第9話 誰だっけ?
地下にある円形リングの上に、二機の
観客からの声援はリクテンオーがやや多い。彼自身の人柄もあるだろうが、かれこれ十戦近く連戦し勝ちを重ね、その実力を証明していることが大きい。
「言っとくが、へばってても容赦しねぇぞ?」
「冗談言うなよ。むしろいい感じに温まってきたところだ」
アインの言ったことは嘘ではないらしく、呼吸も乱れていない。
「にしても、こりゃ俺ヒール決定だな」
マイトは観客席に視線を移してぼやいた。
もっともこれは例の怪しい男の予定通りで、リクテンオーにベットする数が増えたところでマイトが倒して二人でガッポリ儲けるという算段だ。
「あのときはほとんどダメージ受けなかったからって余裕じゃねぇか」
「……誰だっけ? いちいち倒した相手のことなんざ覚えてねぇよ」
「……!」
BATTLE START!
「倒されてねぇよ!」
開始の合図と共にリクテンオーとアインは般若の形相で襲い掛かった。
実質鈍器扱いの大剣を力任せに振り下ろすが、以前のように軽々と避けられる。
「そいつは悪かったな」
さらには横腹を斬られたが、致命傷にはほど遠い。
(やっぱりダメか。ただ素早いから回避されてるわけじゃない。俺の動きを完全に見切って避けてやがる)
攻撃を続け、その全てを避けられながら考えを巡らせた。
(前に当てられたのは、スキルでかなりパワーが増した上での不意打ちの一発だけ。なら……!)
なにを思ったのかアインはムラマサリバーを納めると、ジワジワと歩いて距離を詰め始めた。
「へっ、どういうつもりか知らねぇが、叩っ斬ってやらぁ!」
防御も取らずに袈裟懸けに斬られるが、また一歩一歩近づいていく。
「……!?」
半裸の幻装少女は驚きながらも数歩退き、再び一太刀を浴びせる。だが女魔王の歩みは止まらない。
これには観客もざわつき始めた。
マイトも焦燥感を抱く。
後退し一太刀。後退し一太刀。
それを何度か繰り返すうちに、MUSASHIはリングの縁まで追い詰められていた。
リクテンオーは手が届きそうになるまで距離を縮めると、やっと立ち止まった。
装甲にはおびただしい数の刀傷がつけられ、一部は剥がれている。
「いい加減……おとなしく斬られやがれっ!」
苛立ちと共に繰り出される突き。
しかしアインは剣先を掴み、ギリギリで止めた。
「オラァッ!」
そしてもう片方の拳を相手の鳩尾に叩き込む。
鈍い音がしたかと思うと、MUSASHIはリングの外まで吹っ飛び、壁に激突していた。
「イテテ……、いや痛くねぇけど。てめぇ、いまの闘い方どっかで見たことあるぞ。日曜の朝に、紫色のやつ」
「俺流アレンジだからいいんだよ。剣じゃなくてグーだし」
言いながらアインは日本刀を砕いた。ついでに相手の耐久値を確認すると、残り五分の一といったところだった。
「あの一撃で決めたと思ったんだが、機体を後ろに反らして威力を逃がしたってところか。スキル込みでの俺のパワーを覚えてりゃ、こうはならなかっただろうな」
「ああ。おかげでやっと思い出したぜ、怪力バカ」
「遅かったな。どのみちお前の場外負けだ」
「場外負けぇ? ハッ、いつからここは天下一武道会になった?」
突然百機近い数の幻装少女が彼らを取り囲んだ。
しかしアインは特に焦った様子もなく、ため息を一つつくだけ。
「いくら違反バトルだからって、ここまでするか?」
「なんだ、お前も気づいてたか。だが悪いな。俺の方が先に取り込ませてもらったぜ」
「そう言う割には、銃口がお前にも向いてないか?」
「あ?」
アインの言う通り、というよりむしろマイトの方が敵意を向けられている。
さらにはいつの間にか観客もいなくなっていた。おそらく周りの幻装少女の中のどれかを操縦しているのだろう。
「おい、おっさん。どういうことだこりゃ?」
マイトが周囲を見回しながら抗議の声を上げると、二人を招き入れた男が幻装少女の隙間を縫って現れた。
「どうしたもこうしたも、こういうことさ。ここは元々、天下一武道会でも暗黒武術会でも、違反バトルが行われる地下闘技場でもないのさ。……処刑場だよ、マイト、お前のな」
「別に処刑されるようなことした覚えはねーけど?」
この一言で「ふざけんな!」「好き勝手に暴れまくっといて!」などと怒号が飛び交う。
「お前が覚えてなくても俺たちは覚えてるんだよ。何度も何度も他人のミッションに乱入して、機体の装甲だけぶっ壊したらトンズラしやがって! このPK魔が!」
「PK? サッカー?」
「プレイヤーキル。平たく言うとマナー違反な」
っていうかローグのときと展開一緒じゃねぇか、とアインは内心つっこんだが、それは口に出さないでおいた。
「じゃあさっき個室で一人ほくそ笑んでたのはなんだったんだよ?」
「それっぽく思わせるための演技さ」
「アンタってリアルの職業役者?」
しかし彼らの不満はまだ続く。
「そんなことはどうでもいいんだよ! それより運営に通報したら『本人にPKの意志はなく、直接撃破されたわけでもないので処罰はありません』って! なんでこういう作品の運営はいつも無能なんだよ!?」
「そうしないと話盛り上がらねぇからだろ?」
この一言に、全員の頭の中でなにかが切れた。
「やれええええええええっ!!」
一斉にMUSASHIへと襲い掛かる幻装少女たち。
しかし数機が突然降ってきた黒い「なにか」に薙ぎ払われたことで、動きを止める。
「なんの真似だ?」
「うちの
剣を担ぎながらアインは笑って答えた。
「……諦めのわりぃスカウトマンだ」
マイトが立ち上がり、その隣に並ぶ。
「だが、てめぇがその気なら利用させてもらうぜ」
「ふん、バカはバカでも大バカだなぁ! いくらお前たちの腕が立つといっても、この人数差をどうにかできると思うのか!? それに、こっちは全員本来の数十倍性能の上がった装備を使ってるんだ!」
「そりゃすげぇな」
「一発当たれば即死ってか?」
だが言葉とは裏腹に、どちらも余裕の表情だ。
「「じゃあ当たらねぇように気をつけるんだな!」」
アインとマイトはすぐそばにいた幻装少女を半ば不意打ちで攻撃し、それぞれロケットランチャーとマシンガンを掠め取ると、それを躊躇なくぶっ放した。
「お前ら、近接戦闘しかできないんじゃないのか!?」
「そんなわけねぇだろ」
「慣れてるからそうしてるだけだ。慣れてなくても使える武器があるのなら当然そっちを使うさ」
こうして二人は倒した敵から武器を奪っては使い捨て、さらには剥ぎ取った装甲や倒れた幻装少女そのものを盾代わりにするかなり荒々しい闘い方で全ての幻装少女を屠ったのだった。
※
全てが終わり、荒れ果てたリングの上でアインとマイトは直接相対していた。
一人だけ幻装少女に乗っていなかった例の男は尻になにかの破片を突っ込まれて「り、リアルのイボ痔が……」と呻いているが、とりあえず気にしない。
「それで、これからどうするんだ? 俺としては、うちの部隊に入ってほしいんだが」
しかしマイトは髪をかきながら難色を示した。
「どうすっかなー。俺このゲームやってるの目の保養が目的だし。別にこのまま引退でもいいしなー」
「あぁ、だから装甲だけ狙ってたのか」
そのときふと、アインは以前、というか第4話で撫子に言われたことを思い出した。
『ああいう場合は、部隊に入るメリットを提示しなければいけません』
ローグのときは効果がないと考えていたが、マイトが自分の考えている通りの男なら、まだアメリたちにも言っていない秘密の計画に乗ってくる。
「だったら良い話があるんだが、ちょっと耳貸してくれるか?」
ついさっき嵌められたばかりでマイトは半信半疑といった面持ちだったが、段々目の色が変わっていった。
※
「そういうわけで、今日から仲間になるマイトだ」
「幻装少女の名前はMUSASHI。スキルは報酬金が倍になる『一獲千金』だ。まぁ一つよろしく頼むわ」
アインは戻って来るなり早速三人にマイトを紹介した。
格納庫には五機の幻装少女が立っている。いや訂正。一機だけ正座している。
「あの機体、以前の乱戦にいたやつか」
「でもあのときは一番最初に断ってたはずですけど、どうして……?」
「ま、まぁとにかく! コイツがいれば、部隊の資金難もすぐに解決だ!」
アインは強引に話を方向転換させたが、アメリだけは険しい表情をしていた。
「ところでアインさん。さきほど確認したら、部隊の資金が完全になくなっていたのですが、これについて説明してもらえますか?」
「……あ」
完全にその問題のことを忘れていた。
結局あの怪しい男からも一銭すら受け取っていない。
「……あ、ヤッベ! 妹がメシできたって呼んでるから、今日これで落ちるわ!」
「あっ、コラ! 待ちなさい!」
アメリの言葉も聞かず逃げるようにログアウトした。実際に逃げたのだが。
「っていうかお前らどうせ明日も会うだろ」
ボソリと呟かれたマイトの一言にローグは疑問を抱いた。
(なぜこの男は明日も二人が会うと言い切れる? ログインするとは限らないはずだ。まさか……)
翌日、信太郎は結局撫子に学校で説教されることになったのだった。
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