第12話 おかげでやっと本気が出せる

 『曹魏』との部隊ユニット戦の前日。


 アインたち五人は作戦会議を行っていた。


「……以上が明日の部隊戦のルールと、作戦プラン内容です。なにか質問はありますか?」

「ああ。質問というより、根本的な問題だがな」


 アメリが一通り説明を終えたあと、ローグが口を開いた。


「俺のライフルだと、四十キロも先の相手には届かない。初撃の牽制は不可能だ」

「わかっています。そこはハルさんに解決してもらいました」


 アメリに促され、ハルが前に立った。


 モニターにアルフレッドとロビン、そしてアルフレッドの肩に台座が備えられた巨砲のイメージ図を出して説明を始める。


「みなさんのサポート装備を開発し、私のアルフレッドで持ち運べるようにしました。ただ、一週間しかなかったのでアインさんとローグさんの分だけで、テスト運用も出来ませんでしたが……」

「ぶっつけ本番か。そっちのが面白そうだ」

「ハルさんによると、ローグさんに照準と引き金を引いてもらう、この超々弩級砲の射程距離は五、六十キロあるそうです」

「なら問題ない」


 ハルはホッとした様子で自分の席に戻った。


「アメリ先生ー。俺からも質問があるんだけどー」

「先生ではありませんが、なんですかアインさん?」

「どうして俺は縛られてるんだ?」


 アインはなぜか亀甲縛りでパイプ椅子に座らされていた。


「流石に私も学習しました。私が説明をしているとなにかしでかすと」

「だからってなんでわざわざ亀甲縛りにしたんだよ?」

「お前にとっちゃご褒美だろ。スキルも『ドMパワー』なんだからよぉ」


 ここまで退屈そうに話を聞いていたマイトが茶化してきた。


「別にドMじゃねぇよ!」

「そうだったのですか!?」

「そうだったのですよ!」


                  ※


「よし、跳ぶぞ」


 ローグのスキルで五機、正確には四機の足元に円形のマットが出現した。以前アインとアメリがローグと一緒に敵に囲まれた時に使ったものと同じだ。


 五機の幻装少女ファンタズム・ガールが空へと打ち上げられる。


 しかし鬼娘とそれに乗るエルフ少女はすぐに落下を始めた。


 このジャンプするマットはサイズによって飛距離が異なる。五メートル程度なら誤差の範囲だが、四十メートルも違うとなると話は変わってくる。


「みなさん! どうかご無事で!」

「おう!」


 彼らの作戦はこうだ。


 まずローグがスタート地点から敵陣へと狙撃し撹乱する。混乱、あるいは次の砲撃があるかもと守りを固めたところを、前方からリクテンオーとジャンヌが攻め込み、背後からMUSASHIが奇襲を仕掛けて一網打尽にする。


 ロビンとアルフレッドは後方で巨砲の冷却と再装填が完了次第、第二射、第三射を敵の陣営に撃ち込むというものだ。


 ちなみに彼らの大将機はアメリの幻装少女ジャンヌが務めている。隊長イコール大将、そして撃破されたら敗北するのなら前線には出てこないだろうという思い込みの裏をかき、なおかつ最もバランスが良く安定した闘いができるという理由からだ。


 そしてリクテンオーたちとサイズのほとんど変わらないMUSASHIを敵陣の背後、つまりはフィールドの端まで送る方法だが……。


「おい、これ本当に上手くいくんだろうな? っていうかマジでやるのか?」

「大丈夫です。もし失敗しても私たちと一緒に正面から攻めることになるだけですから」

「ま、俺もなんとかするからよ」


 三機が落下を始めたところでリクテンオーは大剣を抜き、その面をMUSASHIの足裏に沿えた。


「飛んでけええええっ!!」


 そして剣を振り抜き、半裸の幻装少女はさらに飛翔する。


 「この脳筋カップルがああああっ!」と聞こえた気がしたが気のせいだろう。多分。


                  ※


「クソッ、どうやってこれほど離れた位置まで狙撃した!? なぜすぐに第二射が来ない!?」


 アインたちが移動を開始した直後のこと。


 『曹魏』の隊長であるコウは混乱し荒れていた。


「落ち着けっ!」


 しかしこれを彼の右腕にして親友であるウルズが一喝する。ついでに自身の幻装少女『夏候惇』で曹操の尻を引っ叩いた。


「っ!?」

「お前が冷静にならなきゃ勝てるものも勝てねぇんだよ!」

「ウルズ! いくら貴殿でもその言い草は……」


 キョウがこれを止めようとするが、逆にコウに制された。


「いや、いい。おかげで少しは冷静になれた。反省したよ。連中を甘く見ていた」

「そうか。じゃあ俺は行ってくる」


 ウルズは夏候惇の姿勢を低くした。


 その見た目はオオカミ型の獣人幻装少女。といってもその特徴は耳と爪のみ。尻尾は機械になっている。


 そして機体名の由縁からか、左目を黒い布で覆っている。


「ウルズ、おそらく敵の大将機は後方にいるはずだ。こうなったら道中の相手は全て無視するか必要以上に相手をするな」

「ああ」


 そう言って駆け出そうとした瞬間、彼らの背後にほぼ全裸の幻装少女が落下してきた。


「う、うしろからぁ!?」

「……!」


 アキトの慌てた声でウルズは走り出すのを躊躇ったが、


「ここはいい! 早く行けっ!」


今度はコウに背中を押され、本物のオオカミのごとく大地を駆けた。


「行かせて良かったのか?」

「ああ。あの砲撃をまともに受けたら、いくらお前でも防ぎきるのは難しい。ならアレをまた撃たれる前に速攻で終わらせる。アイツも似たようなことを考えているんだろう。絶対に口には出さないだろうがな」


                  ※


 リクテンオーとジャンヌが着地し敵陣を目指して前進していると、前方から土煙が上がっているのが見えた。


「もうマイトがやり合ってるのか?」

「……いいえ、こちらに近づいています!」


 よく見ると小型のオオカミ幻装少女がもの凄い勢いで迫ってきた。


「単機で突撃か! 上等……」

「どけぇっ!」


 前に出たリクテンオーが剣を抜くより早く、オオカミは身体を横に一回転させた。


 そのスピードと回転で勢いのついた尻尾は強力な鞭となり、鎧すら貫いて太ももを抉る。


「うおっ!?」


 リクテンオーは前のめりに倒れてしまうが、ウルズはそちらにもジャンヌにも目もくれず、そのまま走り去っていった。


「なんだったんだアイツ……?」

「もしや、後方にいる幻装少女が大将機であると考えているのでは? つまりあの機体が狙っているのは、ハルさんとローグさん」

「っ!」


                  ※


「アインたちが抜かれた。一機こっちに近づいている」


 既にロビンはアルフレッドから降り、『シャーウッドの森』で姿を隠しながら、前方の状況を見ていた。


「だ、大丈夫でしょうか……?」


 不安の声を漏らすハル。


 アメリは大将機が後方にいるという考えの裏をかくと言っていた。それは逆を言えば後方にいる自分が狙われるということだ。


「もう地雷を用意してある。だが、あまりアテにはするな」


 そう言っているうちに朦々と上がる土煙がハルにも見えてきた。


 小柄な隻眼のオオカミが迫ってくる。


「罠を仕掛けたことが悟られる可能性がある。当たらなくてもいいから攻撃しておけ」


 ローグは普通の会話から音声通信に切り換えて伝えた。そうすれば相手部隊からは会話の内容が聞こえない。


「は、はいっ!」


 ハルは手持ちのマシンガンとキャノン砲で迎撃したが、右に左に躱されて一発も当たらない。


 だが――


「!」


夏候惇のいる場所から爆炎が上がる。ローグが用意していた地雷を踏み抜いたのだ。


「た、倒せたんでしょうか……?」

「……いや、まだだ」


 煙が晴れると、さっきまで四足歩行だった夏候惇が両脚立ちになっていた。


 その左腕は半透明になっている。


「不可視の狙撃手のスキルか?」


 相手の幻装少女のパイロットが話しかけてきた。


「…………」


 これにハルは沈黙で返した。


「答えたくないか。まぁいい」


 次の瞬間、ハルの視界からオオカミが消えたかと思うと、アルフレッドのすぐ足元にいた。


「おかげでやっと本気が出せる」

「!?」


 ハルが、そしてローグが驚いている間に、夏候惇は右腕を振り上げた。


 その動作から一瞬遅れてアルフレッドのキャタピラの片方が破壊される。


「その図体じゃ追いつけねぇだろ!」


 さらにアルフレッドの周囲を目にも止まらぬ速さで動き回り、次々と攻撃を繰り出してきた。


(このスピード、スキルによるものか……! それも『奴』と似た条件の……! どうする? 撃とうとしても狙いが定められない。動きを止めるトラップを使ったとしても、作動する瞬間に逃げられる……!)

「ローグさん、なにもしないで、ここから離れてください……!」


 今度はハルが音声通信を送ってきた。


「下手に仕掛けたら、ローグさんがいることがバレちゃいます……! 私なら、大丈夫ですから……!」


 しかしそう言った瞬間、アルフレッドの胸の装甲が破壊され、ハルの叫び声が聞こえてきた。


「……!!」


 ロビンの姿は誰からも見えないが、その顔はいままで見たことがないほど怒りに歪んでいた。どうすることもできない自らの無力さに対して。


 一方のハルも迷っていた。このままタダで倒されるつもりはない。せめて一矢報いると。


(『アレ』をすれば、倒せるかもしれない。けど……!)


 ハルが危機的状況になった時に陥る暴走状態。それならマグレの一発でも攻撃が当たるかもしれない。


 しかしアインたちがそれを受け入れてくれたとはいえ、彼女自身にはまだ抵抗はあった。


(でも……! でもっ……! でもっ……!!)


 ハルはいま、そしてかつての人生で、ある程度なら自分から暴走できるコツのようなものを理解していた。


 自分の奥底にいるもう一人の自分――何本もの鎖でがんじがらめになったハル自身。その鎖を一本ずつ外していく。


「……! ……!!」


 あと一本。これに賭けるしかない。そう覚悟した瞬間――


「オラァッ!!」


荒々しい掛け声とともに大剣が飛来し、ハルは我に返った。


 予想外の物体が迫ってきたことに夏候惇も驚きで動きを止め、それが飛んできた方向、自分たちの陣営側に視線を向ける。


「随分と、俺の仲間をイジメてくれたみたいだな」


 そこには黒い戦国鎧をまとった幻装少女、リクテンオーが立っていた。

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