって定食屋まであるのか!? 凄いな! すみません、焼き魚定食一つ!」

「他人を庶民と見下す割には、家庭的な料理を頼むんだな」


 不意に知らない男が話しかけてきて、向かいの席に座った。


「なんだお前は?」

「俺のことはどうでもいい。それより、あのふざけた名前の部隊の連中に目にもの見せてやりたいんだろ? 俺もあの中の一人をぶちのめしたいんだ。手を組まないか?」

「見返りになにを要求する気だ?」


 意外にも兵司は冷静に対応した。


 自分に協力的な人間は基本的に下心があると知っているからだ。


「そんなものはいらない。だが断言する。アンタの金と情報収集力、そして俺の知恵があれば、アイツらを叩き潰すぐらい簡単だ」

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