第8話 乗った

「お金が、足りません……」


 そう言うアメリは顔面蒼白になっていた。


 現在アインたち四人はエントランスではなく、幻装少女ファンタズム・ガールが十機は余裕で入りそうな大型格納庫兼整備工場にいる。


 以前アメリが言っていた通り部隊ユニットには土地と基地が用意されるのだが、たかが数人ではたいした広さにはならない。


 そんな中ハルという有望なメカニックを仲間に加えたことで、急遽限られた土地の大部分を幻装少女強化のための施設に改築したのだから、金欠の原因は明白なのだが。


「ごめんなさい、私が改造とかできるって言っちゃったせいで……」

「言い出したのはアメリだ。それに遅かれ早かれ必要になったものだ。お前が謝ることじゃない」


 そんなやり取りを見ながら、アインはどこかに歩き始めた。


「アインさん、どちらへ?」

「カジノ行ってくる。当たればミッションの報酬金よりデカいしな」


 エントランスには運営の管理する様々な施設が存在する。カジノもその一つだ。


「大丈夫でしょうか?」

「無理だろうな」


 心配するアメリに対して、ローグが即答した。


                  ※


「やっちまった……」


 ローグの予感は的中した――だけならまだマシだった。


「間違えて部隊の金使っちまった……。しかも全額溶けた……」


 残りわずかだった部隊を切り盛りしていくための資金をすべて使ってしまったのだ。


「仕方ねぇ。俺の手持ちの所持金から……って、全部こっちにつぎ込んでたんだったぁ!」


 彼らの部隊は話し合いの結果、各自の所持金の中から任意の額を資金として出すことにしているのだが、四人とも全額ないしはほとんどの所持金をこれに充てている。


 アインがどうやって資金を稼ぐか、ついでにどうやってアメリからお説教されずにやり過ごすか思案していると、不意に隣から声をかけられた。


「なあ、パンツって売れるの?」

「え?」


 見るとトランクス一丁の男が立っていた。


 運営が「払うもんがないなら身ぐるみ剥いでもらおうか」などということをするはずがないので、自分から自身のアバターのコスチュームを換金したということだ。


 ついでにアイン同様に負けたということになる。


(あれ? この声どっかで……)

「いや、ゲームのシステム的にもカクヨムの規約的にも無理だろ」


 引っ掛かりを感じながらも、とりあえず質問に答えた。


「マジかよ。こんなことなら地道にポーカーで稼げばよかったぜ。なんでスロットに手ぇ出したかなー……」

「ルーレットよりは全然マシだって。一色に全額ベットして勝つとか、やっぱりフィクションのクライマックスとかじゃないと通用しねぇんだな……。部隊の資金がパァだぜ……」

「あぁ、なんかそういうのあるらしいな。俺は幻装少女の見た目変えるチケット目当てでよぉ……」

「けっこう高いやつじゃねぇか。……とりあえず、お互い頑張ろうな」


 そんな風に(卑猥な意味はなく)慰め合っていると、背後から声がした。


「兄さん方、金に困ってるのかい? それなら、ちょっといい儲け話があってねぇ……」


 見るからに怪しいとしか感想が浮かんでこないような中年の男。百人いれば百人がこの時点で誘いを断るだろうが……。


「「乗った!」」


 内容すらも聞かずに、バカ二人は承諾した。


「そ、そりゃ良かった……」


 あまりの喰いつきぶりに男も軽く引いている。


「あ、でもその前になんか着るものくれや」


 パンイチの男はそれだけ付け加えた。


                  ※


 エントランスをエリア移動ではなく普通に出ると、外は現代的な市街地になっている。


 中年男は二人の先頭に立ち、路地裏からビルの一つに入り、地下へと降りていった。


「へぇ、コイツは……」


 アインの目に飛び込んできたのは、円形のリング上で繰り広げられる幻装少女同士による一対一のバトル。そしてそのリングを取り囲み、半ば狂ったかのように観戦する者たち。


 どちらの幻装少女も表情が豊かなことと複雑な動きから、プレイヤーが操っているのがわかる。


「新しい要素のベータテストでねぇ、出回っていない装備も使ったり出来るのさ。そして観客はどっちが勝つか賭けて楽しむ」

「んで? 俺たちにビールの売り子でもしろってか?」


 パンイチだった男は、安っぽいアロハシャツに短パンという、夏で浮かれたナンパ男みたいな見た目になっていた。


「まさか。他のプレイヤーと闘うのさ。勝率に応じて、報酬金を追加しよう」

「いいぜ。最近はNPCの相手ばかりで対人戦が恋しくなってたんだ」

「ま、カジノよりこっちの方が楽だろうしな」


 どちらも二つ返事でこの怪しいベータテストに参加するのだった。


                  ※


 最初はアロハ男が闘うということで、アインは観客席にいた。


(しかしあの男、あんな条件を飲むってことは相当腕に自信があるんだろうな。バトルジャンキーってタイプには見えなかったが……)


 そんなことをふと考えていると、プロレスラーがリングインしてきそうな音楽が流れ始める。


「青コーナー! その幻装少女、侍ガールというにはあまりにも荒々しく、しかしチンピラというにはあまりにも可憐! MUSASHIィィィ!!」


 どこかで聞いたことがあるような口上で現れた幻装少女に、アインは目を見張った。


 水色髪のツインテール。スレンダーな体型。そして大事なところ三点しか隠していない装甲。そんな下手すれば捕まりかねないような幻装少女が、この世にいくつも存在するはずがない。


 間違いなく、先日剣を交え(実際にはほぼ一方的に斬られていたが)、共闘した幻装少女だ。


「オラ、とっとと出て来いよ。全部ひん剥いてやるからよぉ」


 剝き出しの日本刀を担ぐMUSASHIと呼ばれた幻装少女から、さっきのアロハ男の声が聞こえてきた。


(じゃあ、あの男が「マイト」か)


「続いて赤コーナー! その牙、その爪! まさしくこの闘技場を統べる百獣の王! これは闘いではない、狩りだ! レグルスゥゥゥ!!」

「うおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 雄叫びと共にリングに立った幻装少女は、いわゆるライオン型の獣人。オスライオンを象徴する立派なたてがみを持っているが、ちゃんとオッパイがついているのでメスである。


「ふん、貧相な幻装少女だな」

「うるせー。俺だってもっとボンキュッボンの方が好みだわ」


 両者の間で火花が散り合ったかに見えた。


BATTLE START!


 戦闘開始の合図と同時に、ライオン型の幻装少女が突進してくる。


「俺の幻装少女のスキルは『野性解放』! コントロール不可になる代わりに、飛躍的にすべてのステータスが上昇する!」


 そのまま獅子の爪で半裸の幻装少女が切り裂かれる、全員がそう思っていた。操縦する本人とたった一人の観客を除いて。


 MUSASHIは爪が振り下ろされる直前にするりと横を通り抜けていた。


 さらにそれだけではない。レグルスの爪は砕かれ、腹から下が半透明になり向こう側が透けて見える。


 一刀で斬り払ったのだ。


 そしてMUSASHIはヘラッとして倒れた獅子に告げる。


「ワリィな。俺は別にケモナーじゃねぇんだ」


BATTLE FINISH!


 直後、興奮と驚きの入り混じった歓声が上がった。


「こりゃ、俺も負けてらんないな」


 周囲が熱気で沸く中、アインは静かに闘志を燃やしていた。


                  ※


「青コーナー! この闘技場に現れた風雲児! いま、天下へと駆け上がる! リクテンオー!」

「ダァーッ!」


 大昔のプロレスラーみたいな掛け声で登場した元勇者。ついでにどうやって操作しているのか不明だがリクテンオーもアゴがしゃくれている。


「赤コーナー! 性能が低いなら、頭を使って勝てばいい! 対戦相手からの嫌われ者! 観客の人気者! モーリィ!」


 リングに立ったのは、こういった場に似つかわしくない、迷彩柄をした兵隊のような幻装少女。武器はハンドガン二丁にサバイバルナイフ一本。


(こんな狭い場所で飛び道具?)


BATTLE START!


「あっ、ヤベッ!」


 訝しんでいる間に戦闘が開始され、不意を突かれてしまう。


 迷彩柄の幻装少女がハンドガンを連射し、何発も直撃した。


 しかしリクテンオーは全くの無傷で、白い粘液が鎧にへばりついただけ。


「ペイント弾か?」


 だが徐々に装甲が溶かされ、豊満な胸が白い粘液とライトで艶めいた。


「おいおい、少年漫画のラブコメじゃねぇんだぞ!?」


 グラマーな美女が白濁液塗れという状況に観客も目に見えて色めき立ち始める。


「この変態紳士共が……!」


 しかしアインは胸を隠そうとせず、背中の剣を握った。


「まぁ俺も、気持ちはわかるけどなぁっ!」


 ムラマサリバーが勢いよく迷彩柄の幻装少女に投げつけられる。


 回転しながら向かってくるそれを慌てて避けるが、次の瞬間には長い黒髪を振り乱した女が眼前にいた。


装甲おもりが無くなって久し振りに身軽に闘えるぜ!」


 咄嗟にナイフを構えようとするが、すでに手遅れ。


 アイアンクローで捕まえられ、そのまま床に叩きつけられた。


BATTLE FINISH!


                  ※


 再び沸く観客の声を聞き流し、アインたちを招いた男は個室でほくそ笑んでいた。


「やっぱり連中は番狂わせを起こしたか」


 ギャンブルというのは結局のところ胴元、つまりは経営側が儲けるように出来ている。


 いまこの男の手元には一戦終える度に巨額の金が舞い込んでいた。


「あの二人、頭はカラだが腕は一流だ。これでまた俺の懐も……」

「悪かったな頭がカラで」


 いつの間にか男の背後にマイトが立っていた。


「どうせこれもベータテストなんかじゃなくて、データごと改造した武器でやりたい放題出来る違法バトルかなにかだろ?」

「なっ……!? 気づいていたのか?」

「むしろ気づかれてないとでも思ったのか? まぁそれはどうでもいい」


 そう言い置いてマイトは自身を指差した。


「運営にチクられたくなきゃ、俺も一枚噛ませろ。八百長でもなんでもしてやるから、分け前半分寄越しな」

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