第11話 なかったことにさせてもらおう
どこまでも続く荒野と青空。そこに
「かったりー。なんでわざわざ勝負前に敵と会わなきゃなんねぇんだよ」
マイトは一人だけ横になりながら愚痴をこぼした。
それをアメリがたしなめる。
「文句を言わないでください。部隊戦前に対戦相手と顔合わせをするのが暗黙のルール、一種のマナーになっているんですから」
「でも、そろそろ予定の時間ですよね?」
「トイレにでも籠ってんじゃねぇか?」
しかしアインの予想とは裏腹に、五人の男たちがやって来た。
全員が大昔の中国風着物を身につけている。
「ふっ、軍議が長引いて遅くなってしまった。なにぶん、貴様らのような小規模部隊とは格が違うんだ」
おそらく隊長であろうひときわ豪華な着物を着ている男がいきなり嫌味を言ってきたが、アメリは安堵していた。
「あ、良かったです。戦闘前に昂ってトイレであんなことやそんなことをしていたとかではなくて」
「なんの話をしているんだ!? ……まぁいい。俺が『曹魏』の隊長、コウだ」
「こっちの隊長のアインだ。今日はよろしくな」
アインは手を差し出して握手を求めたが、これをコウは鼻で笑った。
「『よろしく』だと? 『ありがたく胸を貸していただきます』の間違いだろう」
手を出した本人のこめかみに青筋が浮かぶ。
「それより、ルールを確認させてもらおうか。数は五対五。互いに大将となる機体を決め、相手の大将機を先に倒した方の勝利。これで問題はないな?」
「ええ、その通りです」
しかしアメリが答えるのにほとんど被せるように「ところで」と言葉を続けた。
「そちらに地形もルールも決めさせてやったんだ。こちらからも条件の一つぐらい出さなければフェアじゃないと思わないか?」
「取引ですか?」
格下の部隊からの挑戦を受け、なおかつ勝負のルールまで決めさせる。
そんな破格のアドバンテージを与えてきた時点で、アメリはこうなることを予想していた。
そして相手は、予想外の条件を口に出す。
「我々が勝てば、貴様らには俺の部隊の傘下に入ってもらおう。早い話がお前たちの部隊を解散し、我が『曹魏』に入れ」
「なっ……!?」
「悪い話ではないだろう? こちらは『
「隊長ぉ、その汁ってどんな味なのかな?」
「ハハ、アキト、この食いしん坊め。これ終わったらあとで野菜ジュース買ってやるからな」
恰幅の良い男が『甘い汁』という単語に目を輝かせるのをコウが穏やかにたしなめた。
だがこちらはそんな和やかな空気ではない。
「まさか、そのために私たちの挑戦を受けたというのですか……!?」
「悪いが俺の雇い主は俺が決める」
アメリとローグが鋭い視線を投げるが、それは一笑に伏せられた。
「闘いとは、勝負の前から既に始まっているということだ。しかし、この条件が飲めないというのなら、こちらとしても貴様らと闘う意味などない。悪いが今回の部隊戦はなかったことにさせてもらおう」
そう言うと相手の隊長は踵を返した。
しかし――
「まぁ落ち着けよお前ら。ただ取引が対等になったってだけなんだからよ」
ここまで沈黙していたマイトの一言に足を止めた。
「……なんだと?」
「そうだったな。お前らは俺たちの条件をもう飲んでる」
これにアインも不敵な笑みを取り戻して同調した。
「なんの話だ? そんな条件を出していたことなど知らないし、承諾した覚えもない!」
対照的にコウは焦りの表情を見せ、他の仲間も互いに顔を見合わせている。
「俺が最初に送ったメールがあるだろ? あれの最後の行の下をタッチしたままグイって引っ張ってみろ」
ハッとしたコウは、すぐさまメールを確認した。
すると文章の下に反転文字でこんな一文が書かれていた。
『ついでに俺たちが勝ったら、お前らの部隊の資金を全部もらってもいい?』
「なっ……なんだこれはぁ!?」
おそらく詐欺師でもやろうとは思わない手口、そしてメチャクチャな条件に最初の余裕など忘れ、怒りに声を荒げた。
「『不可視の狙撃手』だっているんだ。『不可視のメール』ぐらいあってもいいだろ」
「いいわけあるか! どんな理屈だ!?」
「闘いは勝負の前から既に始まってるんだろ?」
「っ……!!」
これにはコウも押し黙るしかなかった。
「……いいだろう。取引成立だ!」
「落ち着けコウ! これが挑発だってことぐらい、お前ならわかるだろ?」
彼の仲間の一人が止めようとしたが、これは聞き入れられなかった。
「我が『曹魏』の力、思い知らせてやろうっ!」
※
「人のことは煽るくせにすぐ熱くなるその悪癖、なんとかならないのか?」
さきほどコウを止めようとした男にして彼の右腕、ウルズが小言を言っていた。
現在、『曹魏』の面々はフィールドのほぼ端にいる。ここが彼らのスタート地点である。
既に全員が
ちなみに五人ともの機体のサイズは最小の五メートル。どれもロビンより幼い少女の見た目をしている。
「悪かったよウルズ。だがこちらにも十分勝算がある」
「これを見てくれ」と言うと、四人に地形データを送った。
「その……とても細長いですな」
率直な感想を述べたのは、かつて別の部隊からスカウトしたキョウという男。
そして彼の言う通り、十一月十一日によく売れるチョコ菓子のチョコを全部溶かしたものに見間違えそうなほど、極端に細長い地形になっていた。
「そうだ。おまけに岩や建物といった障害物が全く存在しない。そして連中は俺たちの反対側からスタートするらしい。そこから導き出される結論は……不可視の狙撃手による遠距離からの狙撃」
それを聞いて四人は少しだけ表情が険しくなった。コウ以外は近接戦闘型の幻装少女だからだ。
さらに隊長であり今回の大将機を担当するコウの幻装少女――日除けのパラソルのような装備を携えた『曹操』は機銃こそ携行しているが、それも自衛用の中距離武器。
しかし彼らの隊長は「だが」と言葉を続けた。
「やつの幻装少女ロビンのライフルでは、射程距離は十キロほど。それなら俺のセンサーで感知できる」
曹操は戦闘ではなく索敵や探知に特化した幻装少女。
デフォルトでは幻装少女にセンサーの類は備えられていない。装備を揃えなければ、敵や周囲の状況確認は全てプレイヤーの目視のみ。
この曹操が持っているパラソルはレーダーとなっており、半径二十キロ圏内に存在する全ての機体の場所を把握できる。
「よって作戦としては、まずウルズが先行。スキルなしでも倒せそうな相手がいれば倒して構わない。俺を含めた四機は、ケンを先頭、間を俺とキョウ、背後の守りをアキトとして進軍する」
「任せろ。弾丸ぐらい、俺が全て弾き返してやる」
ここまで黙っていたケンと呼ばれた男が、ゆっくりと口を開いた。
彼の操縦する幻装少女『曹仁』は、五メートルという最小サイズでありながら、全身を物々しい装甲で固め、両腕に身の丈ほどもある盾を装備しており、防御力はリクテンオーやアルフレッドにも勝る。
「さて、そろそろ開戦の時間だ。やつらに格の違いというものを教えてやるぞ」
比較的新しい部隊とはいえ、それなりの場数を踏んできた猛者たち。
静かに闘志を高めながら、その時を待つ。
BATTLE START!
ドゴオォ!
「……は?」
しかし合図の直後、曹操の顔の横を弾丸が通り抜けていった。
それも自身の幻装少女とほとんど大きさの変わらないような、巨大な弾が。
「た、隊長ぉ! 無事ですかぁ!?」
遅れてアキトが慌てた声を上げた。
「あ、ああ。幸いダメージは受けてない。だが……」
チラリと視線を移すと、パラソル型のレーダーが完全に破壊されていた。
「バカな……! ここから反対側まで四十キロはあるんだぞ!? これだけの距離まで届かせられるライフルなど、たかが八メートル級の幻装少女に持てるはずがない! いやそもそも、四十キロ先の標的など捕捉出来るわけがない! まさか、『不可視の狙撃手』以上の狙撃手がいるとでもいうのか……!?」
『曹魏』は完全に先手を取られてしまっていた。
※
合図が出る少し前、『曹魏』の反対側、つまりはアインたちの陣営。
「さっきのアレ、マイトさんの入れ知恵ですよね?」
「いいだろ別に。勝てば金欠ともおさらばなんだからよ」
「まぁお互い様だろ、結果的には。それより、そっちの準備はどうだ?」
アインはなにやら背中に二列の大型コンテナを背負ったアルフレッドと、そのコンテナの一つに乗っているロビンの方を向いた。
「は、はい! 第二コンテナ、展開します!」
ロビンが乗っていた方とは別のコンテナが開き、中から二十メートルはある台座つきの超大型巨砲が現れた。
ロビンはそちらに飛び移り、照準を合わせ始める。
「しかし、いくら目が良いからって四十キロも向こうの相手を狙い撃てるのかよ」
「普段なら流石に無理だ。だが今回の障害物が一切ない地形と天候なら問題はない」
「お前本当は獣とか狩ってる部族なんじゃねぇの?」
「……そうかもな」
ロビンの動きがピタリと止まった。狙いを定めたのだ。
BATTLE START!
ドオオオオオオン!!
合図と同時に引き金を引いた。
ローグ以外の四人が反射的に耳を塞ぎ、その衝撃で吹き飛ばされそうになる。
「うおおお……! やったか……?」
「それはやれて……あ、いえ、倒せてないフラグです……」
アメリの予想通り、ローグは軽く舌打ちした。
「反動で少しブレた。一機も倒せてはいない。連中の中の一機が持っていた傘みたいなものを破壊しただけだ」
「ご、ごめんなさい。私がもっとちゃんと調整してれば……」
「それを計算に入れておかなかった俺のミスだ」
「ま、反省会は終わってからでいい。これで俺たちの出番が出来た」
リクテンオー、ジャンヌ、MUSASHIがアルフレッドの前に立った。
「そんじゃ、ひと暴れしてくるか!」
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