第2章 強化~リインフォース~

第14話 スパイです

「ただいまー。……?」


 信太郎が帰宅すると、いつも聞こえてくる声――妹の声がなかった。


 疑問に思った彼は、自室とは反対側の部屋に入った。


「おい勝。市がどこに行ったか知らねぇか?」


 信太郎の一つ下の弟、小田勝次しょうじ


 しかし彼は机に向かったまま、ぶっきらぼうに答えた。


「買い物に行った。すぐ戻って来る」

「なんだ、行き違ったか」


 そこで信太郎は弟の机に山積みになった参考書やノートに視線を移した。


「まだ六月だろ。もう高校受験の準備か」

「お前よりは格上の高校を狙ってるからな」


 傍から聞けば完全な嫌味だったが、信太郎に気にした様子はない。


「そっか。まぁほどほどに頑張れよ」


 そう言い置いて部屋の扉を閉めた。


 その直後、勝次のシャーペンを握る手に力が入る。


「バカのくせに……! 上から目線で偉そうに……!!」


                  ※


 カフェテリアの席の一つに背をもたれかけるアイン。


 ちなみにいま飲んでいるのはストロベリーシェイク。


(今日はどうすっかなぁ……。撫子は柴ちゃんになんか色々と頼まれてたから来ないだろうし、情報がどうたらで不必要に対人戦はするなって言われてるしなぁ……)

「あ、あのっ! アインさん、ですよねっ!?」


 不意にうしろから声をかけられたアインは、驚いて椅子ごと倒れてしまった。


「り、リアルでも壁に頭ぶつけたかも……。新手の荒らしか?」

「ご、ごめんなさい……。大丈夫ですか?」


 見上げると気弱そうな少年が立っていた。“少なくともアバターは”十歳ほどに見える。


「ああ。まぁ気にすんな。で、俺になんの用だ?」

「その、僕を、貴方の部隊に入れてもらえませんか!?」

「おう、いいぜ」


 あっさりと承諾したアインに、この少年もキョトンとしてしまった。


「へ?」

「別に募集はしてないし、いまの人数ぐらいがちょうどいいが、来る者は拒まずってな」

「あ、ありがとうございますっ!」


 少年は深々と頭を下げて礼を言った。


「それより少年、いや本当に少年かどうかは知らねぇけど、名前は?」

「スパイです!」

「はぁ!? スパイ!?」


 これにはアインも流石に表情が険しくなる。


「あ、いえ、ミッションなんとかみたいなスパイじゃなくて、プレイヤー名が『スパイ』なんです」

「あぁ、そういうことか」

(そりゃうちみたいな、まだ零細企業ならぬ零細部隊にスパイなんて送り込んでくる輩なんざいるわけねぇよな)


 そんな風に考えながら、アインは操作パネルを出した。


「じゃ、お前のことをアイツらに紹介してやるか。今日は敏腕参謀はいないけど」


                  ※


「そういうわけで、今日からうちの部隊のメンバーになるスパイだ」

「へっ? スパイ?」

「あ、いえ、不可能任務みたいなスパイじゃなくて、プレイヤー名が『スパイ』なんです」

「あっ、そういうことでしたか」


 基地にやって来ると、早速ローグ、ハル、マイトの三人にスパイと名乗る少年を紹介した。


「お前、基地広くしたいからってテキトーなガキ攫ってきたんじゃねぇだろうな?」

「しねぇよ、そんな真似!」


 すぐにマイトはアインを茶化し始めたが、ローグだけはスパイをジッと見ている。


「なぜこの部隊に入りたいと思った?」


 誰も触れはしなかったが、当然といえば当然の質問だろう。


 普通、入るならもっと強い部隊のはずだ。


「それは……この間の曹魏との部隊戦を見て、ここで僕も強くなりたいと思ったからです!」

「そっかそっか。やっぱり男なら強くなりたいって思うよな」


 アインはスパイの肩に腕を乗せた。


「よっし! じゃあ今日はスパイの腕試しも兼ねてこのメンバーでミッションに行ってみるか」

「はい! よろしくお願いします!」


 スパイの顔が目に見えて明るくなる。


「……わかった」

「大丈夫でしょうか、アメリさん抜きで……」

「ぶった斬っちまえばどれも同じだろうが」


 マイトだけは余裕たっぷりといった様子だ。


「ま、いまさらその辺のNPCぐらい楽勝だろ」


                  ※


「ギャアアアアアアアアア!!」

「ヒャアアアアアアアアア!!」


 薄暗い洋館にマイトとハルの絶叫が響いた。


 ただしアルフレッドも問題なく入れるような巨大な洋館だが。


 そこで彼らはゾンビ化した幻装少女の大群に追われていた。


「なにハザードだコノヤロオオオオオ!! なんで幻装少女がゾンビになるんだよォォォ!!」

「こういうのは苦手なんだな」


 ローグはそう言いながら普段の狙撃銃ではなくショットガンをうしろに向けて放っていた。


 数が多い分、ほとんど見なくても次々と倒すことができる。


「うるせぇ! そもそも斬っても斬ってもコイツらビクともしねぇんだよ!」

「こっちもだ! なんか妙に打たれ強くねぇか!?」


 MUSASHIが胴体を斬ろうとゾンビ幻装少女は動きを止めず、リクテンオーも殴る蹴るの肉弾戦で応戦しているがこちらに至ってはダメージを受けている様子すらない。


「あ、相性です!」


 黒い長髪をポニーテールにした和装の大和撫子の中から泣きそうな声が聞こえてきた。


 これがスパイの幻装少女『蘭丸』。だが、和風のわりに扱う武器は二挺の銃剣である。


「あのゾンビは射撃が一番有効で、打撃が効きにくいんです!」

「クソ仕様じゃねぇか!」

「ごめんなさいっ!」

「お前に謝られても意味ねぇんだよ!」


 マイトが新人に八つ当たりするうちに、彼らは廊下の壁際まで追い込まれた。


「こ、これを使ってください。そしたら……!」


 蘭丸の銃剣をリクテンオーとMUSASHIに差し出した。


 この幻装少女の大きさはMUSASHIと同じ十五メートル。銃火器を持っているロビンとアルフレッドはサイズが違いすぎるので彼らの武器を借りても扱いきれないが、これならば問題はないだろう。


 しかし二人とも受け取らなかった。


「ソイツは自分の身を守るために持っとけ。要するにいまの俺の攻撃は効きにくいってことだろ。だったら考えがある」

「ああ、俺もだ」


 アインとマイト、正確にはリクテンオーとMUSASHIは互いの顔を見て薄く笑う。


「「行くぜええええっ!!」」


 気合いの声と共にゾンビの群れに突撃した。


 ただし、リクテンオーだけ。


 しかもそのままゾンビ幻装少女の群れの中に埋もれてしまう。


 MUSASHIはというと、アルフレッドの背後に回り、彼女を前へと押し出した。


「えぇ!? マイトさん、なにを……」

「やっちゃえバーサーカー」


 ゾンビのおよそ半数がアルフレッドに押し寄せる。


「イヤアアアアアアアアアアアアァァァァァぁぁぁああああああああああああああああっ!!」


 恐怖の叫びを響かせたが、それが徐々に――具体的にはセリフがカタカナからひらがなになった辺りから怒りの雄叫びへと変わっていった。


 それと同時に上半身の装甲をパージし、背中のコンテナを鈍器のように振り回して、まとめて十機近い幻装少女を屠っていく。


「しつこいんだよテメェらあああああああっ!!」


 さらには群がってくるゾンビを踏み潰し、引きちぎり、食いちぎり、もうどっちがモンスターなのかわからなくなるほど暴れ狂う。


「あとはアイツが取りこぼした連中にトドメを刺すだけの簡単なお仕事だ」

「えぇ……。あっ、でも、アインさんは……」

「そっちなら問題はないだろう。大方やろうとしていることは察しがつく」


 ローグがそう言った直後、リクテンオーに集まっていたゾンビたちがまとめて吹き飛ばされた。


 中にいた女魔王は鎧が壊れて片乳を見せたまま目をギラつかせている。


「そのままじゃ効果がないなら、スキルでパワーを上げるだけだ!」


 その言葉通り、さきほどまでの苦戦が嘘のようにバッタバッタと敵を薙ぎ倒していく。


 しかし目に見えてゾンビの数が減ってきたところで、獣と重機を混ぜたようなうなり声が聞こえてきた。


 その数秒後、床を突き破って巨大なゾンビ幻装少女が這い出てきた。そのサイズはアルフレッドよりひと回り大きい。


「アレは……このミッションで数パーセントの確率でしか出現しない強敵エネミー!?」

「デカいな。よし、この前ロクに扱えなかったコイツを試してみるか」


 そう言うとアインはアルフレッドが捨てたコンテナをこじ開け、曹魏との部隊戦でも使った巨大な拳を装備した。


「あ、ヤベ。技名決めるの忘れた。壱発逆転……はマズいよな。まぁいっか、適当で」


 気負うことなく、それどころかこの状況を楽しむように腕を回して近づいていく。


「ゲンコツ!」


 これがどういう技になったかは説明不要だろう、うん。


 ともかく巨大ゾンビ幻装少女は大きな音を立てながら崩れ落ち、残るはローグ、マイト、スパイの三人にヨロヨロと近づいてくる一機だけだ。


「いいか。大事なのは『る』ことだ。敵に狙いを定め、どこに当てるのが有効かを判断し、引き金を引け」

「は、はいっ!」


 銃剣から乾いた発砲音が響いたあと、最後の一機が倒された。


 ただし、アルフレッドのパンチで。


「フーッ! フーッ!」

「「「「…………」」」」


MISSION CLEAR!


                  ※


「ご、ごめんなさい……。スパイ君の大事な見せ場を……」


 一行はミッションを終えて基地に戻っていた。


「気にするな。お前が原因じゃない」

「そうそう、お前のおかげで勝てたようなもんだしよ」

「お前が言うな」

「それより、なかなか見所あるじゃねぇか、スパイ」


 アインの手が新米隊員の頭を撫でた。


「さっきのミッションやエネミーのことを色々知ってただろ。AGFのミッションは何千何万とあるのに、たいしたもんだよ」

「えっと、それは……ちょっとでも勝てるようになりたかったから、たくさん調べたんです」

「おう、勝ちたいって気持ちは、それだけにがんじがらめになったらダメだが、大事にしろよ」

「はいっ!」

「まるで弟分だな」


 ローグの言う通り、二人の様子は仲の良い兄弟のようだった。


「明日はアメリも来るだろ。アイツとも絶対気が合うはずだ」


 しかしアメリ――撫子はこのとき、ちょっとした騒動に巻き込まれていた。

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